台本/アフターナイトは土の下(男1:女1)

〇作品概要説明。

主要人物2人。ト書き含めて約1万字。自称ゾンビ少女と三十路独身男の恋愛ごっこ。膿んで湿った未練の話。


〇登場人物

エリカ:自称ゾンビ。女性。10代後半。

西井:小説家。男性。30代前半。


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作者:七枝


本文



〇Mはモノローグ。

西井:(M)その病院に、礼拝堂が併設されていると知ったのは入院してからだった。当時の僕は、とにかく出不精(でぶしょう)で、外出を嫌ったあまり出しそびれたゴミにつまずいて転倒し、骨折した。我ながら、間抜けすぎる失態だった。

〇西井、電話中。

西井:はいはい。わかってるわかってる。締切は1週間後だね。大丈夫、書けるよ。僕だっていい加減アナログからは卒業しようと思ってたんだ。——は?ラブシーン?なんでまた。ちょっ、まってくれよ、おいっ

   受話器をおく音。

西井:(ためいき)こまったな……

〇タバコをだす。

西井:おっと、ここは禁煙だったな。はぁ~…外まで出なきゃならんのか。

西井:(M)僕の生業(なりわい)は、作家だ。屁にもならん駄文を白紙の原稿に落とし入れ、微々たる駄賃を編集社から、「ありがてぇ、ありがてぇ」と頭をさげて受け取る仕事をしている。

西井:(M)骨折もしたし、怪我の功名(けがのこうみょう)、これで締切も伸びるな!とうきうき気分で連絡したところ、とんでもない無茶ぶりをされてしまった僕は、ほとほと困っていた。とりあえず、一服しようと喫煙所を求め、ふらふらと施設内を歩き回り、そして―……

エリカ:あら、みつかっちゃったわ

西井:(M)彼女と出会った。

   間。

西井:えっと、君は……?

エリカ:駄目じゃないの。もう消灯時間でしょう?病室に戻りなさいな。

西井:や、君こそ戻りなさいよ。

エリカ:いやだわ。あんな冷たいところ。

西井:僕はタバコを吸いにきたんだ。

エリカ:まあ。礼拝堂の裏に、吸い殻入れがあったと思うわ。

西井:それはどうも。

エリカ:…………

西井:…………ついてくるのかい?

エリカ:ダメ?

西井:別にいいけど……みてて面白いもんでもないだろう

エリカ:久しぶりに人と話すから、もう少し一緒にいたいの

西井:ふーん?

西井:(M)長期入院患者だろうな、と思った。細すぎる手足に、首の包帯、真っ白な肌。みたところ10代後半といったところか。正直、人と直で会話するのは久々で、しかもそれが若くて可愛い女の子とくれば、悪い気はしなかった。

エリカ:ねぇ、あなた何をしている人?どうしてここに?

西井:みてのとおり片手片足を骨折してね。仕事は……作家をしている。

エリカ:作家!じゃぁ先生ね!

西井:先生ってほどのものでもないさ。

エリカ:どんな本をかかれてるの?

西井:主に小説を。ミステリとか、ホラーとか。

エリカ:ホラー!うふふふ、それはよかった!

西井:よかった?ホラーが好きなのかい?

エリカ:ううん。そうではないの。

〇エリカ、西井の手をとり、自分の胸に押し当てる

西井:ちょっ、何をっ

エリカ:きいて、先生。

西井:は……?

エリカ:ね。私の心臓の音、きいてみて?

西井:わ、わからん……

エリカ:そう。聞こえないでしょう?

西井:き、君がなにをいってるのかわからんし、僕はなぜこんなセクハラをうけてるのだ?いやご褒美か?あとで訴えられたりする?

エリカ:なにをいっているの?

西井:いやいやいや、こちらの台詞なんだが。なんだこれは、僕はいつから夢をみてるんだ?

エリカ:先生、

西井:たたタバコを吸おう。タバコ、タバコだ。落ち着かなければ。あ~ライターどこだったかな。ライター、ライター、

エリカ:この手にもってるじゃない。

西井:あ~、そうだったね。はははは

エリカ:…………

西井:……タバコに火をつけたいから、手を放してもらっても?

エリカ:どうぞ。

西井:どうも。

〇西井、一服する。しばしの間。

エリカ:先生は、初心(うぶ)なのね。

西井:どどど童貞ちゃうわ!

エリカ:は?

西井:あ、いえ。なんでもないです。

エリカ:面白いひと。

西井:ほんとにそう思ってる?嘘でしょ?

