○作品概要説明。
主要人物3人。ト書き含めて1万字。小説家の失恋物語。
○登場人物
時雨:甲斐時雨。(かいしぐれ)というペンネームの作家。本名、佐藤豊丸。
玲香:郡市玲香(ぐしれいか)時雨の幼馴染。右目に泣き黒子のある茶髪の貧乳。
常盤:常盤司(ときわつかさ)編集者。性別不問。
編集長:玲香と兼役。
○ご利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。
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作者:七枝
本文
○本文ここから。Mはモノローグ。
○時雨のマンション。仕事部屋にて。
常盤:先生の話って、いつも同じヒロインですよね。
時雨:ああん?
常盤:ほら、ここ。茶髪の巻き毛って描写でてきてる。あれでしょ、右目に泣き黒子のある貧乳でしょ、どうせ。
時雨:ちっげーよ!つうか、こいつヒロインじゃねぇし。脇のモブだし。
常盤:いやいやいや~!そういってこれからグイグイ出てきちゃうんでしょー!知ってますよ。
時雨:うっぜぇな。気が散る!あっちいけ!
常盤:はーい!あ、締め切りまであと……
時雨:3時間だろ!知ってる!
常盤:よろしくおねがいしま~す!
常盤:(M)ばたんと大きな音をたてて、ドアは閉じられた。中から冬眠あけの熊のような唸り声がきこえてくる。声の主の名前は、甲斐時雨(かいしぐれ)。私の担当作家先生さまだ。そして私の名前は、常盤司(ときわつかさ)。まぁ、これは覚えなくてもいい。この話の主役は私ではない。この話の主役は、只今超絶修羅場中の彼と……
○玲香、勢いよく玄関のドアを開け、入ってくる。
玲香:こんにちは~!お邪魔しまーす!
常盤:お、玲香ちゃん!おつかれおつかれ~
玲香:常盤さん!お仕事おつかれさまです。丸は今?
常盤:熊みたいに唸ってる。
玲香:あははは!じゃぁ差し入れ置いてったほうがいいかな。
常盤:いいよいいよ。渡して来てよ。その方がモチベーションあがるし。
玲香:そうですか?気分転換になるかな。
常盤:ん。まぁそんなもん。
玲香:じゃぁ失礼しまーす。おーい、丸―?
ドアの開閉音。
一拍おいて。
常盤:(M)この話の主役は、彼女だ。甲斐時雨のファン第一号であり、甲斐時雨、もとい本名佐藤豊丸の大事な幼馴染。茶髪に巻き毛で右目に泣き黒子がある美人。胸は少々貧しい。
時雨:れいか!お前また来たのかよ。
玲香:え、ごめん邪魔だった?
時雨:い、いや、そうはいってねーけど……ったく、常盤のやつ……
常盤:(M)幼馴の愉し気な会話を聞きながら、煙草をくわえ、火をつける。さて、これで時雨のモチベーションもあがっただろう。彼女は彼のミューズなのだ。本人に自覚はないが。
玲香:モンエナもってきたんだ~あとおにぎりと~野菜?
時雨:ばっ、大根まるまる持ってくるやつがいるか、馬鹿!
玲香:えへへへ!だって丸、栄養かたよってそうだもん。
時雨:なんだよ、料理してくれんのか。
玲香:ああ~、ごめん!これから彼のとこいかなきゃいけないんだよね!
常盤:(M)うわ、なに言ってんだあの女。
時雨:そうかよ……
常盤:(M)あーあ。センセ、しょぼくれちゃった。
玲香:ごめんね~!
時雨:べつに。お前のまずい飯なんていらねーし。
玲香:なんだよぅ。かわいくないなー
時雨:男にかわいーはいらないですぅ
玲香:女のかわいーは愛情表現なの!
時雨:ふぅん
玲香:興味なさそー!
時雨:どうでもいいからな。
常盤:(M)これは嘘。
玲香:ひどーい!それじゃあね、丸!掲載されたら絶対最初にみせてよね!私楽しみにしてるんだから!
時雨:ふん
玲香:まーる!
時雨:しゃーねぇなー
玲香:やった!えへへへ!
扉の開閉音。
玲香:あ、常盤さん。じゃぁ私帰りますね。お邪魔しました!
常盤:いえいえ~こちらこそありがと~また頼むよ
玲香:……?はい!
