〇作品概要説明
主要人物2人。ト書き含めて約4000字。傾国王妃と道化の仮面舞踏会。さくっと終わります。
〇登場人物
王妃:マリア。同盟国から嫁いできた。
道化:全身4フィート(約120cm)。宮廷道化師。男性設定だが、女性がやってもよい。
小姓:道化師と兼役。冒頭に一言だけ。性別不問
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作者:七枝
本文
〇仮面舞踏会。休憩室の一室。Mはモノローグ。
小姓:殿下、御前失礼いたします!
王妃:(M)小姓に何やら耳打ちされると、王妃の年若い恋人は、早々に退室してしまった。無礼を咎める隙もなく、随分と慌ただしく、だ。
王妃:(ためいき)
王妃:(M)わたくしは会場に戻る気にもなれず、やたらとヒールの高いごてごてとした拘束具を片足だけ脱ぎ捨てた。だれにみられようとかまうかものか。どうせ今夜は仮面舞踏会なのだから。
道化:おやおやおや~こんなところで貴婦人がひとり。
王妃:……おまえ、
王妃:(M)ふいに部屋に忍び込んできたのは、全身4フィートばかりの小人だった。しゃんしゃんと動くたびに揺れる鈴付き帽子。先のとんがった、重いばかりで役に立たない靴。その異様な姿と猿のような赤ら顔には覚えがあった。夫が―……現国王・ヤン16世が愛玩している道化師だ。
道化:恋人にふられて泣き崩れている?それとも愛しいあの人をおまちかい?おいらがあんたをさらう騎士になってやろうか。
王妃:無礼者。
道化:道化にむかって無礼とは驚いた!おじょうちゃん、あめはおすき?
王妃:さがりなさい。誰の許しを得て入ってきたの。
道化:そりゃあもちろん、おてんとさまの許しだよぉ。へっへっへ。
王妃:(溜息)
道化:ため息なんてつくもんじゃないよ、おひいさま!幸せが逃げちまう。
王妃:あの方も困ったものだわ、こんな道化にいれあげて。
道化:おお偉大なる我らが太陽!ヤン16世よ!
王妃:だまりなさい。
道化:だまるもんかい。黙ったらおまんまの食い上げさぁね。あんたこそ黙ればいい。
王妃:なんて口の利き方。
道化:貴い耳には市中の声が聞こえないさね?口さがない下民があんたをなんて言ってるか知ってるかい?
王妃:なんと?
道化:賭け狂いのあばずれ王妃!
王妃:まあ!
道化:ひゃははははは!!
王妃:(M)床にころがり、狂ったように笑う道化に合わせてしゃんしゃんと鈴が鳴った。なんてあさましい姿だろう。こんなものをみてあの方は何が愉しいのだろうか。
道化:おや、失敬失敬。
王妃:…………
道化:殿下?殿下どうなされた?さっきまでコマドリのようにさえずっていたのに。
王妃:お前なんぞと話したら口が曲がるわ。
道化:おお、天使の福音よ!麗しき国民の月よ!
王妃:嘘だらけね。
道化:あんたの恋人のセンスのない睦言よりはマシさ。
王妃:どんな睦言もおまえより美しいわ。
道化:当然だ!おいらは道化、あんたの道化、世界一の道化なんだ!笑えなきゃ意味がない。
王妃:…………
道化:またダンマリだ。殿下の口は商人の財布みてえだな。
王妃:……その殿下、というのをやめて。
道化:なぜ?
王妃:今宵は仮面舞踏会ですもの。
道化:はっはっは!これは一本とられた。殿下はおいらよりジョークのセンスがある!
王妃:…………
道化:失敬失敬!殿下じゃなくマダムでしたな!それともマドモアゼル?
王妃:それは子の居ぬわたくしへの皮肉?面白くないわ。
道化:まさかまさか!なんせ殿下は「産めぬ」のではなく「産まぬ」のですから、なにを皮肉ることがありましょうや?
王妃:…………なにを。
道化:おや、顔色ひとつ変えないとは。放蕩姫の名に似つかぬ冷徹さ!
王妃:だまりなさい。そして教えなさい。おまえにその考えを吹き込んだのはどこの者?フェルマン?オーギュスト?それともテール夫人かしら?
道化:黙れと言ったり、喋れといったり、忙しいやつだな。おいらの口はひとつしかないんだぞ。
王妃:王家への侮辱罪で地下牢に入れたっていいのよ。
道化:へへへっ、これで侮辱罪ならこの国はおわりだ。日の下で立っているのは王妃だけになる。
王妃:あーいえば、こーいう。なんて口の減らない者かしら。
道化:逆にあんたは、今日ずいぶんとおしゃべりだね?おいらもしかして口説かれてる?
王妃:なぜそうなるの。
道化:青年貴族の中で話題だぜ。「王妃は切なげな瞳でモノも言わず誘ってくる」って。
王妃:その理屈でいうと、おまえは誘われてないということになるのではないかしら。
道化:おいらだけは特別なんだろ?宮廷に咲いた毒花さま。
王妃:おまえはわたくしよりわたくしの名を知っているのね。
道化:鏡ってのは、必ずしも真実をみせないもんでさぁ、マドモアゼル。
王妃:貧民の粗悪品と一緒にしないで。王室の鏡は舶来モノの最高級品よ。
道化:高級だろうが中級だろうが、仮面を脱がなきゃ見えるものは一緒さ。
王妃:生意気な口を。
道化:なんだい?人でも呼ぶかい?道化とも寝るあばずれ王妃。
王妃:鞭をくれてやるわ。
道化:あんたらはいつもそうだ!おいらを犬とでもおもってやがる!