エリカ:嘘じゃないわ。

西井:こわいわ~最近の若い子こわいわ~

エリカ:まあ、若いだなんて。うふふふふ。

西井:え、なんで今笑ったの?

エリカ:それで。わかったでしょう、先生?

西井:なにが?

エリカ:さっきのでわかったでしょう?

西井:君が痴女(ちじょ)だってことが?

エリカ:失礼ね。違うわ。

西井:じゃぁなんだっていうのさ。大人をからかうのはよしてくれ。

エリカ:心臓の音、きこえなかったでしょう?

西井:う、う~ん……?

エリカ:ならもう一回、

西井:(かぶせ気味に)いいですいいです。わかった。わかりました!

エリカ:(わらう)

西井:えーっと、君は心臓の音がしなくて?僕がホラー作家だと嬉しくて?ここに入院していて……?…えっとぉ?

エリカ:やだわ、ペースメーカーもつけてないのよ?わからないの?

西井:わ、わかりたくない……

エリカ:私、死んでるのよ。先生。

西井:(M)そういって、彼女は笑った。月下に咲き誇る花のような、到底死人とは思えない笑みだった。

   十分な間をとって。

〇場面転換。翌日、夕方、病室での回診にて。

西井:だーかーらぁ!僕もう大丈夫!僕もうこのとおりピンピンしてますから!リハビリもちゃーんと、家でやりますってぇ!だから退院させてぇっ!今日にでも退院させてぇ!え?他の患者がまってる?いやぁ、いかないで先生っ

   ドアがとじる音。

西井:あああ~…ヤブ医者め……くそっ

西井:タバコでも吸いにいくか……

〇西井、野外へ。礼拝堂を避け、病棟裏の簡易喫煙所で一服する。

西井:ふぅ~…

エリカ:こんばんは、先生。

西井:ひゃぁ!?

エリカ:ふふ。かわいい悲鳴。先生、あの後どうして逃げ出したりされたの?寂しかったわ。

西井:ととと当然だろう!

エリカ:あら。

西井:私は、幽霊は専門外だ!よそへいってくれ!

エリカ:ホラー作家なのに?

西井:ホラー作家でもだ!

エリカ:まあ。でも先生。ご安心くださいな。私幽霊じゃないわ。

西井:ゆうれいじゃ、ない……?

エリカ:ええ。

西井:(ためいき)なんだ、からかわれたのか、僕は。

エリカ:私、ゾンビですもの。

西井:ゾンビ!?

エリカ:ええ。

西井:ゾンビ!

エリカ:そうよ。

西井:ゾンビがなぜここにいる!

エリカ:ここが病院で、併設の死体安置所があるから、かしら。

西井:病院しごとしろ!

エリカ:されたわ。だから中身は綺麗になったのよ?みる?

西井:中身!?

エリカ:肝臓(かんぞう)とか。

西井:セクハラだ!

エリカ:あら……そうね。確かにそうだわ。

西井:死体が動きだしたら責任問題だろう!管理者は何をしてるんだ!ちゃんと死体は死体置き場に(むせる)

エリカ:あらら……そんなに興奮されるから。

西井:ふぅー…はぁー…

エリカ:お水いる?

西井:ありが…まて、この水はどこから?

エリカ:先生ご存じないの?礼拝堂には聖水がつきものなのよ。

西井:やめとく……

エリカ:あらそう。

西井:………

エリカ:やだ、そんなに見られてると照れるわ。

西井:君はどうしてここへ?

エリカ:それはもちろん、先生と会うために。

西井:な、なにが狙いだっ

エリカ:狙いなんて、そんなそんな。うふふふ

西井:どういう笑いだよぉ、それぇっ!

〇西井、取り乱した拍子に、脇に挟んでいたノートを落とす

エリカ:何か落とされたわよ……あらっ。これは……

西井:あああ!

エリカ:「美代子は健の熱き想いを受け入れようと、おもむろに唇を開いたが、」

西井:かえしてくれっ

エリカ:「しかし青年の苦しみは深く、未亡人の胸には悲しみが広がった」……先生は、官能小説も書かれるの?

西井:違うっ!それはラブストーリーだ!

エリカ:らぶすとーりぃ。

西井:なんだね。なにがいいたい。

エリカ:いいえなにも。

西井:言いたいことがあるなら言えよ!そんな目でみるな

エリカ:まさかまさか。そんなそんな……ふふっ

西井:言えよぉ!

