〇作品概要説明
主要人物2人。ト書き含めて約10000字。
閉ざされた部屋で自分自身の罪を問われる。監禁密室百合。
死んでしまった幼なじみ【薫子】を挟んで交錯する愛と憎しみ。その中身とは
〇登場人物
荻原薫子:死んでしまった幼なじみ。吉野が兼役。
住田:監禁されてる
吉野:監禁仲間
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作者:七枝
本文
※Mはモノローグ。
吉野:(ノックの音)
住田:ん……んん
吉野:(ノックの音)すみだ、起きて住田。
住田:……ん、吉野……?帰ってこれたんだね。
吉野:うん。ただいま
住田:おかえり。……だいじょうぶ?身体……
吉野:へいき。慣れちゃった。
住田:無理しないで。声、震えてる。
吉野:……ありがと。実はね、結構痛い。あいつ今日は特に機嫌悪くてさ。
住田:……なんか言われた?
吉野:いつものやつだよ。「おまえの罪はなんだ」って。
住田:つみ……
吉野:嫌になっちゃうよね。私は悪くないのに。
住田:……
住田:(M)私たちは、監禁されている。
0:遠くでドアの開閉音。
吉野:(息をのむ)
住田:吉野?
吉野:……だいじょうぶ。ちょっと、外の音に驚いたの……それより大声、出しちゃだめだよ。
住田:……わかってる。
住田:(M)吉野の顔を、私はみたことがない。うすっぺらなトタン板越しに聞こえる、かすかな声に耳を澄ませているだけ。
吉野:ねぇ、住田。どうしてだと思う?どうしてこんなことになったんだろ……
住田:それは……
住田:(M)わからないよ、とは言えなかった。どうして監禁されているのか。どうして、毎日拷問まがいな尋問を受けるのか。
住田:(M)私には、心あたりがある。
吉野:きいてる?もう寝ちゃった?
住田:……聞いてるよ。
住田:(M)言えなかった。言えるわけない。あの子とよく似た声をした吉野には特に言えなかった。
住田:(M)わたしが、ひとごろしなんて。
0:タイトルコール
吉野:「罪の名を言え」
0:間。
住田:(M)事の起こりは夏の終わり。秋の初めの頃だった。さらわれたのは、バイト終わりのことだったと思う。おそらく。あまり記憶がない。駐輪場で自転車の鍵を取り出したところで、記憶があいまいになっている。
住田:(M)目がさめた時には、私はかぎなれぬ暗闇に押し込められていた。
住田:……ここ、は。
吉野:しー!
住田:だれ!
吉野:大声だしちゃだめ。しー、だよ。しー!
住田:……だれ。どこにいるの。
吉野:……たぶん、貴方の隣の部屋。
住田:「たぶん」?
吉野:……わからないの。ここには灯りがないから。私は吉野。貴方は?
住田:……住田。住田ひかる。
吉野:ひかるちゃんね。
住田:名前で呼ばないで。
吉野:……ごめん。
住田:あ、ちがうの。自分の名前、好きじゃなくて……
住田:(M)嘘だった。ただ、その声で呼ばれたくないだけだった。似た声で「ひかるちゃん」と呼ばれたことが、まだ耳に残っていたから。
吉野:そうなの?いい名前なのに。
住田:……ありがとう。
住田:(M)あの子も、そう言っていた。でも、この人はあの子じゃない。
吉野:じゃあ住田さんって呼ぶね。よかったら仲良くして。……ここは退屈なの。
住田:(M)だって、あの子は死んだのだから。
吉野:住田さんはどうやってここに連れてこられたの?
住田:私は……えっと……確か車に連れ込まれて……
吉野:近くに人はいた?
住田:………思い出せない。頭痛いから、殴られたんだと思う。
吉野:ええ!?だいじょうぶ?
住田:大丈夫じゃなかったら、助けてくれるワケ?
吉野:それは……無理。
住田:だよね。
吉野:ごめん。
住田:……こちらこそごめん。痛くて気がたってるみたい。
吉野:そっか。最初はそうだよね……大丈夫、すぐ慣れるよ。
住田:どういう意味?
