作品概要説明
主要人物4人。約12000字。学生がオカルトスポットにいってはしゃぐコメディホラー。誰も死にません。
〇登場人物
真魚:まお。幽霊ホイホイ。パニックになると幼児返りする。
橘:たちばな。オカルトオタク。顔面偏差値高い。
春野:はるの。凡人。
結城:ゆうき。明るく朗らかに人の心がない。
・真魚、橘、結城は小学校からの幼馴染み。春野は高校からのクラスメイト。
〇ご利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。
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作者:七枝
本文
〇本文ここから。放課後の教室にて。Nはナレーション。
真魚:(N)本当に恐ろしいものは、何か。おまえ、知ってるか?
橘:まーおくん!あっそびっましょ!
真魚:げっ
橘:げって何ですか、「げっ」って。傷つきます。しくしく。
真魚:橘、何しに来た?
橘:ご挨拶ですね。親友にむかって。
真魚:お前と親友になった覚えはないし、なる予定もない。
橘:し、辛辣!
春野:おいおい、ダチに向かってその口ぶりはないんじゃないの?
真魚:春野には関係ないだろ。
春野:ある。橘と俺は友達だからな。
橘:ねー
春野:ねー
真魚:はぁ?
春野:真魚くぅん。つんけんせずに一緒に遊ぼうぜぇ。楽しいぞ?
橘:そうですよ!たのしいお遊びですよぉ。
真魚:……なにするつもりだよ。
橘:ちょっとした探検を。
真魚:どこで。
橘:………裏山の、
真魚:やだぁ!かえるぅ!!
春野:どうした?いきなり泣き出したぞ?
橘:ほら、泣かない泣かない。まおくん強い子!頑張る子!
真魚:うるせぇ、知らねぇ、ほっとけえええ!
春野:おまえこいつに何したの?
橘:ちょっと繊細な子なんですよ。
春野:繊細って顔じゃないだろ。
真魚:顔は関係ないっ!
橘:そうです。つぶれたカエルのほうが可愛くても関係ありません。
真魚:カエルじゃない!俺の方がかわいい!!優しくしろ!5歳児にするくらい優しくしろ!
SE;ドアの音。
〇結城の登場。
結城:なぁに~?皆してまおるんを囲んで。いじめ?
真魚:ゆうきぃ!
結城:ん~?よしよし。いい子だから近づかないでくれる?服が汚れる。
真魚:ひどい!
結城:んで?これ何の集まり?
春野:橘の持ち込み企画だ。
結城:ふぅん。また心霊なんちゃら?
橘:なんちゃらとは失礼な!私が研究してるのはオカルトです!世の神秘を解き明かし、謎のベールをまた1枚めくるための崇高なる任務です!
真魚:ひっ!
橘:………あ。
春野:あ~ぁ。
真魚:や、やっぱり遊びだなんて嘘じゃないか!また俺を巻き込もうとしてたなクソバナ!
橘:(ためいき)こうなっては仕方ない……春野くん、出番ですよ。
春野:へーい。
〇春野、真魚を後ろ手で拘束する。
真魚:やめろ、何をするっ!やだ、俺はかえる!家に帰るんだ!
春野:すまんね。橘とは昼飯1週間で契約してるんだ。
真魚:やっぱり!お前らがつるんでるなんておかしいと思ったんだ!
橘:大丈夫でちゅよ、まおくん。怖いことなんてなにもありませんよ~
真魚:うそだあああ!
結城:なーに?なんか面白いことすんの?
春野:裏山探索するんだと。
結城:裏山?旧校舎の?
橘:そうです。あそこには面白い伝説がありましてね。結城くんは知ってますか?
結城:でんせつ~?んー、噂程度なら聞いたことあるけど……
春野:うわさ?
結城:春野は聞いたことない?裏山にある三日月湖のお地蔵様にお願いすると願いが叶うってやつ。
春野:あ~……俺が聞いたのは、三日月湖に竜がいるってやつかな。
真魚:お、俺は、三日月湖に映った影をみると異界に連れ去られるってやつ……
橘:私が今回調べたかったのはそれです!まおくんも知ってたんですね!さすが親友!
真魚:こわいから近づかないようにしてるんだよ!!それなのに……っ!
結城:ね~行くなら早くいこーよ~日が暮れるし。
真魚:やだああ!行きたくないいいい!
