台本「アフターナイトは土の下」と台本「だって金魚がおしえてくれた」の番外編ショートショート。
時系列的にはアフターナイトのその後。だって金魚の本編前。西井視点の話。
——病院は苦手だ。あの子を思い出すから。
「もう、西井さん。この時期に風邪でぶっ倒れるとか、ホント勘弁してくださいね~おかげでスケジュールつめつめですよ!」
「いいじゃないか、いつもは僕だって君の我が侭聞いてるだろ」
「我が侭じゃなくて依頼ですってば!ったく、最後までこの調子なんだから……」
秋も近づく夏のおわり。僕は風邪をこじらせて病院に運び込まれた。当然仕事をしている状態ではなく、かかえていた3本の連載はできあがっていた2本を除いて休止し、依頼をうけていたコラムも、見舞いがてらやってきた編集者にせかされながら病室で仕上げた始末。
そうして、今、親類でもない女に何故か我が身の不摂生を叱られている。
「いいですか、西井さん。来週から担当が変わるんですから、しっかりして下さいよ!自分の健康は自分で面倒みてください。なんですか、雨が降るのが楽しくて一晩中外にでてたって。こどもですか!」
「締め切り空けでハイになってたんだ」
「この前はゾンビを探しにマイアミに行く!って言ったきり行方不明になりましたよね?電話ぐらい持ち歩いてください!」
「ゾンビに喰われたら電話どころじゃないだろ」
「ならマイアミに行くな!」
「いいじゃないか!取材旅行だよ取材旅行!」
「はぁ?怖いの苦手な出不精のくせに何いってるんですか」
あきれ顔の編集者に思わず言葉が詰まる。まったくもってそのとおり。僕はオカルトも外出も苦手だ。英語はかろうじて喋れるが、できるなら家にこもって自由きままな妄想を繰り広げたい。でもそれでは何も変わらないと一念奮起して、行ってきたのがマイアミだった。
「結局おなか壊して帰ってきて、締め切り伸ばしてくれって言ってましたよね?」
「……水があわなかったんだ」
「我が侭なのはどっちですか。社会人でしょ、しっかりしてください」
「…………」
ふてくされた僕に、編集者はため息をついて病室の窓を開けた。
爽やかな秋の風が、彼女の茶髪をやさしく揺らす。
——そういえば、あの子は美しい黒髪をしていた。
ふりかえる度に香るアルコールの匂いと、かすかな土の匂いが、そのまま僕にとっての「夜」のイメージになった。
「あ、またその顔」
「え?」
首をかしげると、原稿の整理を終えた編集者が、こちらを向いた。
「先生、時々その顔しますよね。途方にくれたような顔。本当はマイアミに、何を探しにいったんですか」
「……ゾンビだよ。ってか『先生』はやめてくれって言っただろ」
「はいはい」
「君のそれ本当に失礼だからな!今度の担当にもその態度でいるつもりか?」
「まさか!憧れの一条先生に、こんな態度とるわけないじゃないですか!」
「はぁ?」
あまりの言動に、思わず立ち上がろうとすると、慌てた編集者に肩をつかまれ、座らされる。
「落ち着いてください、西井さん。ごめんごめん。ごめんなさいってば」
「どーせ、君は僕の本もちゃんと読んでないんだろ」
「読んでますよ読んでます。ちゃんとファンですよ」
「仕事だからだろ」
「そんなことないですよ、ないない。……あ~めんどくさい」
「きみ!?」
「おっと、それじゃあ私はここで失礼しまーす!」
「ちょっとまてよ!おい!」
はいはい、また今度ききますから、っとそんな軽い文句を残して編集者は去って行ってしまう。
テキトウな奴だ。次回会う頃には自分の言ったことさえ忘れているだろう。
その大雑把さに、救われてる面もあるのだが。
「あ~あ、いまどこにいるんだろうなぁ……」
瞼を閉じると、あの少女の声を思い出す。「せんせい、」と僕を呼ぶ甘ったるい声。
忘れようと何度試してみても、あの日からずっと続く、ひりひりと痺れるような首元の痛みが、「ここにいる」と僕に告げる。
此処にいる、忘れるな、ゾンビになったら、
「むかえにきてくれよ~……」
「きたわ」
「え?」
声が聞こえた気がして、飛び起きた。
慌てて周囲を見渡すが、そこは変わらぬ病室。収入に見合わぬ個室で、薄汚い男がこじんまりとベッドを占領している。
「気のせいか……」
あのこがくるはずないのだ。だって俺はまだゾンビになってないのだから。
「お、雨だ」
窓の向こうでは、ぽつぽつと雨が降り始めていた。ごろごろと遠く聞こえる雷鳴が、台風の訪れを告げている。もうすぐ、夏も終わりだろう。
やがて鳴り響く激しい雨音をBGMに、そっと目を閉じた。今夜はなぜだか、あの子の夢が見れる気がした。
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