吉野:………明日の朝になれば、アイツがくるから。
住田:アイツって誰?そもそもここはどこ?どうして私はここに連れてこられたの?
吉野:さらわれたんだよ。
住田:それはわかるよ。そうじゃなくて。
吉野:………皆経験することだから。
住田:思わせぶりなこと言わないでちゃんと言ってよ。
吉野:初回で死んだ人は見たことないから。大丈夫。
住田:死ぬ……ってそれ………
吉野:………
住田:な、なにそれ。冗談でしょ。
吉野:部屋の隅に開閉式の隙間があるからね、ごはんはそこから出てくるよ。
住田:吉野さん。
吉野:トイレは横に砂の入ったおまるがあるでしょ。そこでしろってことみたい。
住田:吉野さんってば。
吉野:すぐに鼻も慣れるからね、大丈夫だよ
住田:吉野さん!
吉野:だめ!
住田:(M)そのときだった。大きく壁を叩かれた。まるで部屋全体が揺れたような強い衝撃。ぐらぐらとたわむ壁と反響する音がひどく耳障りで……恐ろしかった。10分、20分……いや実際はほんの数十秒だったかもしれない。引き延ばされた時間の中で、私は身を縮め固まるしかなかった。
吉野:(ひーひーという押し殺した悲鳴)
住田:……吉野、さん?
吉野:大きな声、出さないで……
住田:今のって……
吉野:静かにしておけば、朝まで大丈夫だから。
住田:……うん。
住田:(M)朝。朝まで。じゃあ朝が来たらわたしは。
吉野:だいじょうぶだよ、みんな最初は大丈夫だった。大丈夫。
住田:(M)最初って。みんなって。じゃあその次は?
住田:(M)暴力の予兆に手が震えた。抑えようとしても膝が震え、歯のかみ合わせが上手くいかず、あまりの恐怖のせいか意識が遠くなる。
住田:(M)答えがわかったのは、次に目をあけた時だった。大量の水と乱暴な手で意識を叩き起こされた。絶えず背中に走る痛みと、見知らぬ男の野太い声が、私に尋ねた。
住田:(M)お前の罪はなんだ、っと。
0:長めの間。
吉野:住田さん、大丈夫……?
住田:…………
吉野:あのね、今日は熱が出ると思うからお水多めに飲んだ方がいいよ。あと恥ずかしいと思うけどおしっこ我慢したら駄目だからね。我慢したら病気になっちゃう。ここじゃお医者さんみてくれないから。
住田:…………吉野さん、
吉野:なあに?
住田:アレ、明日もあるの?
吉野:……ないと思う。
住田:「おもう」?
吉野:わからないの。あいつ、気まぐれだから。次出してもらえるのは私のはず。
住田:……貴方、ここから出たいの?
吉野:出たいよ。当たり前でしょ。
住田:あんな目にあうのに!?
吉野:しー!
住田:……あ、ごめんなさい……
吉野:大きな声、出さないで。
住田:……うん。
吉野:住田さん、痛いのはね、慣れるよ。
住田:……うそ。
吉野:ホントだって。もうずっとここにいる私が言うんだから間違いないよ。
住田:あんな、あんなこと慣れるわけがない……
吉野:慣れるよ。怖いのはね、じっとしている方。暗闇でじっとしている方が怖いよ。
住田:……わかんない。
吉野:……うん、そうだよね。
住田:どうして、こんな目に……
吉野:……とりあえず、今は休んで。
住田:に、逃げなきゃ。
吉野:どうやって?逃げようとして、無事だった子みたことないよ。
住田:吉野さん。貴方は……いつから……
吉野:わかんない。もう数えることやめちゃった。
住田:………もうやだ……
吉野:………大丈夫だよ。一緒にがんばろう?