春野:うわっ、暴れんな!
橘:どうどう。おちつけもちつけ。
結城:ぺったんぺったん。
真魚:いやあああああ!
春野:ちょ、びちびち跳ねるなよ!なぁ、こいつ連れていかなきゃいけないの?
橘:うーん、まおくんがいるかいないかでは検証の成功率が段違いなんですよね。彼は「波長が合う人」なので。
春野:波長?
結城:いわゆる「霊感がある」っていうの?ハナハナは「アンテナ」がある人って言ってるけど。
橘:そうです。アンテナいっぱいあってな~なーんて。
真魚:だれかこいつころして。
春野:なるほど、幽霊ホイホイってわけか。
橘:ええ。そういうわけで、まおくんは疑似餌(ぎじえ)……いえ、おとり……でもなく助手にぴったりな人材ってことです。
真魚:やっぱり俺がころす。
結城:実際助手っぽいことしてんの僕だけどね~
春野:結城も常連なのか?
結城:だって面白そうじゃん、橘企画。
真魚:わけわからんねぇ……かえりたいいい
春野:理由はわかったが、少し落ち着かせてくれないか?これ引きずっていくのは無理だ。
橘:昼飯おごるの三日にしてください。
春野:四日。
橘:一日減ですか……まぁいいでしょう。………ねぇ、真魚くん。
真魚:……なんだよ。
橘:私と一緒に裏山へいきましょう?
真魚:やだよ!
橘:なぜですか?
真魚:こわいからだよ!
橘:思い込みでは?今まで危険なことなんてなかったでしょう?
真魚:あったよたくさん!
橘:そうでしょうか?でも本当に死ぬようなことなんてなかったですよねぇ、結城くん。
結城:うん、なかったなかった~
橘:ほら。
真魚:うそだ、あったもん!このペテン師ぃ!
橘:それにねぇ、まおくん。君にとっては違っても、私にとってまおくんは大切な親友です。私が親友を傷つける人間にみえますか?
真魚:みえる。
橘:…………
真魚:みえるよ。
橘:………結城くん、交代してください。
結城:まおるん~無事行って戻ってこれたら、ルミ高の子と合コン組んであげる。
真魚:いきます!
春野:(ためいき)……これ、最初から結城に任せればよかったんじゃないの?
橘:……さて!気をとりなおして裏山にいきましょうか!暗くなってからの山登りは危険ですからね!
結城:は~い。
〇場面転換。裏山にて。
橘:ひぃ、ふぅ、みぃの、よんをかぞえてならぬがしらべ、よどづの先はとこよのやみ、三日月みえたらのぞいてならぬ、ふため会いたばゆかせてならぬ、ひぃ、ふぅ、みぃの、ひぐれしののめ、みことくれ
真魚:……おい。
橘:ひぃ、ふぅ、みぃ、
真魚:(かぶせて)おいってば!
橘:なんですか?
真魚:なんだよ、その歌!
橘:ああ、この唄はですね、この地に古くから伝わる数え歌でして、
真魚:いまここで歌う必要あったか!?
橘:あります。
真魚:ないだろう!?
結城:(息をきらせて)……ふたりとも、元気だねぇ……
春野:結城、大丈夫か?
結城:ああ、春野ありがとう。ごめんね、僕体力なくて……
春野:それは別に……
真魚:ってかもう真っ暗じゃん!このまま夜の山道歩く気?明かりもなくてどうやって下山するの?これだから計画性のないやつはダメだな、ここはおとなしく、
橘:はい、懐中電灯。
真魚:………
橘:あと水と笛も渡しておきますね。遭難しそうになったら笛をふいてくださいね!
真魚:準備万端じゃん。
橘:万全の準備をしなくては最悪死にますからね。はい、どうぞ。
春野:これはどーも。
結城:ありがと~
真魚:いま死ぬって言った?死ぬっていったよな?
橘:ええ、そうですが?
真魚:やだああああ!かえるううう!
結城:まあまあ。もうここまできちゃったわけだし。
春野:元気なやつだな……っと、ここが裏山の三日月湖か。
結城:やっとついた~……結構歩いたねぇ。
橘:校舎からみるとすぐなんですけどね……よいしょっと。
春野:何してんの?