常盤:(M)一瞬で時雨のモチベーションを最高値にした彼女は、能天気な顔してマンションを出ていった。いまから「彼」とやらとデートにいくんだろう。こちらの気もしないで、いい気なものだ。
常盤:(M)肝心な先生様ときたら、先ほどまで猛獣のように唸っていたのが嘘のようにパソコンを向き合っている。健気な背中に涙がでそうだ。これなら締切に間に合うだろう。がんばってくれ、君の大好きなファンのために。
常盤:(M)そう。今から私が語るこの話は、どうしようもない作家先生と先生の大好きなヒロインの話。
常盤:(M)ひとりの男の、よくある失恋の話だ。
間。
○タイトルコール
時雨:「ラブレター、フロム」
間。
○二時間半後。
常盤:はぁい、確かに20ページきっちり!今月分いただきました~
時雨:中身みなくていいのかよ。
常盤:校閲は私の仕事じゃないのでぇ。
時雨:じゃぁ何しにきたんだよ。データですむだろ。
常盤:そりゃセンセの尻たたきにきたんですよ。あとほら、行き詰った時の相談役?
時雨:いらねぇ。つーかあんた、俺の本ちゃんと中身把握してるのかよ
常盤:そりゃもちろん!
時雨:ふーん?
常盤:今はあれでしょ、ココロちゃんが道に迷って、
時雨:心愛(ここあ)だ、馬鹿。
常盤:なんですかそれ、犬の名前?
時雨:ヒロインの名前だよ、ヒロインの!
常盤:あー……?茶髪の?
時雨:ちっげーよ!そっちはモブだって言っただろ。1話から出てるぞ。
常盤:ふむふむ。
時雨:(ためいき)
常盤:いやぁセンセーのこと信用してるんですよぉ!いつでもどこでもクオリティの変わらないその腕前!よっ、投稿サイトランキング万年4位!
時雨:しょせんネット作家はネット作家。底辺はプロになっても底辺だから大丈夫ってか?
常盤:そんなことないですよ~
時雨:言葉が上滑りしてんだよ。
常盤:え~?疑り深いなぁ。傷つきました。
時雨:嘘つけ。
常盤:ははは。じゃぁ私はここで失礼しますね。ゲラができたらメールで送ります。
時雨:おー
常盤:彼女、喜んでくれるといいですね、センセ。
時雨:うっせ。黙れ。さっさと帰れ。
常盤:はーい
ドアの開閉音
時雨:チッ
時雨:うっせぇ。ただの幼馴染だ。ただの………
○場面転換
○編集者、帰社する。社内のオフィスにて。
編集長:常盤くん!遅いよ、どこ行ってたの!
常盤:いやぁ、はははは。すいません、今帰社しました。ちょっと甲斐先生のところに行ってまして。
編集長:はぁ?甲斐って、甲斐時雨?なぜ彼のところに?
常盤:今月の掲載分がまだ回収できてなくってですね。
編集長:まだ彼なんて使ってたの?
常盤:…………連載中の話が途中ですから。
編集長:なら、さっさと畳んでもらって、売れそうな子に切り替えてね。いつも言ってるでしょう、ネット小説家は、
常盤:(かぶせて)売れてなんぼ書かせてなんぼ、スピードとコストが命、ですよね。わかってますって。
編集長:わかってるならいいの。でも常盤くん、彼に入れ込んでいるようだったから。
常盤:そうですかぁ?
編集長:そうよ。こないだ会議で出した新連載案。彼のものだったでしょう?
常盤:………まさか。最近はやってるんですよ。ほら一回流行ったものはまた流行るっていうでしょう?悪役令嬢とか異世界転生系だってそうでしょう?
編集長:あれは昔流行った王道冒険譚やシンデレラストーリーのアンチテーゼよ。そのまま同じものが流行ってるわけじゃない。
常盤:なるほどなるほど。いやぁ流石編集長!勉強になりますぅ
編集長:ごまをすったって無駄よ。とにかく、認められないから。
常盤:なぜです?甲斐先生、ちゃんと書いてるじゃないですか。締切も守られてる。
編集長:売れないからよ。
常盤:…………
編集長:ほかになんかある?
常盤:ないでーす!しごとにもどりまーす!
編集長:………常盤君。
常盤:はい?なんですか?
編集長:来季のはじまりまでよ。それまでに風呂敷たたませてね。
常盤:……っす。
編集長:返事!
常盤:はーい!かしこまいりました、編集長さまぁ!