エリカ:先生は、ロマンスも苦手なのね。

西井:「も」とはなんだ!「も」とは!

エリカ:私が幽霊だと思って大慌てで逃げたじゃない。

西井:逃げたんじゃない!戦略的な撤退だ!僕は自分の手に負えないものに首を突っ込んだりしないだけだっ

エリカ:ご存じ?それを世間一般では逃げたというのよ。

西井:世間なんて知るかぁ!

エリカ:それにしても……これが、ラブストーリー。ラブストーリーね。

西井:僕が毎月寄稿してる雑誌に穴があいたもんで、ページ数を増やしてほしいって言われたんだ。できれば、ラブシーン的な、ロマンスをいれてほしいって。

エリカ:ふむふむ。なんて雑誌なの?

西井:言っても君は買いにいけないだろう?

エリカ:それはそうだけど。

西井:文芸冬花(ぶんげいとうか)。

エリカ:それなら知ってるわ。結構な大手じゃない。ペンネームをお聞きしても?

西井:僕は本名でやっている。西井史周(にしいふみちか)だ。

エリカ:まあ!西井先生ですか!私ファンです。「明日は貴方の猫」大好きです。

西井:そ、それはどうも。……なんか、調子狂うなぁ。

エリカ:でも、それでしたら一大事ですね。あの西井先生がラブロマンスを執筆……

西井:きみ、いきなり言葉遣いが丁寧になったね。

エリカ:あ!そうだわ、先生!私にいい考えが!

西井:なにかな。

エリカ:先生、私と恋をしましょう?

西井:はぁ?

エリカ:さきほどのノートをみるに、先生に足りないものは実体験だと思うのです!だからあんな、どこぞの三文小説から引っ張ってきたような文章になるのだわ。私と恋をして、実体験を積まれたら、きっと素敵な小説が書けると思うのです!

西井:却下。

エリカ:なぜです!?

西井:ミステリを書くやつが皆殺人鬼じゃないように、小説に実体験はいらないし、僕はゾンビと恋はできない。

エリカ:まあひどい。

西井:それに君はいいのかい?こんなボッチ陰キャ中年男と恋ができるのかい?

エリカ:できます。

西井:え

エリカ:私、先生と恋ができます。ねぇ、先生。いいでしょう?私と恋をしましょうよ。きっと楽しいわ。心躍るわ。すばらしい小説が、書けるようになるわ。

西井:うっ

エリカ:ねぇ、先生。いいでしょう?

西井:…………

エリカ:私、下心なんてありませんよ。純粋に先生のお手伝いがしたいのです。ほら、取材とでもおもってくだされば。

西井:…………

エリカ:ね?よろしくお願いします、先生。私はエリカ。源エリカといいます。

西井:よ、よろしく……

西井:(M)美少女の笑みにつられて、僕は思わずされるがまま彼女の手をとっていた。エリカの手は冷たく、湿っていて、すこし土の匂いがした。

   間

〇場面転換。翌日の礼拝堂。

西井:(M)翌日の晩。僕は、礼拝堂にきていた。

エリカ:先生!来て下さったのですね

西井:……ひまだったから。

エリカ:またまた~いけずな人ね。座ってください。お話をしましょう?

西井:それにしても、よく開いてたなここ。いつも開放されてるのかな?

エリカ:違います。

西井:え

エリカ:私、手先は器用な方なんです

西井:自慢するとこかぁ?

エリカ:先生、そこは呆れてないで、「エリカはすごいね!惚れ直したよ!」ぐらい言ってくださいませんと。

西井:ホレナオシタヨ。

エリカ:まぁ、今はそれでいいとしましょう。ささ、隣へ。

西井:ち、ちかいちかい!きみちかいよっ

エリカ:ドキドキします?

西井:めっちゃくちゃアルコールくさいっ

エリカ:むぅ。乙女のおしゃれを赤裸々(せきらら)に口にするとはデリカシーがないのね。

西井:おしゃれぇ?

エリカ:そうですよ。だって、先生。少しはそのニートな頭を回して考えてみてくださいまし。私、ゾンビですよ?誰も死肉の匂いなど嗅ぎたくないでしょう?

西井:だ、だったら香水とか?

エリカ:ゾンビが?香水を?病院で?どうやって?

西井:………

エリカ:それに人の体臭を口に出すのはご法度(ごはっと)です。やり直しを要求します。

西井:あ、ああ。わかったよ。

エリカ:せんせい、ドキドキします?