住田:(M)吉野はそうやって、痛みにうめく私が寝付くまで根拠ない「大丈夫」を繰り返した。だいじょうぶ、だいじょうぶという小さな囁き声が、悪臭漂う狭い箱にこだまする。それはまるで、彼女自身にそう言い聞かせているようだった。
0:間。
荻原薫子:だいじょうぶ。
住田:(M)懐かしい夢をみた。
荻原薫子:だいじょうぶよ、ひかるちゃん。
住田:(M)あの子もよく、私に「大丈夫」と言った。転んだ時、大人に怒られた時、いたずらがバレた時。
荻原薫子:ひかるちゃん。
住田:(M)あの子は私をそう呼んだ。薫子。おぎはらかおるこ。幼稚園からの幼馴染。私は、当時その子どもっぽい呼び方が嫌でしょうがなかった。
0:ここから、住田の中学生時代の回想
荻原薫子:ひかるちゃんってば、呼んでるのに。
住田:なに。
荻原薫子:いっしょに帰ろう?
住田:他の子誘いなよ。
荻原薫子:そんな意地悪言わないで。方向いっしょじゃない。
住田:最近べったりくっついてた子はどうしたの?あの髪の長い。
荻原薫子:湊(みなと)ちゃんのこと?
住田:誰それ。
荻原薫子:やだ、同じクラスじゃない。忘れちゃったの?
住田:……知らない。私、あの子嫌い。
荻原薫子:ふふ、やきもち?
住田:はぁ?
荻原薫子:大丈夫。いちばんのお友達はひかるちゃんよ。決まってるでしょう?
住田:あっそ。じゃあなんであんなのに構ってるの。
荻原薫子:そんなに邪見にしないであげて。
住田:放っておけばいいのに。
荻原薫子:かわいそうな子なの。
住田:薫子が面倒みる理由にならない。
荻原薫子:情けは人の為ならず、っていうでしょう?
住田:……なにそれ。
荻原薫子:人に親切にしたら、巡り巡っていつか自分のためにもなるってことわざ。
住田:じゃあ、反対にしたら?
荻原薫子:反対?
住田:人に意地悪したら、全員不幸になるっていうの?ばかばかしい。
荻原薫子:ひかるちゃん、それはね違うわ。
住田:ちがう?
荻原薫子:それは因果応報っていうのよ。
0:回想おわり。住田、目が醒める。
住田:……吉野さん?
住田:吉野さん。いないの?
住田(M)翌朝。隣に人の気配はなかった。足元の平皿に真新しいトーストが載せられていて、開閉式のポストからうっすらと陽の光がさしている。朝だ。朝が来ている。
住田:……吉野さん、どこ?
住田:(M)あいつに、連れていかれたのだろうか。
住田:(嘔吐する)
住田:(M)すえた空気が口内に広がり、出すものもないのに嘔吐してしまう。がちがちと震えながら暗闇を睨み、よせばいいものを頭が勝手に再放送してしまう。あいつから受けた痛み。理不尽。叫ぼうにも藻掻こうにも逃げられないその仕打ち。
住田:わたしのつみ。
吉野:お前のつみはなんだ。
住田:私が犯した罪。
吉野:お前の罪はなんだ。
住田:私の罪は。
吉野:お前は何をした。
住田:私の罪は……
住田:(M)あるとするならば、ひとつしかなかった。
0:間。
荻原薫子:ひかるちゃん、どうして見捨てたの。
0:間。
住田:(激しい息)
吉野:住田、起きて。起きてってば。
住田:……起きた。
吉野:凄くうなされてたよ。何があったの?
住田:なにが?なにがあったかって?この状況が「なにか」じゃないの?
吉野:………そう、だよね。
住田:どこ、いってたの。心配した。
吉野:大丈夫だよ。
住田:大丈夫ってそればっかり。
吉野:(くすりと笑う)
住田:なんで笑うの。
吉野:だって、おかしくって。
住田:何が。
吉野:ん?あ~心配されたことが?住田に心配されるなんて思ってなかったから。
住田:なによそれ。
吉野:優しいんだね、住田。
住田:……名前。
吉野:え?
住田:呼び捨て。
吉野:ああ、ごめん。
住田:……べつにいいよ。私も吉野ってよぶ。
吉野:うん。
住田:傷、痛む?
吉野:まあ、そこそこ。
住田:明日は、私なのかな。
吉野:………たぶん。
住田:……やだな。
吉野:ねぇ、提案があるんだけど。
住田:なに?