常盤:(M)(ためいき)そう、これだから大人にハッピーエンドは似合わない。
常盤:あ、私ちょっと、たばこ休憩いってきまーす!
編集長:帰ってきたばかりだろうが!さぼってんじゃねーぞ、常盤ぁ!
常盤:(M)はいはい、わかってますって。……なんて言いながら編集部を後にする。パソコンの中に埋もれているだろう大量のメールは、考えないでおくことにした。
間。
場面転換。
○時雨の回想。
玲香:ま~る!
時雨:……れいか。
玲香:なにぼーっとしてんの?はやくかえろっ
時雨:………あ、ああ。そうだな。
時雨:(M)ゆめだ、と思った。……昔の夢。高校のころの。さきのことなど何も考えず、あと一歩が踏み出せず、それでも明日も明後日も来年も、玲香の隣にいるのは俺だと、俺であるんだろうなと、信じてた、あの頃の夢。
玲香:ねぇ、丸きいた?りっかちゃんのとこのおばさんがさ、転んで入院したんだって。この時期多いよね。そうだ、この間も古典の飯塚が、
時雨:(M)玲香が楽しそうに話してる。なにがおかしいのか、ときおり一人でくすくす笑う。なつかしい。懐かしい横顔だ。……そうだ、こうしてのぞきみていたんだっけか。
玲香:ねぇ、丸?
時雨:……なんだよ。
玲香:私に言いたいことなーい?
時雨:ねぇよ、そんなもん。
玲香:うっそだー!あるでしょ!なんでいってくれないの?
時雨:………は?
玲香:私ずっと待ってたのにさぁ。丸、いつもどおりだし。言ってよ、待ってるんだよ。
時雨:……は?な、なんのことだよ。
玲香:もうっ!これ!
時雨:スマホ?
玲香:小説大賞佳作!受賞したんでしょ?何で言ってくれなかったの?
時雨:……あ、ああ。そっちか。
玲香:そっち?
時雨:気にすんな。っつーか、しょせん佳作だろ。たいしたことじゃねぇ。
玲香:大したことだよ!だって丸ずっと書いていたでしょ!丸の長年の努力が認められたってことでしょ!すごいことじゃん!
時雨:……そうか。
玲香:そうだよ。丸先生のファン第一号として、嬉しい限りですっ
時雨:そりゃよかった。
玲香:今度お祝いしよ!なにがい~かな~?カラオケ?ボーリング?クラスの子も呼ぶ?
時雨:いーよ、そんなの。
玲香:やだ!騒ぎたいっ
時雨:俺をダシにすんな
玲香:してないもん!純粋なお祝いの気持ちだもん!
時雨:どーだか。
玲香:ねー丸!おーいーわーいーしよー!
時雨:うっぜ。
玲香:…っは、あはははは!嬉しいなぁ。本当に嬉しい。よかったねぇ丸。夢が叶ったねぇ
時雨:……ああ、ありがとな。
玲香:えっ!
時雨:なんだよ。
玲香:丸がデレた!
時雨:…………(ためいき)
玲香:わー!丸がデレた!もう一回言って、もう一回言って!録音するから!
時雨:…………先行くわ。
玲香:ねぇねぇ。ペンネームとかどうするの?本でるんでしょ?いつになるんだろう、楽しみだなぁ。
時雨:…………
玲香:ちょ、無視しないでよぉ!
時雨:……そーいうのは、出版社との決まりでまだ言えねーの。
玲香:えー!そうなの?
時雨:そーなの。
玲香:早く知りたいなぁ。
時雨:まぁ、ペンネームは変える必要ないだろ。わかりやすいし。
玲香:でも「丸」って本名まんまじゃん。カッコイイの一緒に考えよ?ね?
時雨:めんどくせーからいい。
玲香:むぅ。丸らしいなぁ。……あ!そうだ。ねぇ、丸。
時雨:なに。
玲香:私もね、「たいしたことねー」けど、丸に報告したいことがあるんだ。
時雨:なんだよ。
玲香:むふふふ。
時雨:早く言えよ。
玲香:実はぁ……私に、彼氏ができましたー!いぇーい!どんどんぱふぱふー!