西井:……あ、ああ。

エリカ:私もですよ。先生が今日ここにきてくださるまで、ずっとドキドキしてました。先生はもしかしたら私に呆れられたのではないか、私と恋なんて真っ平ごめんと思っているのではないか、って。

西井:そ、それは―…

エリカ:だめ、言わないでください。今先生に拒絶されたら、私悲しくて泣いてしまいます

西井:………

エリカ:ねぇ先生。少しの間でいいのです。私が火葬されるまで。先生の次の締め切りが終わるまで。もしくは先生がこの病院から退院されるまで。それまででいいから、こうしてお話しましょうよ。私と、楽しい恋をしましょう?

西井:(ためいき)

エリカ:先生……

西井:僕は、本当はとても怖がりなんだ

エリカ:存じております。

西井:僕をからかってもいいことなんてないぞ

エリカ:からかうだなんて!私を信用できないというのなら、そうですね……本になったら一冊私にください。ほら、私ゾンビだから買いにいけないのです。ちゃんとサインもつけてくださいね。

西井:とんだ羞恥プレイだな。

エリカ:駄目ですか?

西井:……僕と恋がしたいだなんて酔狂(すいきょう)な子だ。

エリカ:それでは…っ!先生!

西井:よろしく、エリカくん。僕の取材につきあってくれ。

エリカ:はいっ!ふふふふ!

西井:(つられて少し笑う)

エリカ:それでは、なにからお話しましょう?先生は私に何か聞きたいことがありますか?

西井:そうだな…その前に、もし不便だったら、敬語じゃなくてもいいよ。最初に話してたみたいに。

エリカ:いいのですか?

西井:むしろ君がいきなり丁寧になって僕は驚いた。

エリカ:憧れの作家先生ですもの。ご迷惑おかけしたくなくて。

西井:遅いよ。

エリカ:だって最初は無職の口からでまかせ男にしか見えなくて。

西井:ひどいな。

エリカ:私、素直が取り柄なの。

西井:君は取り柄がたくさんあっていいな。

エリカ:でしょ?先生は……意外性があるところが素敵よ。

西井:褒めてる?

エリカ:もちろん。

西井:そうは聞こえないなぁ

エリカ:うふふふ

西井:……きいてもいいかい?

エリカ:ふふ。死因かしら?

西井:……ああ。

エリカ:病死よ。ずっとこの病院にいたの。

西井:……君はさっき、火葬されるまで、といったね。

エリカ:ええ。日中はずっとこの病院に併設されてる死体安置所にいるわ。もう2・3日はこのままでしょうね。昼と夜で管理人が違うのだけど、夜の管理人はシルバー人材センターからやってきていて、だいぶお年を召されているの。

西井:…………

エリカ:先生ご存じ?死体安置所ってすっごく寒いのよ。しかも薄い布1枚でほぼ裸なの。

西井:君は、本当に生きていないのかい?

エリカ:心臓も脈も止まってて、12時間冷蔵庫で暮らしている人間が生きているというなら、私は生きてるわ。あるいは、死んでいない。

西井:その、ご家族とか……

エリカ:せんせい。きかないで。

西井:……すまない。でも君がそうやって喋って動いて、考えることができるというのなら、火葬だなんてあまりに非道だ。

エリカ:ふふふ。

西井:……なぜ笑う?

エリカ:ロマンス小説みたいな展開になってきたな、と思って。

西井:ええ?

エリカ:これが小説なら、この後恋に落ちた先生と私は、手と手をとりあって逃げるのよ。

西井:む、むむ……僕がかい?こういうのはもっと若くてイケメンでキザな男がやるものだろう。

エリカ:今、私は先生と恋をしてるの。

西井:ごっこ、だ。恋愛ごっこ。

エリカ:まあひどい。傷ついたわ、しくしく。

西井:ともかく。医者にいうべきだ。君は生きている。

エリカ:いやよ。

西井:火葬されるんだぞ?怖くないのか?

エリカ:じゃあ先生。ここでノコノコ「いきてまーす」って出ていって、誰が受け入れてくれるというの?いやよ、私。「怪奇!?ゾン美少女!」なんてスポーツ記事の三面にのりそうなタイトルで取材されるのは。

西井:笑い事じゃないんだぞ。

エリカ:ええ、笑いごとじゃないわ。それぐらいならこのまま普通の人間らしく火葬されるほうがマシ。

西井:………

エリカ:それとも先生、いっしょに逃げてくれる?

