台本/【R15指定BL】その背に刻まれた太陽(男2:不問1)

〇作品概要説明

主要人物3人。ト書き含めて約10000字。

テーマ:中世お耽美BL、痛みと支配から繋がる愛。忠誠と欲望。リップ音・キスシーンあり。


ウィピング・ボーイ(鞭で打たれる少年)とは、ヨーロッパ近世において王子もしくは若き国王といっしょに教育を受けながら、もし王子が何か悪さをすると代わってむち打ちなどの罰を受けたとされる「打たれ役」の少年である。教師は自分よりも地位が高い生徒に対して直接は罰を加えることができないため、代わりにその学友に罰を与えることで、同じ過ちを繰り返さないという思わせることが目的であった

Byウィキペディア


舞台背景はイギリス中世もどきですが、ハインリッヒの愛称がヘンリーではなくハリーだったりヘルマンがどうみてもゲルマン系だったり等いろいろふわっとしてます。ふわふわ中世


〇登場人物

ハインリッヒ:側近。アルフレッドの乳従弟。鞭で打たれる方。

アルフレッド:王太子。女にだらしない言動をするが、実際はゲイよりのバイ。

ヘルマン:家庭教師。性別不問。年は高め。鞭で打つのはこっち。教育熱心で差別意識が高いだけでサドではない。薔薇に挟まるノンケ。

王:アルフレッドの父。ヘルマンが兼役。女性の場合は女王とする。

※ちょいちょい回想シーンに少年時代がでてきますが、だいたい痛みで喘いでいるかモノローグで語っているかなので、少年演技はしなくても大丈夫だと思います。多少台詞があります。


〇ご利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。

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作者:七枝




〇本文ここから。Mはモノローグ。

〇アルフレッドの回想。少年の日の学習室。


アルフレッド:(M)目が、離せない。

ヘルマン:御覧ください、殿下。貴方のせいでこの者は鞭にうたれるのですよ。

ヘルマン:……(ハインリッヒに向けて)覚悟はいいですか?

ハインリッヒ:は、はい……

ヘルマン:これは、反抗的な態度の分。

ハインリッヒ:(押し殺した短い悲鳴)

ヘルマン:これは、課題を怠った分。

ハインリッヒ:(悲鳴)

ヘルマン:そしてこれが、授業に遅れた分!

ハインリッヒ:(悲鳴)

ヘルマン:いいですか、殿下。貴方に流れる血は神のごとく貴い血。私共は触れることができません。しかしこの者は違う。殿下が道を誤る度、この者が代わりに罰を受けるのです。

ハインリッヒ:で、殿下……

アルフレッド:(M)弱弱しく伸ばされたその手が、眼差しの熱さが。

ハインリッヒ:王国の太陽に、永久の忠誠を……

アルフレッド:(M)私をひきつけて、やまないのだ。


〇回想おわり。

〇成長したアルフレッドとハインリッヒ。執務室にて。


ハインリッヒ:殿下、アルフレッド殿下。

アルフレッド:…………うるさい。

ハインリッヒ:お聞きください。

アルフレッド:(あくび)

ハインリッヒ:おぐしが乱れておりますよ。今までどこにおられたのですか。

アルフレッド:さて。

ハインリッヒ:殿下。

アルフレッド:そうさな、厨房のメイドが知っておるかもしれぬ。

ハインリッヒ:また下女に手を出したのですか!メイド長が聞いたらなんと言うか……

アルフレッド:鞭でうたれるかもな?