王妃:犬の方が利口だわ。口をきかないもの。
道化:ならおいらもここらでしょんべんしてみせようか。
王妃:やめて!けがらわしい!
道化:はっはっは!
王妃:(M)道化の大笑いは、部屋中にこだましたが、それでも誰もやってくる様子はなかった。当然だ、今日は舞踏会。祭りの日だ。都中が浮かれ騒ぎ燃えあがっているに違いない。
道化:なぁ、ここは随分静かだね、マドモアゼル?
王妃:そうね。わたくしはマダムよ、道化。
道化:愛すべきこの国の女主人よ。大舞台で踊らないのかい?
王妃:踊ってきたじゃない。
道化:ダンスはね。
王妃:歌でもうたえっていうのかしら?
道化:そりゃあいい!あんたの悲鳴をみんなが聞きたがってる!
王妃:みんな?それはあの雑草どものこと?
道化:そう、あんたらのおべべやおまんまを養ってる民草のこと!
王妃:馬鹿言わないで。民が王家を支えてるのではないわ。王家が君臨してあげてるのよ。
道化:(大笑いする)
王妃:……なにがおかしいの。
道化:まこと、殿下におかれましては嘘がお上手でございまする。
王妃:…………
道化:殿下は今宵、バルコニーから外を眺められましたか?
王妃:いいえ。
道化:みてみるがいい。宮廷の窓からでもよくみえる。あかあかと。反逆の火が。
王妃:………いいわ。
王妃:(M)立ち上がり、カーテンを引くと外を見渡してみた。そこには、予想通りの光景があった。
道化:見えるだろう?
王妃:……ええ、見えるわ。
王妃:(M)ああ、わたくしの庭が燃えている。美しい庭園が炎の赤に染め上がり、その中を駆け回る虫のような民の影を照らしている。
道化:逃げないのかい?革命軍はもうすぐ目の前まで迫っている。
王妃:なぜ逃げる必要が?わたくしの兵は優秀だわ。愚かな共和主義者どもを駆逐するに違いない。
道化:無理だってわかってるくせに!祭りの夜だからってワインを配ったのはあんただぜ、殿下!
王妃:一杯の赤ワインで兵が使い物にならなくなるはずが、
道化:(かぶせて)あるね!あんたが手ずから配ったワインだぞ!
王妃:それが?
道化:あんたの魅力でみんな腰砕けってわけさ!
王妃:(くすりと笑う)
道化:お、笑った!殿下が笑ったぞ!!
王妃:そうね。
道化:おいらの勝ちだ!
王妃:勝負なんてしてないわ。
道化:してた!
王妃:してない。
道化:してたさ!おいらの心の中で!
王妃:……ふぅ。はいはい、お前の勝ちよ。
道化:ご褒美をおくれ!
王妃:金ならいくらでも。どこの引き出しからとったっていいわ。
道化:そんなもんいらない。
王妃:脱出手段かしら?寝室の暖炉から行けるわよ。革命軍の手が回っていなければ、だけど。
道化:それでもない!
王妃:もしかしてわたくしが目的?嫌よ、道化と寝た王妃として名が残るのは。
道化:あんたの子分にしておくれ!
王妃:………あらまあ。
道化:おいらは氷の王妃を笑わせた道化だぞ!それぐらいの報酬があってもいいだろう!?
王妃:(M)わたくしは視線を下ろして、まじまじと道化の顔をみつめた。斜陽の王族に仕えたいという馬鹿な小人の顔を。しかし小人の目は、穴が開いたように空洞で、その真意はわからなかった。
王妃:……ここから先は、冥途の旅路よ。
道化:あんたが逃げないなら仕方ないさ。
王妃:逃げたら役目が果たせなくなる。わたくしが王妃として処刑されてこそ、同盟が破られる。祖国がこの国に攻め込む為の礎となるのだもの。
道化:御大層なお題目だな。役目だの責務だの、お貴族様ってのは阿呆ばかりだ。
王妃:ふふふ。
道化:お、また笑ったぞ!おいらはやっぱり世界一の道化師だ!
王妃:………そうね。
道化:さぁ、殿下。玉座の間に行こう。そしておいらをあんたの騎士にしておくれ。
王妃:道化ではなかったの?
道化:おいらは道化で騎士なのさ!
王妃:ずいぶん饒舌な騎士だこと。
王妃:(M)笑いながら、考える。
王妃:(M)近い将来、わたくしはこの国に、そして祖国に、殺されるだろう。ずっとずっとそれが役目だと信じていた。それが王の娘として生まれた運命だと信じて疑わなかった。今も勿論、疑ってない。けれど、
道化:殿下?
王妃:………なんでもないわ。
王妃:(M)胸を張り、姿勢を正す。私はマリア・エリザベート・フォン・サクス。美しく散る、傾国の王妃。
〇おしまい。
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