台本「アフターナイトは土の下」の番外編ショートショート。
エリカ視点のその後の話。
ずっと、何処で終えるか考えていた。
どんよりと闇に沈んだ空。夜明け前が一番暗いとはよくいったもので、街頭もない田舎道では伸ばした手の先も曖昧だ。きっと、私が昔のままの私だったら、道半ばで諦めていただろう。否、『昔のままの私』だったらこんな苦労をする必要もないのだが。皮肉である。
「ふふ、先生は今日も礼拝堂にきていらっしゃるかしら」
そうだったらいいな、と思う。そうであればいいと心底願う。来ない私を思って、どこまでもいつまでも未練がましく待っててほしい。その為に噛みついたりしたのだ。
あ、でもはしたない子だと思ってないかしら。それで愛想つかせちゃったりして。初対面で胸をさわらせちゃったし。だったらいやだわ。
ちりんちりんと、背後から自転車の音が聞こえてきて、はっと息をつめる。
運転手は怪訝な顔で私をみやったが、それも一瞬のことで、何事もなく過ぎ去っていった。
ライトが照らした青白い肌は、気づかなかったらしい。無意識に止めていた呼吸をそっと吐き出し、ならない心臓を服の上から押さえた。
「だめね、急がなくては」
朝になったら、また活動できなくなる。どういう仕組みか、この身体は太陽の光をあびると爛れて灰になってしまうらしい。昨日だって日中隠れる場所を探すのに苦労したし、亡くした左腕を隠すのには苦労した。やっとのことで見つけた隠れ場所は、しばらく使えそうだったが、長居はできなかった。急がなくては。朝がくる前に。
静かに、しかし人間離れしたスピードで夜の田舎道を駆ける。
身体の負担を気にする必要はない。この器はいわば、魂をのせた肉塊でしかない。
肺が破裂しようが、手足がちぎれようが、痛覚もほぼない。全てがぼんやりとぼやけた世界で、ただ心だけが騒がしい。
「先生は、私をおぼえててくれるかしら」
わすれないでくれるかしら。おもいつづけてくれるかしら。
宝物をクッキー缶からとりだす子供のように、いつまでもどこまでも私のことを思い続けてほしい。無理かしら、忘れちゃうかしら。親さえ愛さなかった私を、愛してくれる人なんているのかしら。
悶々と考え込んでいるうちに、潮の匂いが濃くなってきた。
そろそろ目的地が近いのだろう。私はまた、スピードを落とし、一歩一歩大地をふみしめる。
こうして歩くこともこれで最後だ。はじめての遠出。はじめての自由。こんなに長い間一人で出歩くなんて初めてで、苦労はあれど、すごく楽しかった。先生に出会ってから「はじめて」がいっぱいで、息もできないくらいだ。
そっと、「先生は運命の人ね」なんて呟いてみる。
彼が聞いたら、また嫌な顔をするだろうか。
「せんせい、私貴方を信じるわ。貴方がわたしを忘れないと信じる。貴方が私を愛してくれると信じる。あなとの思い出の中で、私はだれよりも輝くのよ」
朝日がのぼれば私は灰になる。灰になった私は波にさらわれ、いずれ空に上って、雨となり、貴方の元へ降り注ぐだろう。それがいつのことになるのかわからない。そんな妄想下らないことかもしれない。
でも私はこの妄想を信じよう。ペン1本で世界を変えると言った貴方なら、きっと思い出の中の私こそ、誰よりも愛してくれるだろう。
だから、この選択が一番正しい。
「またね史周さん。私をわすれないでね」
私は貴方に、消えない傷をつけれたかしら。
最後に抱いた疑問は、朝日に白く塗りつぶされていった。
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