橘:機材の設置です。研究のために記録をとっておきたくて。
春野:ふーん。
橘:結城くん、手伝ってください。
結城:あいよー。
春野:手慣れたもんだなぁ。
結城:しょっちゅうやってるからね。
春野:そんなに?
結城:少なくとも月1。
春野:へぇ~……どこからネタ拾ってくるんだか。
橘:主にネットとか、噂話ですね。ガセも多くて空振りもしょっちゅうです。
結城:前なんて6時間張って何もなかったもんね。
橘:ふふふ、そんなこともありましたね。
春野:……なぁ。
橘:なんですか?
春野:橘はなんで、そんなにオカルトにこだわってんの?好奇心?それとも他に理由があったり?
結城:………
春野:たちばな?
橘:それは、
真魚:(かぶせて)ぎゃあ!
結城:真魚!?
橘:どうしましたか、まおくん!
真魚:みみみ湖!湖に、い家がっ…!
橘:家……?スマホで写真をとったのですか?……これは……
結城:家、かな。ずいぶん古臭いね。
春野:古臭いって言い方はないだろ。立派な日本庭園と古民家じゃん。
橘:こういうのは、風光明媚(ふうこうめいび)っていうんですよ。
結城:はいはい、めいびめいび~…で、これがどうしたの?
真魚:お、おれ、月、水面の月の写真を撮ろうとして、湖にファインダーむけて、そしたら、
橘:なぜか古民家の絵がとれた、と。……こういうことですか?
春野:なんか操作まちがえたんじゃね?
真魚:間違えるかよ!親の顔より見たスマホだぞ!
結城:もっと親の顔みな。
橘:むむむ……これはどういうことですかねぇ、儀式を行う前に怪異現象が起こるなんて、まおくんは面白いですねぇ。
真魚:ひっ、儀式!?
春野:は?なんだそれ、きいてないけど!?
結城:よくあるよくある。
春野:ねぇよ!
橘:どういうことでしょう?湖の下は、すでに異界とつながっているということでしょうか?これは気になりますね。
真魚:なんない!気になんない!
橘:春野くんと結城くんも興味ありますでしょう?
春野:不穏すぎて帰りてぇ。
結城:はいはーい!興味津々でーす!
橘:ですよね!では、
真魚:なんだよ、なんでこっち寄って…っつ!?
橘:実際に、いってみましょう!
〇橘、真魚の腕をつかみ、湖に飛び込む。
SE:激しい水しぶきの音。
春野:橘!?お前、なにやって……っ!
結城:お~さすがハナハナ。思い切りがいいなぁ~
春野:ちょ、結城お前なんでそんな冷静なの!?落ちたんだぞ、ふたりが!
結城:落ちたんじゃなくて、降りたんだよ。さぁて、と。
春野:お前、そのカメラ……?
結城:ああ、これ?防水なんだ。
春野:……まさか!?
結城:春野は来なくていいよ。
春野:まてっ
SE:水しぶきの音。
〇結城も湖に飛び込む。
春野:うそだろ……飛び込むかフツー……
〇間。
春野:誰もあがってこねぇし……まさか本当に?あ~……クソっ!
SE:水しぶきの音。
〇誰もいない裏山。間をおいて。場面転換。湖の向こう側。
真魚:ごはぁっ!?(激しい呼吸音)
橘:大丈夫ですか、まおくん。
真魚:てめぇ、橘!お前いきなり何しやが……って……
橘:ずぶぬれですねぇ。やれやれ。
〇真魚、見慣れぬ風景にあたりを不安げに見渡す。
真魚:こ、ここどこだよ……
橘:え?どこって……記憶なくしちゃったんですか?
真魚:お、俺は橘に無理やり裏山につれていかれて……?それから三日月湖で写真とってたら、いきなり手をひかれて、それで……
橘:なんだ。全部覚えてるじゃないですか。
真魚:……おまえのせいだな!?こいつ、
結城:(かぶせて)はー!深いねぇ、ここ!
真魚:結城!?
橘:結城くん!カメラも持ってきてくれたんですね!でかした!
結城:自慢の助手でしょ?
春野:ぷは~!……マジか本当に着ちまったのか……
真魚:春野まで!?
橘:あちゃぁ、春野くんまでついてきちゃったんですか?
結城:いっが~い!