吉野:連れ出された時にさ、帰ってこれたら「ただいま」って言うから住田は「おかえり」って言って。
住田:なにそれ。
吉野:お願い言ってよ、憧れなの。
住田:たかが挨拶が?
吉野:そう。
住田:……ふーん。
吉野:「おかえり」ってね「よく無事にお帰りなさいました」って意味があるんだって。良くない?そう言われたら、なんか安心する。
住田:へぇ。……たしかに、それはちょっといいかも。
吉野:でしょ。
住田:わかった。私も言うから、吉野もちゃんと言ってね。約束。
吉野:約束ね。
住田:(M)それから、しばらく時間がたった。吉野はどうやらあいつの「お気に入り」のようで、一日に一度は必ず呼び出され、時には二・三度いなくなることがあった。ひるがえって私は三日に一度、眠っている隙に連れ出され、痛みで目がさめるということが続いた。毎晩、悪夢をみた。繰り返し繰り返し。それはあの子の夢だったり、あいつとの行為だったり、ただひたすら嬲られる夢だったりした。吉野はそのたびに私を起こしてくれた。繰り返し繰り返し。だいじょうぶ、と彼女は囁いた。
吉野:おかえり、住田。
住田:……ただいま。
吉野:今日も無事でよかった。
住田:疲れた。
吉野:そうだね、休んで。
住田:……いつまで、続くんだろ。
吉野:さあ、わからない。あいつの気がすむまで?
住田:……あいつって、何なんだろうね。
吉野:変態クソ野郎。
住田:……吉野さ、前「みんな最初は大丈夫だった」って言ってたよね。
吉野:うん。
住田:大丈夫じゃなくなった子って、どうなったの?
吉野:…………知らない
住田:ホントに?
吉野:本当だよ。私が知るわけないじゃない。
住田:……そうだよね。
0:気まずい沈黙。
吉野:なんか、楽しい話題しよ。
住田:楽しい話題?
吉野:そうだな……住田はここを出たら何したい?
住田:シャワー浴びたい。
吉野:確かに。
住田:ハンバーガー食べて、映画みて、夜遊びとかしちゃおうかな。
吉野:住田が夜遊び?
住田:なによ。
吉野:似合わない。
住田:どういう意味?
吉野:なんかお堅い感じする。髪染めたこともありません~って感じ。
住田:見たことないでしょ。
吉野:声でわかるよ。黒髪臭する。
住田:なにそれ。
吉野:イメージだよ、イメージ。
住田:……あと、安心して眠りたい。
吉野:……わかる。
住田:吉野は?
吉野:私?
住田:吉野は、ここを出たら何したい?
吉野:……なんだろ。考えたことなかったな。
住田:なにそれ。
吉野:考えない方が、楽だから。考えない方が怖くない。
住田:吉野は、今こわくないの?
吉野:住田はこわい?
住田:こわいよ。……毎晩悪夢みる。
吉野:どんな夢?
住田:………殺されたり、とか。
吉野:うん。
住田:あいつにやられたこと、もう一回最初から繰り返す夢とか。
吉野:うん。
住田:昔のゆめ、とか。
吉野:昔?どんな夢?
住田:言いたくない。
吉野:……あいつの言ってる事と関係してる?「お前の罪はなんだ」ってやつ
住田:…………
吉野:住田には心当たりがあるの?
住田:言いたくないって言ってるじゃん。
吉野:でも、もし解決の糸口になれば……
住田:嫌。
吉野:住田、
住田:糸口になったらなんだっていうの?悔い改めて懺悔したらあいつが解放してくれるって?本気でいってる?
吉野:…………わからない、けど。私は、住田が苦しんでるなら力になりたいって思うよ。
住田:………あんたじゃ、無理だよ。
吉野:そ、っか。
住田:(M)それきり吉野は黙ったままだった。一言謝ればいいのに、言えないまま意識が暗闇に落ちていく。ああ、私っていつもこう。やるべきことをやれずに、言うべきことを言えずに逃げてしまう。だから、あの子を失ってしまった。だからあの子は死んでしまった。私の罪は……そう、ひとごろしだ。
0:住田の回想。
荻原薫子:ああ、ひかるちゃん。ちょうどよかった。
住田:薫子?どうしたの、びしょぬれで。
荻原薫子:ちょっとプールにおちちゃった。
住田:プール?なんでまた。
荻原薫子:暇だから散歩してたの。
住田:散歩って……授業は?