時雨:………は。
玲香:昨日、告白されてぇ、めっちゃ戸惑ったんだけど、かっこよかったからオッケーしちゃった!2組の沢田君。知ってる?今度紹介するね!バスケ部の子でね、
時雨:(M)玲香がなんか言ってる。楽しそうに話してる。俺はその横顔をぼんやり眺めながら、彼女の言葉を反芻(はんすう)していた。
時雨:(M)「彼氏」……は?彼氏?なんだよ、それ。
玲香:ねー、丸。聞いてる?
時雨:……ああ、聞いてる。
時雨:(M)なにが小説大賞佳作だ。なにがお祝いだ。………何のために書いてきたんだ、俺。
時雨:(M)そして俺は、ペンネームを「丸」から「甲斐時雨」に変えた。みじめったらしい、未練が捨てられなかった。
○回想シーンおわり。
場面変換
間
電話の音。
○時雨が目覚める。
時雨:んっ……(あくび)だれだよ……
常盤:おつかれさまでーす!時雨せーんせ。
時雨:……常盤か。
常盤:おや、その声は寝てましたね?駄目ですよ~サボちゃ。文芸冬花(ぶんげいとうか)の掲載分、まだ仕上げてないでしょう?
時雨:なんで他誌の進捗まで知ってんだよ、ほっとけ。
常盤:先生の本読んでるって言ったじゃないですか。え~っと……なんだっけ?ココロンちゃんの話も読みましたよ。あとで誤字チェック送りますね。
時雨:心愛(ここあ)だって言ってるだろーが!なんで他誌は読んで、そこがテキトーなんだよ!
常盤:はははは!ところで先生。
時雨:なんだよ。
常盤:先生の話、打ち切りになりますから。来季で終わるように調整してくださいね!
時雨:……そうか。
常盤:あれ、思ったより冷静ですね。
時雨:売れてねーからな。そうなる気はしてた。
常盤:そうですか。私はハラワタ煮えかえる思いでしたけど。
時雨:ふっ、なんでお前が?へんなやつ。
常盤:だって私、先生のファンですから。
時雨:はじめてきいたわ、そんなん。
常盤:いつも言ってましたよ~!心の中で!
時雨:聞こえねーわ。
常盤:先生はホント駄目ですね~彼女以外のこととなると途端にポンコツですね~
時雨:………それがファンの言葉かよ。
常盤:ははは!ファンだから言うんですよ~!失礼ついでに言いますけど、無理して彼女以外を書こうとするから、売れないんですよ、先生。
時雨:…………
常盤:先生の持ち味は、そのラノベらしい軽い読み口とその割に重苦しい感情描写なのに、片手落ちしてどうするんです?書けるもの書いてくださいよ。書きたいものじゃなくて。
時雨:………うっせぇ。
常盤:とにかく。今後のことも話し合いたいので、またそちらへ伺いますね~今度いつなら空いてます?来週の水曜午後あたりはいかがです?
時雨:あいてない。
常盤:ありゃりゃ。じゃぁ再来週のご都合は?
時雨:あいてない。再来週もその次もその更に次も空いてない。
常盤:……先生。
時雨:ぴーっ!あれ、なんか電波の調子がおかしいな?ぴー!ぴー!がががっ!
常盤:先生、子どもじゃないんだから。
時雨:わりぃ常盤。また今度かけなおすわ。
常盤:ちょっ、先生!予定だけでも!
時雨:ぴーっ!がっちゃん
時雨:…………はぁ。……ガキかよ。だっせぇ。
時雨:(M)わかってる。わかってるんだ、言われなくても。
時雨:でも、それを自覚したところで何がかわるっていうんだ?俺の話に何の意味がある?
時雨:(M)ここから抜け出したい。もう書いていたくない。だが何をどうしたらいいのかわからない。そのどんづまりだ。
電話の音。
時雨:くそ、電話……常盤の奴、しつこいな。
間をおいて。
電話の音。
時雨:あー!なんだよ常盤!あとでかけなおすって、
玲香:丸?
時雨:……玲香?
玲香:なによ、さっきの。また常盤さんに迷惑かけてるの?
時雨:そんなんじゃない。
玲香:(くすくす笑う)
時雨:……なんだよ。
玲香:だって、丸うそついてるトーンなんだもん。見なくてもわかるよ、絶対唇とがってる。
時雨:なんだよ、それ。
玲香:丸のクセ。へへっ、気づいてた?
時雨:うっぜぇ。
玲香:あ、そのクセは直した方がいいよ。いらっとする。
時雨:くせ?