真魚:どうして春野まで……はっ、まさかお前までオカルトに興味が……!?
春野:んなわけあるか。いや、それにしてもどうなってんだこれ……
橘:とりあえず上がりましょう。風邪をひいても困ります。
春野:……それもそうだな。
結城:さんせ~い。
〇一行、岸にあがる。
結城:あ~やだやだ。下着までべちょべちょ。
真魚:俺のスマホ!いきかえってくれ、スマホオオオ!
春野:動くけど圏外だな。位置情報アプリもつかえねぇ。
橘:持ち物は水と笛と、防水カメラ。あとナイフと方位磁石も持ってます。役立ちそうなのはそれくらいですかね。さて……どこから始めましょうか。
真魚:ちょーっと、まてよ。
橘:はい?
真魚:まず俺に、言うことがないか?
橘:まおくんに言うこと……?
真魚:そうだ。
橘:言うこと……言うこと?
真魚:そこまで悩むようなことかぁ!?まず謝れよ!湖に落としてごめんなさいって!怖い目に合わせてごめんなさいって、誠心誠意謝れよ!!
橘:ああ、謝罪をご所望だったんですね!
真魚:そーだよ!俺だけじゃなく春野まで巻き込んで!結城は好きでついてきたんだろうけどさぁ!
結城:てへへ。
橘:てへへじゃねーよ。お前らホントにわかってんのかぁ!?帰れるかわかんないんだぞ!どんな怖いもんがでてくるかもわからない!どーすんだよ、これからでてくるおばけちゃんがニンゲン皆ぶっ殺すみたいな、切り捨てごめんおばけちゃんだったら!俺なんの役にもたたない自信あるぞ!どーすんだよ、怪我したら!ほんとに誰か死んだら、どーすればいいんだよお!
橘:……まおくん
橘:もし春野が死んだら、春野の親御さんにどう謝ればいいんだ……
春野:死ぬの俺なの?
結城:そこで自分は生き残るつもりなのがまおるんだねぇ
橘:まおくん……
真魚:橘………
橘:ごめんなさーい!
真魚:かっる!
橘:さて、謝罪も済ませましたし、あたりの探索をはじめましょうか。服は歩いてりゃ乾きますよ。
春野:いつもこのノリ?
結城:いつもこのノリ。
春野:うわぁ~……
真魚:いいんだいいんだ。どーせ俺なんて軽い謝罪で済ませられるくらいのかっるい人間なんだ。いいんだ。どうせ、俺なんか……
結城:よしよし、まおるんはちゃんとハナハナの役にたってるよ。必要な人間だよ。
真魚:結城……!
結城:あ、それ以上近寄ったらハラスメントだから。
真魚:ゆうきぃ……
春野:あ~…それで、ここはどこなんだろ?見たことのない景色だけど。
橘:うう~ん、そうですねぇ。あたりをみるに、古典的な日本庭園ですが。
結城:蓮に桔梗に牡丹に桜。あっちにあるのはヒマワリかな?見事に季節バラバラだねぇ。
橘:方位磁石も針が定まらずぐるぐる回ってます。これをまとめるに、
結城:異界だねぇ。
春野:異界……
橘:この世ならざる世界。私たちが普段いる現世(うつしよ)とは別の位相、別の次元に存在する常世(とこよ)。いわゆる地獄や天国もこの次元にあると言われています。
春野:つまり、俺たちは死んだ、ってこと……?
結城:ん~違うと思うよ?だよね、ハナハナ?
橘:そうですねぇ。まだ、おそらく。ただ、念のためこちらの水や食料は口にしないほうがいいでしょうね。
春野:なんで?
橘:ヨモツヘグイ、って言いましてね。「あちら」の食べ物を食した(しょくした)ものは、「こちら」へ戻ってこれなくなるという……まぁ、詳しくは日本神話読みましょう。
春野:神話?神話が関わってくる話?
結城:うん。
春野:……やばくね?
結城:やばいねぇ。
春野:やばいのかよ!
真魚:そうだよやばいんだよ!どうしたらいいんだよお!
橘:あ、あっちに民家がありますよ。いってみましょう!
真魚:おい橘ぁ!
〇橘、庭園をぬけ、民家の前までやってくる。
橘:こーんにちはー!どなたかいませんか~?