荻原薫子:えへへ。
住田:(溜息)体操服貸すよ。半袖でいい?
荻原薫子:ありがとう。
住田:……薫子、アレに関わるのよしなよ。ろくなことにならない。
荻原薫子:アレって言い方、きらいだな。
住田:……みんなそう言ってるし。
荻原薫子:ひかるちゃんは「みんな」じゃないでしょ。私のひかるちゃんでしょ。
住田:……
荻原薫子:またそうやって黙る。えいっ
住田:やだ!ひっぱらないでよ
0:荻原、住田の頬をひっぱる。
荻原薫子:わらえ~!ひかるちゃんは笑った方がかわいい!
住田:痛い痛いっ
荻原薫子:はははっ、変な顔!
住田:もうやだってば!薫子!
住田(M)あははは、と笑い声が耳の奥でこだまする。薫子、あんなに楽しそうに笑ってたのに。いつも一緒にいたのに。どうして私をおいていったの。……ちがう。私が悪いんだ。私がちゃんと助けてあげられなかったから。気づいていたのに、みないふりした。行動しなかった。だから、
住田:(M)冷たい水が頭上から降ってきた。クソみたいな現実に、目がさめた。
0:間。
吉野:薫子ってだれ?
住田:……あ?
吉野:寝言いってたよ。薫子、ごめんって。
住田:………
吉野:大事な人?
住田:……大事だった、人。
吉野:……そっかぁ。
住田:……あんた、薫子のこと知らないの。
吉野:知らないよ。なんで?
住田:声が、よく似てたから……笑い方とかも、似てた。親戚かと思って。
吉野:なぁにそれぇ。
住田:(M)くくく、と吉野が笑う。なんだか嫌な笑い方だった。
吉野:もしかしてこの間の「昔話」の人?
住田:……うん。私の、いちばんの友達。私の、ヒーロー。
吉野:ヒーロー?
住田:正義感の強い子で……いつも助けてくれた。大好きだったの。
吉野:いいね。
住田:そんな子を、私は見捨てた。見ないふりして、目をそらして……それであの子は……
吉野:いじめ?
住田:……そう。
吉野:なんでいじめられたの?
住田:あの子、クラスのいじめられっ子をかばったの。馬鹿だよね、そんなの放っておけばいいのに。
吉野:……住田は助けようと思わなかったんだ?
住田:え?
吉野:そのいじめられっ子。どんな子だったの?
住田:ううん、よく覚えてないな。……気になる?
吉野:まあね。
住田:……私には薫子しかいなかったから。薫子のことしか、おぼえてない。
吉野:住田って視野狭そうだしね。
住田:嫌味?
吉野:うん。
住田:こいつ。
吉野:ははは。そっか。……そう、覚えてないか。
住田:吉野?
吉野:ねぇ、住田。寒くなってきたね。
住田:そうだね。
吉野:ここに来てからどれくらい時間がたったか覚えてる?
住田:……さあ。5年経った気もするし、2週間前だった気もする。
吉野:2ヶ月だよ。
住田:数えてたの?
吉野:ずいぶん汚くなったよね。声も弱弱しくなった。
住田:……こんな暮らししてたらそうなるでしょ。
吉野:そうだね、私といっしょ。
住田:……お互い、よく生き残ってるよね。
吉野:ほんとに。……これからもっと、寒くなる。
住田:……うん。
吉野:どうなっちゃうんだろうね、私たち。
住田:(M)どこか、空々しい言葉だった。ふと、そういえば吉野の声はいつも張りがあって元気なことに気づいた。あの頃の薫子そのままに。
0:住田の回想。
荻原薫子;ひかるちゃん。
住田:まって薫子。おいていかないで
荻原薫子:ごめんね、ひかるちゃん。私行かないと。
住田:どうして?なんで私をおいていくの?