玲香:(真似をして)「うっぜぇ」ってやつ。
時雨:う、……
玲香:今言おうとしたでしょ~!ばぁかばーか。
時雨:黙れ、アホ女。
玲香:口悪いなぁ。親しき中にも礼儀ありだよ。れいぎー!
時雨:で?なんの用だよ。
玲香:丸にちょっと報告したいことがあってね。そっちいってもいい?
時雨:………今日は、散らかってるから。
玲香:また締切り~?差し入れしようか?
時雨:いい。集中したいんだ。
玲香:……ん。りょーかい。
時雨:それで報告って?
玲香:う~ん、丸には面と向かって言いたかったんだけどなぁ。
時雨:どーせ大したことねーことだろ。
玲香:丸の「大した事」基準がでかすぎるんだよー!私には一大事なの!
時雨:ふーん?
玲香:……ふふ、あのね、私ね、
時雨:(M)結婚するの、と玲香は言った。
間。
場面転換。
○二日後、時雨の仕事部屋にて。
○時雨は床で寝ている。
常盤:センセー、入りますよーって。うっわ、きたなっ!
時雨:…………
常盤:せんせー?先生ってば。いきてますかー?死んでますかー?
時雨:………ん
常盤:ひぃっ!なんかうごめいてる!きもっ!何この部屋!?樹海っ!?
時雨:……うっせぇ
常盤:お、ようやく反応した。おはようございまーす、時雨先生。
時雨:……はよ。
常盤:もう電話反応してくださいよ~私腱鞘炎(けんしょうえん)になるかと思いましたよ
時雨:そうか。
常盤:あれ?いつもの「うっぜ」はないんです?先生お得意のクソガキムーブはどうしちゃったんですか。
時雨:……………
常盤:せーんせ。
時雨:………なんだよ。
常盤:玲香ちゃん、結婚するんですってね。
時雨:………みたいだな。
常盤:私みたいな、いち編集者にまでわざわざ教えてくれて。いや~ホントコミュ力高いいい子ですよね~!
時雨:そうだな。
常盤:……先生は幼馴染のくせに、どうしてそんなにコミュ障の引きこもりなんです?少しは「俺も頑張ろう」とかそういうのなかったんです?ああ、そっか。先生は玲香ちゃんが隣にいればいいってそういう考えでしたっけ?いやぁ、クソガキムーブここに極まりって感じですよね。ママのおっぱいから離れられない幼児ですか、あんたは。
時雨:かもな。
常盤:…………
時雨:…………
常盤:(ためいき)
常盤、散らかった部屋のごみをどけて、床にすわりこむ。
時雨:……なに。
常盤:先生、あんた馬鹿ですか。
時雨:…………。
常盤:人は失恋で死ぬことはできませんよ。
時雨:…………ん。
常盤:あんたがいくらあんたの恋に殉じたくても。あんたがいくら彼女を想っても。行動のできないクソ陰キャは、何にもできません。何にもなりません。
時雨:………わかってる。
常盤:認めるんですか。
時雨:…………今更だろ。
常盤:……っ!!ならっ、なんでそんな無気力になってるんっすか!だらしない!立ってくださいよ!書けるもの書いて仕事してくださいよ!あんた何年作家やってるんですか!!
時雨:……俺が、
常盤:はい。
時雨:俺が、書いてるのは、
常盤:……はい。
時雨:…………俺が書けば、玲香が読んでくれるからだ。
常盤:………なら、書けばいいじゃないですか。
時雨:書けるかよ!あいつは結婚するんだぞ!
常盤:それこそ今更じゃないですか!なんですか?人妻は読書をしないとでも?いままでどおり書いて読んでもらえばいいじゃないですか!それの何が悪いんですか!
時雨:こんなの不毛だ!
常盤:不毛の何が悪いんですか!
時雨:どーせ打ち切りなんだろ?!もう書く場所だって残っちゃいない!
常盤:前みたいにネット投稿すりゃいいじゃないですか!洒落くさい!
時雨:もう書けないんだ。書きたくない。書いたって何になるんだ。あいつはもう俺のものじゃないのに。
常盤:最初からあんたのものじゃないですよ!
時雨:………っ!
常盤:いい加減、勘違い止めましょうよ、時雨先生。あんたはあの子のただの幼馴染だ。あんたの一番の読者っていったってそれだけのつながりでしょう。あの子はふりむいてくれない。読者は作者の真意なんてしったこっちゃない。わかってるでしょう?
時雨:……でも
常盤:……でも?