真魚:まままてよ、橘!もしおばけちゃんが出てきたらどうするんだ!
春野:こんな明るいのに出てくるもん?
結城:春野は死んだら生活習慣変える派?
春野:いや、俺死んだことねぇから……
橘:ふぅむ。誰も出てきませんねぇ……おじゃましまーす。
〇橘、民家に押し入り土足で侵入する。
真魚:ひぃっ、たたたちばなぁ!
結城:おじゃましまーす!
真魚:結城まで!
春野:土足ではいっていいのか?
結城:だいじょーぶ、だいじょーぶ!
春野:ふーん。
真魚:春野もあがっちゃうの!?
橘:いいおうちですねぇ……どの部屋にも風が通り、日差しも入る。おや、厨(くりや)に荒神様を祀っているのですか。一緒に祀っているのは……聞いたことのない名前ですねぇ。
春野:よどづのみこと……?あれ、これさっき、
真魚:橘が行きがけに唄ってたやつだよな?ひぃ、ふぅ、みぃ、むぐっ
〇真魚、橘に口をふさがれる。
橘:ああ、まおくんは歌わないでくださいね。何があるかわからないので。
真魚:ぷはっ、なにかってなに……
橘:……………
真魚:何かってなんだよ!
結城:おーい、こっちにもなんかあるよー!
春野:ん?
橘:なんでしょう?居間のほうですかね。
結城:こっちだよ、こっち。
春野:お~これは立派な仏壇。…と、これはなんだ?
真魚:俺知ってるぞ!これ神様に供物をささげるための台だろ!名前確か……
橘:三方(さんぽう)
真魚:そうだ、それ!それにしてもでかいな~
結城:人が乗っても大丈夫そうだよね。
真魚:……その冗談笑えねぇ。
結城:冗談じゃないよ?
真魚:ひっ
春野:いや、俺が気になるのはそっちじゃなくて、こっち。
結城:集合写真……?
春野:誰か知ってるか?
真魚:知らない。
結城:僕も。というか、仏壇に集合写真は飾るもんじゃないよね?
橘:そうですねぇ……そもそもそこは本来、ご本尊を飾る場所なんですが……
結城:ないね。
橘:ないですね。
春野:ご本尊?仏壇は仏様を拝むとこだろ?
橘:春野くんは亡くなった方がみな仏様になると思っていますか?
春野:ちがうのか?
橘:違いますね。仏とは悟りを得た者。この世で苦行を積み、肉体を捨て、真理に目覚めた者のことをいいます。誰もが極楽浄土にいけないように、誰もが仏になれるものではありません。
春野:へぇ~?
橘:ふふ。理解はしなくてかまいません。重要なのはこの仏壇の形を呈したものはその実、仏壇とは全く違うものだということです。
真魚:つ、つまり?
橘:おそらくこれらの設備は仏とは違う、まったく別の何かを祀ったものでしょう。そしてそれはこの集合写真の中のなにか。あるいはそのもの……
春野:それってよどづの、
橘:(かぶせて)さて、それはどうでしょう?ともかく、あまりその名を呼ぶのは好ましくありません。名とは一番短い呪。それだけで呼び水となるものですから。
結城:…………
春野:…………
〇間。
真魚:な、なんで皆黙るんだよ!橘ァ、わかってることがあんなら説明しろ!
橘:まだ何もわかりません。
真魚:うそだぁ!ちゃんと説明して!5歳児にもわかる説明して!
結城:よぅし、まおるんこっちで僕とあそぼうか~なにする?かくれんぼ?死体ごっこ?
真魚:ごまかす方向にシフトするなぁ!うっうう(すすりなき)
春野:あ~……どうすんだ、これ。
橘:放っておきましょう。結城くん、まおくんがうっかり神隠しに合わないように見張っておいてください。
結城:は~い。
真魚:こわいこと言うな!
春野:それで?俺たちはここから出るために何をすればいい?
橘:……?春野くんはここから出たいのですか?
春野:当たり前だろ!
橘:…………
春野:たちばな?
橘:……ええ、では探索を続けましょう。人には人の。異界には異界のルールがあります。今の私たちは土足で異界を踏み荒らしているようなもの。ルールに則り、正しい手段を踏めば、穏便に帰れるかもしれません。
春野:もし、そのルールが見つからなかったら?