荻原薫子:そうしないと守れない。
住田:あの子なんてどうでもいいじゃない。私といよう。私だけといよう?
荻原薫子:ひかるちゃんを守れない。
住田:薫子?
荻原薫子:湊ちゃんを助けなきゃ。そうしないと……
住田:薫子、まって。
荻原薫子:ほら、湊ちゃんがこっちをみてる。
0:住田、荒い息で飛び起きる。
吉野:……だいじょうぶ?
住田:かおるこ?
吉野:……違うよ、私は吉野。
住田:……ああ、そうだよね。薫子のはずないよね。
吉野:また昔の夢みたんだ?
住田:うん。
吉野:大丈夫だよ、私たちは大丈夫。きっと助かるよ。
住田:……うん。
吉野:寒い?
住田:ん。動きたくないし、もう一度寝なおす……
吉野:わかった。ちゃんと横にいるから今度は大丈夫だよ。
住田:ありがと、薫子。
0:寝息をたてる住田。
吉野:……ホント、ひかるちゃんは薫子ちゃんのことばっかりだね。
住田:(M)あくる日、私はいつものように暗闇の中で目がさめた。手探りでトーストをつかみ、態勢を変えるため、壁に圧をかける。その時、きぃっと音を立てて引き戸が動いた。
住田:……えっ!
住田:(M)恐る恐る手を動かす。あんなに開かなかった扉が、軽々と動き忌々しい朝のひかりが私の目を焼いた。
吉野:出てきなよ、住田。
住田:吉野……?
吉野:ゆっくりね。足、弱ってると思うから。
住田:う、うん……
住田:(M)地べたに手をつき、一歩一歩足を動かす。まるで夢の中のように現実感がない。これは、現実の出来事だろうか。
吉野:歩けるようならこっちに来て。いいもの見せてあげる。
住田:(M)胸が痛い。
吉野:焦らないで大丈夫だよ。あいつは来ないから。
住田:(M)どうしてそれがわかるの。
吉野:こっちだよ、住田。
住田:(M)嫌な予感がする。
吉野:段差に、気を付けてね。
住田:(M)声に導かれるまま、ゆっくりと廊下をたどった。どうやら古い木造の一軒家のようだ。まるで目隠し鬼でもするように吉野の声をたどり、導かれた部屋で私は、
吉野:じゃじゃーん。驚いた?
住田:(M)血まみれのあいつをみた。
吉野:どうしたの、住田。もっと嬉しそうにしなよ。
住田:あなた……
吉野:これで私たち自由だよ。私は住田のヒーロー。どう?喜んでくれた?
住田:…………
吉野:……それとも、私のこと思い出してくれたのかな。
住田:おもい、だす?
吉野:吉野湊。聞き覚えない?
住田:…………えっと、
吉野:あは、無理か。そうだよね、覚えてないって言ってたもんね。……ここまでしても、駄目なもんは駄目だよね。
住田:あなたが、吉野?
吉野:そこから?そう、私が吉野だよ。暗闇の中、住田をずっと支えなぐさめてた優しい優しい吉野湊。
住田:この人が……
吉野:そう、こいつが私たちの敵。若い女を飼うのが趣味の変態クソ野郎。……そんで、私のお父さん
住田:は……?
吉野:安心して。ちゃんと死んでる。
住田:……え、なに。まって。理解できない。
吉野:いいよ。いくらでも待ってあげる。
住田:……吉野は、監禁されてなかったの?
吉野:正しくは軟禁、かな。自由に外出できなかったのは本当。殴られていたのも本当。元々ここが家だったけど。
住田:ほかの「みんな」は……
吉野:……ああ、死んだよ。
住田:………!