西井:いや、だからさぁ、

エリカ:ふん。先生のけちんぼ

西井:ケチとか寛容(かんよう)とかそういう問題じゃないだろう、これは。

エリカ:私なかなかお得よ?日中は冷蔵庫の中にお邪魔するから、ちょっと電気代とかかかるかもしれないけど、かわいいし、器用だし、有能だし、ユーモアのセンスもある。あと食費がかからない。

西井:僕は犯罪者になりたくない。

エリカ:死者と作家の恋になんの法律が邪魔するというの?

西井:……死体損壊罪(したいそんかいざい)とか?

エリカ:あらまあ。じゃぁ先生、私の親から私を買い取ってくださいな。

西井:買い!?物騒なことをいうなぁ、きみは!

エリカ:きみじゃなくて、エリカよ。愛をこめて「エリカ」と呼んで。

西井:エリカくん。

エリカ:はい、先生。

西井:僕は、君を助けられないよ。

エリカ:わかってるわ。

西井:……なら、なんで、

エリカ:だって、寂しいんだもの。死んでしまうくらい寂しいの。

西井:……っ

エリカ:くるしそうなお顔。優しいのね。

西井:エリカくんは性悪だ。

エリカ:ふふふ。……くるしい?ねぇ、くるしいの?

西井:楽ではないよ。

エリカ:よかった。

西井:変な子だ。

エリカ:きっと、貴方ほどではないわ。

西井:迷惑をかけたくないといっておきながら、どうして迷惑をかけることに努力する?

エリカ:え?だってそれは……ねぇ。しょうがないじゃない。恋だもの。

西井:恋か。

エリカ:ええ。

西井:しょうがないのか。

エリカ:ええ。

西井:なるほど。

エリカ:大丈夫、大丈夫よ。たーくさん傷ついたら、たーくさん飴をあげるわ。

西井:はは……、その前に僕が逃げると思わないのかな。

エリカ:逃げるの?

西井:逃げないよ。

エリカ:ほんとに?

西井:ああ、だって僕は―

エリカ:私と恋をしてくれるの?先生。

西井:ああ、そうだね。……そのとおりさ。

西井:(M)こうして、僕とゾンビ少女の数日間の交流は始まった。悔しいことに彼女と会話するようになってから、あんなに上手くいかなかったラブシーンもすらすらと書けるようになり、とりあえずみせた草稿では、今までにないほどに担当から高評価をうけた。

〇昼間。個室の病室にて。西井は、テレビを見ながら電話をしている。

   テレビからニュースが流れてくる。ニュースでは、エリカの母親が児童虐待致死でつかまっている。

西井:や~ははっ、そうですかぁー?そんなに褒められると困っちゃうなぁ。え、追加で5ページ?締め切りは一緒で?ははははっ、いつも面白い冗談いいますねぇ!あはははっ。怪我?はい。経過は順調ですよ~……ええ、今は病室で。テレビ、を…………

   しばらくの間。

〇西井、動揺している。

西井:え、…………ええ。なんでもありません。ちょっと、ニュースをみて、て……ええ。締め切りまでに5ページ追加ですね。ええ、…………

   間。

西井:エリカくん……?

〇場面転換。夜の礼拝堂。エリカが西井を待っている。

エリカ:こんばんは、先生。

西井:………

エリカ:先生?どうしたの、こわいお顔。

西井:エリカくん。

エリカ:なあに。

西井:君に、未練はあるかい?

エリカ:……あらあら。

西井:僕は今日、昼間とあるニュースをみたんだ。そこに、君の母親が映っていた。その人はコートをかぶっていて顔は見えなかったけど、君の名前も載っていたからすぐわかったよ。

エリカ:………

西井:病死では、なかったんだね。

エリカ:……先生は、

西井:………?

エリカ:先生は、今、しあわせ?

西井:…………

エリカ:答えられないわよね。そうよ。大半の人が答えられないわ。お母さんもそうだった。いつもいつも苦しそうなお顔をされていたわ。きっと幸せじゃなかったのね。

西井:だからって、君を殺していい理由にはならない。

エリカ:そうね。それがなんだっていうの?

西井:…………

エリカ:お母さんは私を殺して解放されたのよ。あの人は今自由なの。そして私も。お母さんもおうちも命も無くして、ぜーんぶ自由。私とお母さんもお話はもう終わったの。苦しいのも悲しいのも、死んだらそこでおしまい。すべておしまい。

西井:でも君はここに生きてる!