橘:「ここではないどこか」にはたどり着きますよ。誰だって自宅によそ者が住み着いたら困るでしょう?
春野:…………
〇間。
春野:奥の部屋は居室っぽいな。押し入れの中に布団があった。タンスもあったが中身はカラだ。
橘:家の裏にはトイレがありましたよ。小さいながら畑もありました。そうそう、純和風のバスルームと井戸もありましたよ。みます?
春野:……いや。
橘:まるでいつでも移住できそうなつくりですねぇ。
春野:それをいうなら、「誰かが住んでいそうな」だろ。
橘:そうですね。
春野:橘?
橘:なんです?
春野:……おまえ、もしかしてここから出たくないのか?
橘:おや、何を言い出すかと思えば。
春野:だって、そうだろ?さっきからの発言聞いてると、かなりヤバいぞ。
橘:そうでしょうか?
春野:そうだよ。まるでここに住みたいみたいな言い方だ。
橘:……おかしなことを言いますねぇ。
春野:ここへ来た経緯だってそうだ。いくらオカルト好きだからってノータイムであんなおかしいもんに突っ込むもんかよ。
橘:へへ、恥ずかしいですね。性分なもので。
春野:お前はこの事態を予測してたのか?
橘:まさか。
春野:聞き方を変えよう。こうなればいいと願っていた?
橘:………
春野:さっきここが「自宅」って言ったな。それは誰の自宅だ?あの仏壇もどきに祀られているものの正体を、お前は知っているのか?
橘:…………
春野:橘、お前が最初にやろうとした「儀式」成功してたらどうなってたんだ?
橘:……ふふふ。
〇間。場面転換。
真魚:ひっくひっく、かえりたいかえりたいよおおお
結城:よしよーし、だいじょーぶ!まおるん、強い子頑張る子!
真魚:がんばれねぇよおおお
結城:頑張らないと死ぬだけだよ?ほら。
〇結城、持っていた紙を真魚にみせる。
真魚:なんだそれ……『われの名の下に、汝を捧げよ』……?
結城:三方の横にあったメモ。
真魚:……隠したのか。
結城:冗談じゃないって言ったじゃん?
真魚:…………
結城:これさぁ、ハナハナにみせたらヤバいことになりそーだからとっさに隠したんだよね。
真魚:……なんで。
結城:まおるん五歳児ムーブしすぎてボケた?絶対ろくなことになんないよ。それともまおるんにはハナハナが聖人君子にみえるわけ?
真魚:あいつが聖人君子なら俺はメシアだ。崇め奉って甘やかしてくれ。
結城:乳臭いメシアだなぁ。
真魚:ほっとけ。
結城:ともかく、僕は生贄になるなんてごめんだしさ、万が一にもハナハナが「自分が生贄になる!」とか言い出したら嫌だし。だーかーら、これはないしょ!
真魚:でもさ、その指示どおりにすればここから出られる可能性も……
結城:あ、まおるんが生贄になる?
真魚:……こわ。
結城:そういえばさ、前ハナハナが言ってたけど、お魚って神饌(しんせん)……神へのささげものとして定番なんだって。まおるんの名前にも魚が入ってるね?
真魚:人のこころがないの?
結城:僕は友達思いなだけだよ。
真魚:ナチュラルに友達枠から外される俺。
結城:……ごめんね。
真魚:ガチトーンで謝るなよ。
結城:さてと。ハナハナが戻ってくる前に帰る準備しちゃおっか。
真魚:え、帰る方法わかるのか!?
結城:とうぜん。僕はハナハナの優秀な助手だよ?
真魚:おおおおお!
結城:嬉しい?
真魚:そりゃもちろん!今ならなんでもできる!
結城:そっか。じゃぁ――脱いでくれる?
真魚:へ?
〇間。場面転換。
橘:ひぃ、ふぅ、みぃの、よんをかぞえてならぬがしらべ、よどづの先はとこよのやみ、三日月みえたらのぞいてならぬ、ふため会いたばゆかせてならぬ、ひぃ、ふぅ、みぃの、ひぐれしののめ、みことくれ
春野:それは……ここに来るまで唄っていた、
橘:この地方に古くから伝わる数え歌……よどづの歌です。春野くん、君はこの唄をどう考えますか?