吉野:「ペット」の世話と処理が私の仕事だったから。そうだね、そこは嘘ついた。こわがらせたくなかったの。
住田:「おまえの罪」っていうのは……
吉野:あれはこいつの趣味。女の子がありもしない罪悪感でぐちゃぐちゃになってる顔をみるのが好きなんだって。
住田:ありも、しない……
吉野:暴力に意味などない。暴力は暴力でしかない。なのに自分に非があると思って泣き叫ぶ女の顔が一番楽しい……って前言ってたな。懐かしい。あれは私が8歳の頃だった。ほらみて。その時、前歯欠けちゃったの。だから歯をみせて笑えないんだ。情けないでしょ。
住田:そんなこと、ないよ。
吉野:ありがと。まあ、住田にはどうでもいい話だよね。私の前歯の話なんて。
住田:………
吉野:他に質問、ある?
住田:今更、どうして殺したの?
吉野:今更、か。まあそうだよね……そうだな、ヒーローになりたかったの。
住田:ひーろー……
吉野:住田は薫子がヒーローだから好きだったんでしょ?私が住田のヒーローになれば同じくらい好きになってもらえるかなって。
住田:その為に、父親を殺したの……
吉野:うん。どう好きになってくれた?
住田:……
0:吉野、包丁の切っ先を住田に向ける。
吉野:答えて。
住田:……ひっ!すき。好きよ。
吉野:じゃあひかるちゃんって呼んでいい?こっちにきて抱きしめさせてよ。薫子ちゃんみたいに。
住田:わ、わかった。
吉野:嬉しい。ずっとひかるちゃんに触れてみたかったんだ。そう、こっちきて。……ああ震えてる。寒いんだね、温めてあげる。
住田:(恐ろしさのあまりすすり泣く)
吉野:ねぇ、ひかるちゃん。私のことも下の名前で呼んでよ。
住田:名前……?
吉野:わからないの?好きって言ったのに?
住田:ちがっ、ちょっと混乱して聞き逃してて……!
吉野:そう。
0:次の住田の台詞の途中で、吉野が住田の喉を刺す。
住田:ごめ……!
住田:(M)声が、出なかった。すぐに喉が熱くなり、刺されたということを理解した。とっさに傷口を押さえる。ああ、でも血が。どうして。
吉野:……やっぱり住田は嘘が下手くそだね。でもそういうとこも好きだった。
住田:(ひゅーひゅーとかすれた息)
吉野:嘘が下手で、視野が狭くて。無愛想だし、親切にしてもなかなか懐かないし、周りに敵ばっか作って不器用で。
吉野:……これと決めた人には一途で……素直で、何年たっても変わらずに薫子ちゃんが好きで。そんなまっすぐな貴方の愛が、わたしずっとほしかった。
住田:(かすれた息でなにか喋ろうとする)
吉野:つらいね。くるしいね。でもとどめはさしてあげない。ちゃんとみてて。私を、吉野湊を刻み付けて。
住田:(M)長い髪がカーテンのように私の顔を覆う。吉野の顔しかみえない。くるしい。なぜ、どうして。私に罪はないって言ったのに。
住田:(M)私の罪は。
吉田:嗚呼、住田。ようやく私のことみてくれた。
0:住田と荻原の会話。回想。
住田:(M)遠い昔の会話を思い出す。
荻原薫子:ねぇ、ひかるちゃん。湊ちゃんも遊びに誘っていい?
住田:えーやだ。あの子きたないもん。
荻原薫子:でもね、湊ちゃんはひかるちゃんと仲良くなりたいって……
住田:やだよ!薫子はいいの?私が一番のお友達じゃないの?
荻原薫子:うーん、そこまで嫌なら無理は言わないわ。
住田:やった!
荻原薫子:ひかるちゃんったら……私がいなくなったらどうするの?
住田:そんなこと言わないでよ。ずっと一緒にいて。
荻原薫子:私だって一緒にいたいけど、ずっとそうできるとは限らないでしょう?
住田:薫子が勝手にどこか行ったら追いかけるからね。
荻原薫子:ええ?
住田:どこまでも追いかけるから!覚悟して!
荻原薫子:しょうがないなぁ……
住田:(M)そうか。すぐに追いかければよかった。こんなところでぐずぐずしているから、無駄な遠回りをしてしまった。
住田:(M)目をとじる。目の前の女から目をそらして、見なかったことにする。
住田:(M)薫子以外の罪はいらない。
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