時雨:……あいつは、好きだって言ったんだ。俺の話を読んで、好きだって……
常盤:(重いためいき)
時雨:好きだって、言ってくれた……
常盤:あ~……もう、せんせ。
時雨:……なんだよ。
常盤:飲みましょ。
時雨:……はぁ?
常盤:こういうときは呑んで忘れるもんです。呑みましょ、騒ぎましょ。そんでぱーっと忘れましょ。
時雨:…………俺、下戸だぞ。
常盤:じゃあ私が呑みます。
時雨:今日平日だろ?あんた仕事じゃねぇの?
常盤:仕事ですよ。
時雨:馬鹿だろ。
常盤:いい歳して失恋ごときで再起不能になる誰かさんに言われたくないですね。
時雨:うっぜ。
常盤:お、戻ってきましたね、クソガキムーブ。
時雨:はぁ?ホントあんたって……ぷっ(噴き出す)
常盤:ふ、ふふふ、ははははっ
○時雨、常盤、ぎこちなく笑いあう。
時雨:よし、じゃあ呑むか!
常盤:その意気ですよ!時雨せんせ!
時雨:おう!
常盤:じゃあ私、ちょっと会社に電話してきますね。ついでにツマミやらなにやら買ってきますから、先生はシャワーでも浴びてください。臭いですよ。
時雨:……おう。
常盤:お願いしまーす。
時雨:まてよ、常盤。
常盤:はい?
時雨:結局おまえ、何の用で来たんだ?締切はまだ当分先だろ?
常盤:……ああ。それはこれです。
時雨:………「執筆応援大賞」?
常盤:これ、カクガワ社の肝いりです。受賞できれば連載の可能性もあります。
時雨:…………
常盤:どうです?
時雨:……おまえ、なんで俺にそこまで……
常盤:言ったでしょう?ファンなんです。
時雨:…………
常盤:さっき、読者に作者の真意はわからないって言いましたけどね。逆もそうだと思うんですよ。作者だって、読者がどれだけ応援してるかわかってない。私はそう思います。
時雨:…………
常盤:それでも、少しでも伝わればと、手を伸ばす努力は怠りたくないんですよね。……なんて。
時雨:……常盤。
常盤:あー!やばい、早く電話しないと編集長から叱られる!失礼しますねっ!
時雨:お、おい!
常盤:部屋も換気してくださいね!
常盤:(M)そう言い捨てて、慌ただしく部屋から出ていく。……まったく、私としたことがなさけない。なにが「なんて」だ。大人がいうことではないだろう。
常盤:(M)赤くなった頬に風を送りながら、エレベーターへ向かう。乗車ボタンを押したところで、はたと気づいた。……財布を置き忘れてしまった。
常盤:うっわ、やばい!
常盤:(M)先生はもうシャワー室に行っただろうか……さすがに顔を合わしたくないが……
常盤:おじゃましま~す……せんせー……?
常盤:(M)おそるおそるドアをあけ、部屋をのぞく。すると、そこには。
時雨:(唸る)
常盤:(M)先生がいた。先生が、シャワーもあびないで、ぼさぼさの頭のままパソコンの前で、唸っていた。
常盤:…っく、ははは。
常盤:(M)……そうだ、甲斐時雨は、作家なのだ。作家というものは、やはり書かずにおれないものなのだろう。
常盤:応援してますよ、時雨センセ。
常盤:(M)貴方という作家が誰の為にあったって、私だって貴方の読者なのだ。
間
○時雨のモノローグ。
時雨:ずっと、一人の為に書いている。
玲香:丸、これ面白いよ。つづきないの?
時雨:あいつが面白いといったところは描写を厚くして、あいつがつまらないといったところは抜いて。
玲香:ねぇ丸。次はなんの話?一番にみせてほしいな
時雨:そういって。実際に持っていったら驚かれて。
玲香:え、もう書いたの?嬉しい、しっかり読んでから感想おくるね
時雨:お前はきっと、俺が想うその何百分の一しか考えてないだろうけど。
玲香:やっぱり、丸の話すきだなぁ~
時雨:俺はその言葉をきくために。ただ、それだけのために、今も。
玲香:丸!新作読んだよ!
時雨:だから、読んでほしい。一字でも届いてほしいと、そう思って書いている。
おわり。
※補足。甲斐時雨(かいしぐれ)は、郡市玲香(ぐしれいか)のアナグラム。
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