春野:どうって……不気味だな、としか。
橘:なぜ?
春野:なぜ、って……そりゃぁのぞくなとか、いくなとか言ってるからじゃないか?
橘:ですね。思うに、これは戒めの唄なんです。「四を数えてはならない」「三日月をみてはならない」「よどづの先に行かせてはならない」さもなければ、「常世の闇」に落ちてしまうぞ、という。
春野:………ほとんど破ってないか?
橘:てへぺろ。
春野:おいいい!
橘:ちょ、ちょっと顔がこわいですよ、春野くん。落ち着いてください。まだ「常世の闇」じゃないでしょう!
春野:ああん?
橘:こーんな明るくて美しい場所が「常世の闇」だと思います?まだここは大丈夫ですよ、たぶん。
春野:たぶん、だと?
橘:そうとしか言えないですよ。私はただのオカルトマニアですし。
春野:くそっ
橘:だいたい、まおくんはともかく、結城君と春野君は自主的についてきたのでしょう?自己責任ですよ、当たらないでください。
春野:お前は、何のためにこんな危険なことを……
橘:何のため……うーん、何のためと聞かれると説明が難しいですね……
春野:楽しいのか?破滅願望でもあんのか?
橘:ん~……楽しいは楽しいですよ。刺激的だし、知識欲が満たされます。それに、
春野:……?
橘:……春野くんは、おうちにかえりたいですか?
春野:当たり前だろ。なんだよ、急に。
橘:私もなんです。
春野:はぁ?
橘:私もずっと帰りたいんです。私のおうちに。だから帰り道を探してるんですよ。
春野:自分から危険に飛び込んでおいてよく言うよ。
橘:……はは、
SE祭りばやしの音
橘:!
春野:この音は……!
橘:笛と太鼓……祭りばやし、でしょうか?
春野:ここに誰かが…?助けか!?
橘:だめ、春野君。結論を急いでは……!
〇結城と半裸の真魚が駆け寄ってくる。
結城:ハナハナ~!!春野~!
春野:結城!?お前なにして……!
真魚:たすけてええええ!
橘:まおくん!?なぜ半裸で……!
結城:説明は後々!それよりはしってはしって!
橘:どこにいくつもりですか!?
結城:もちろん帰るんだよ、僕たちの世界に!
春野:はぁ?どうやって……!
真魚:あいつが、あいつらが追ってくる…!
春野:あいつら?
結城:ほら、湖にとびこんで!
橘:湖に飛び込んでも帰れる保証は……!
真魚:さっき扉を開いたんだ!いいから行くぞっ
〇真魚、一足先に飛び込む。
橘:ちょ、まおくん!
春野:……今、飛び込めば帰れるんだな?
結城:うん。
春野:よしっ
〇春野も飛び込む。あがってこない。
橘:春野くんまで……!どうして?
結城:ハナハナも、帰ろう?
橘:待ってください。この出口は本当に正しいのですか?検証は?君たちはなにをしたんですか?何が追ってくるというのですか?
結城:橘。
橘:……っ!
結城:かえろう。ここはきっと橘の世界じゃないよ。
橘:…………
結城:かえろう?ハナハナ!
橘:…………ええ。
SE:大きな水しぶきの音。
春野:ぷっはー!
真魚:(咳をする)ひー!さむい!
橘:かえってきた……んですね?
結城:そうだね。ここは元の三日月湖だと思う。とりあえず、あがろう。まおるんが風邪ひいちゃう。
真魚:(くしゃみ)
橘:……そうしましょう。荷物の中にタオルも詰めてきました。
〇間。
春野:……さて、それじゃあ説明をしてもらおうか。
真魚:説明?
春野:あそこが何で、結局どうやって帰ってきたか、だよ。俺は何に巻き込まれたんだ?
真魚:う~ん、説明って言われてもなぁ……俺は結城の言われたとおりにしただけだし。
橘:結城くん。
結城:はぁ~い?
橘:何をしたんです?……というか、何を隠してたんです?
春野:なっ!?
結城:ハナハナたちに、というか、ハナハナから隠してたんだけどね?これ。
〇結城、ポケットから「われの名の下に、汝を捧げよ」と書かれてる紙をみせる
春野:……なんだ、それ。「われの名の下に、汝を捧げよ」……?