エリカ:そうかしら?温もりも鼓動もないモノが生きてるといえるかしら。

西井:僕がいうさ!僕が君を生きていると書いてやる!この西井史周(にしいふみちか)が!

エリカ:………

西井:僕個人に君を助ける力はないけれど、僕のペンには世界を変える力がある!君に、世界はそう捨てたもんじゃないってみせてあげるから、だから!

エリカ:…………

西井:だから、もう一度死のうとしないでくれ……

エリカ:………ふふ。

西井:エリカくん、

エリカ:ねぇ、先生。私、先生の作品好きよ。ホラー小説のくせに、毎回主人公はロマンチストで、青くさくって。

西井:青くさっ!?

エリカ:あのせまいおうちでお母さんに怯えながら暮らしてた時、いつかこんな人に会えたらなって願っていたわ。ひねくれてて、理屈っぽくて、でもどこか理想を捨てられない、かわいい人。

西井:…………それは、誉め言葉なのかな。

エリカ:そうよ?

西井:カッコイイとかさ。

エリカ:あら、恋人の愛情表現を素直に受け取ってくださいな。

西井:恋人になった覚えはない。

エリカ:ふふふ。だからね、先生。私、先生と会えて本当に未練はないの。

西井:僕はいやだ!

エリカ:私を、助けられないっていったくせに?

西井:……っ!

エリカ:わがままなのね。

西井:……っ!いいじゃないかっ!30代のおっさんだろうが何だろうがわがまま言ったっていいじゃないか!君も言えばいいんだ!

エリカ:……わたしが?

西井:僕がいやだとなんだと言っても飛び込んでくればいい!こどもは大人にわがままいえばいいんだ!君ひとり我慢しなきゃいけない理由が、どこにあるっていうんだ!

エリカ:……でも、私は死んでて、戸籍もなければお金も学力もない。先生にご迷惑をかけてしまうわ。

西井:迷惑かけずに生きてる人間がどこにいるもんか。そもそも。そもそも今更なんだよ!僕は君に会ってからというもの振り回されっぱなしだ!こんなに心の中ぐちゃぐちゃにされて、今更迷惑だとか言われてもちゃんちゃらおかしいね!

エリカ:………

西井:僕の本がほしいって言ったじゃないか!僕が傷ついたら甘やかしてくれるんだろう?いやだからな、僕は墓前に献本(けんぽん)なんてしないからな!

西井:こいよ!女の子ひとりぐらい受け止めてやる!

エリカ:……あはは。

〇エリカ、西井にだきついて噛みつく。

西井:エリカ、く……痛ぁー!?

エリカ:……うふふ。

西井:なっ!なんでかみつくんだ!

エリカ:……せんせい。先生のせいですからね。

西井:はぁ!?

エリカ:先生のせいで諦められなくなってしまった。先生のせいでもう一度、信じてみたくなってしまった。先生のせいよ。忘れないでください。

西井:何をいっ、て…?くっ、なんで、ねむく―……

エリカ:忘れないでね、史周(ふみちか)さん。

西井:まっ、エリカ、く……

エリカ:ゾンビになったら、迎えにいくわ

〇西井、意識を失う。

西井:(M)翌朝。僕は怪訝な顔をした警備員に起こされた。医者に首元を手当されながら、無断で礼拝堂に忍び込んだことをしこたま注意されたのだ。どうやら女と逢引してるとでも思われたらしい。残りの数日間、居心地の悪い想いをしながら、リハビリを終え、原稿を入稿した。

西井:はぁー…タバコでも買いにいくかぁ

西井:(M)僕の生活は相変わらずだ。相変わらずの汚部屋だし、相変わらずの出不精で、まぁ多少ごみすての回数は増えた。それくらい。

エリカ:ゾンビになったら、迎えに行くわ

西井:それって、いつだよ……

西井:(M)エリカがあの後どうなったのかは、わからない。しばらくの間、礼拝堂で彼女を待ってみたりもしたけど、会えなかった。僕の小さなワンルームには、不釣り合いな程大きな冷蔵庫が近々導入される予定だけど、中身はからっぽのまま。

エリカ:忘れないでね、史周さん

西井:(M)僕はまだ、人間だ。噛まれた首筋はいまだに血を流すけど、体温も脈拍も正常で、今日もつまらない世界をペン一本で、かろうじて生きている

エリカ:うふふふ。

西井:(M)いつか、彼女が迎えに来る。その夜を待ちながら。

〇おわり。

七枝の。

声劇台本おいてます。 台本をご利用の際は、注意事項の確認をお願いします。

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