結城:三方(さんぽう)の横に置かれてたやつ。
橘:……なるほど。人身供犠(じんしんくぎ)ですか。
真魚:じんしんくぎ?なにそれ?
橘:まおくんには、もうすでに何回か説明しているはずですが?
真魚:ア、こわいこと?いいよ言わなくて。忘れて。
結城:ようは生贄のことだよ。
橘:そうですね。人身御供(ひとみごくう)ともいいます。アニミズム文化を持つ地域によくみられる行為ですが、
真魚:いいって言ってるじゃん!俺の言うこときいて!
春野:ともかく、結城達は生贄を捧げてあそこからの出口を開いたってことか?
結城:うん、そーいうこと。
春野:何を捧げたんだ?真魚は生きてるように見えるが……偽物?
真魚:え!今ここにいる俺なんだと思ってんの?
春野:集団幻覚?
橘:イマジナリーまおくん。
結城:実は、最初に湖に飛び込んだとき彼はもう……
真魚:おばけよりこわい人間シリーズやめろ!
結城:ここで問題!おばけちゃんは何からできてる?
真魚:そんなに俺をいじめて楽しいか、てめぇら!
橘:はははは!……と、まぁ。おふざけはこれぐらいにして。まおくんの服がないのはそのせいですか。ヒトガタをつくったのでしょう?
結城:うん。ほかに材料もなかったしね。まおるん幽霊ホイホイだから、ちょうどいいかなって。
春野:……ヒトガタ?
橘:ようは身代わり人形ですね。まおくんの服を材料に、布を丸めて簡単なぬいぐるみもどきを作り、そこに髪だか血だかを詰め込んだのでしょう。
結城:あったり~!いやぁ上手くだませてよかったよ。素人考えだから逆に刺激しちゃったらどうしようかと思ってた。
真魚:お前自信満々に「僕はハナハナの助手だよ?」とか言ってたじゃん!
結城:ハッタリだよね。
真魚:はぁ!?
橘:きっと時間帯もよかったのでしょうね。「しののめ」にはまだ早かったですから。
春野:しののめ?
橘:唄を聞かせたでしょう?ひぃ、ふぅ、みぃの、ひぐれしののめ、みことくれ。この最後の「みこと」が何を指すのかわからなかったのですが、それが「汝」だとすると……
結城:「みこと」は命。つまり、日暮れか東雲(しののめ)……夜明けに生贄を捧げろってことかぁ。
真魚:ヒェッ
橘:ですね。あそこは生贄を捧げる、いわば神域の玄関口みたいなものなんでしょう。
春野:もし何もせずに夜明けが来てたら、どうなってたんだ?
橘:さぁ?
春野:さぁ、って……
結城:わからないよ。だって僕たちは人間だもん。
橘:あちらの世界の者では、ないですから。
春野:…………
真魚:おい、みろよ!
結城:ん~?……わぁ!
橘:綺麗な朝焼けですねぇ……
真魚:(あくびをして)あ~もうどうでもいいよ。イケニエとかイカイとか。帰ろうぜ。
結城:まおちゃんはおねむかな~?
真魚:うっせ。
橘:私もねむいです。おなかもすきました。
結城:そうだねぇ…このままだと風邪ひいちゃうし。帰ろっかぁ。
真魚:いいよな、春野?
春野:……ああ。
〇間をあけて。
春野:……なぁ結城。
結城:ん~?
春野:最後、お前はあそこで何をみたんだ?何から逃げてきた?
結城:……知りたい?
春野:ああ。
結城:……人間だよ。たくさんの人間が寄せ集まってできたみたいな……肉塊。
春野:……ニンゲン……
結城:あれ?意外そうな顔だね。
春野:……まあ。もっとこう、SAN値けずれそうな化け物かと。
結城:ははっ、結構グロい見た目してたけどね。
春野:ふーん。
結城:それにさっきの聞いてたでしょ?
春野:なにが?
結城:「おばけちゃんは何からできてる?」
春野:(息をのむ)
結城:下手なバケモンより怖いよ、人って。
春野:…………橘もか?
結城:…………
春野:…………
結城:さて、どうだろうね。僕には春野が何を言いたいのか、わからないや。
春野:………そうか。
結城:ねぇ、春野。楽しかったでしょ?またあそぼうね。
〇終了。
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