ハインリッヒ:(溜息)随分昔のことを……

アルフレッド:今朝方、お前の夢をみた。初めて席を共にした日のことだ。

ハインリッヒ:貴き御身と肩を並べてヘルマン先生の授業を受けたことは今でも我が身の誇りです。

アルフレッド:お前は随分傷だらけだった。

ハインリッヒ:そのための私ですから。

アルフレッド:辛くはなかったか。

ハインリッヒ:いいえ。むしろ名誉なことです。

アルフレッド:だろうな。お前は、随分と楽しそうに笑っていた。

ハインリッヒ:…………

アルフレッド:ヘルマンが鞭を振り上げる度、白い肌に無数のひっかき傷が散らばってな、にじみ出る血の赤いこと……ああ、お前。傷跡はどうなっている。

ハインリッヒ:……おかげさまで、犬の鎖は今もなおここに。

アルフレッド:ハリー、

ハインリッヒ:さて、ぐずぐずしている暇はありませんよ。謁見室で外地の商人が首をながくしてお待ちです。午後からは辺境伯との会談があります。疾くと身なりを整えてくださいませ。

アルフレッド:気がのらぬ。

ハインリッヒ:そうおっしゃらずに。

アルフレッド:おねだりなら閨(ねや)の中で聞きたい。

ハインリッヒ:寝言は寝てからお願いします。あの商人ははるばる海の向こうからやってきたそうですよ。ぜひ殿下にお目にかけたい品があるとか。

アルフレッド:この島のものより素晴らしいものがあると?

ハインリッヒ:矮小なこの身には預かりしれぬこと。

アルフレッド:つまらん。

ハインリッヒ:申し訳ございません。

アルフレッド:いい。支度をする。下がれ。

ハインリッヒ:はっ

〇ハインリッヒ、低頭し、退出しようとする。

アルフレッド:む。待て、ハインリッヒ。

ハインリッヒ:は……

アルフレッド:クラバットが緩んでいる。絞めるぞ。

〇ハインリッヒが止める間もなく、アルフレッドがハインリッヒのクラバット(ネクタイのようなもの)をきつく絞めあげる。

ハインリッヒ:(クラバットを絞められ、息を詰まらせる)

アルフレッド:(低く笑う)どうだ、心地いいか?

ハインリッヒ:(恍惚とした溜息) 

アルフレッド:もっとしてやろうか?

ハインリッヒ:で、殿下。それ以上は、

アルフレッド:……ふん、冗談だ。下がってよい。

ハインリッヒ:あ、いえ。お手を煩わせてしまい、失礼いたしました。退出いたします。

アルフレッド:…………

ハインリッヒ:殿下?くれぐれもこれ以上お待たすることがないよう……

アルフレッド:わかったわかった。


SE:ドアの開閉音。

〇間。


ハインリッヒ:(深くため息をつく)

ヘルマン:ハインリッヒ卿?

ハインリッヒ:ヘルマン先生!

ヘルマン:そこで何をしているのです?殿下は?

ハインリッヒ:今、身支度をされておいでで……

ヘルマン:この時間に、ですか?

ハインリッヒ:それは……

ヘルマン:殿下にも困ったものですね。貴殿も貴殿ですよ、ハインリッヒ卿。殿下の側近としてもっとしっかりなさい。

ハインリッヒ:はい

ヘルマン:幼き日とは違うのです。鞭を振り上げて諫めてやれる時はもう過ぎました。貴殿が殿下の支えとならねば誰が務まるというのです。

ハインリッヒ:すべておっしゃるとおりです。

ヘルマン:大体今の王宮には緊張感というものが足りません。私が若いころではこうではなかった。早朝から騎士寮のラッパは鳴り響き、メイド達はこちらが言う前から、何事につけても準備を怠らなかった。それが最近の王宮ときたらどうです。廊下でぺちゃくちゃお喋りをしたかと思ったら、

ハインリッヒ:(くい気味に)先生、そろそろこの辺で。今後とも精進致しますから。

ヘルマン:その呼び方もいけません。私はもうあなた方の先生ではないのですよ。いつまでも学生気分で甘えられても困ります。いずれ貴殿のほうが、立場が上になるのですから、家名と爵位。あるいはそうですね……多少気安い場なら名前に敬称でもよしとしましょう。わかりましたか?

ハインリッヒ:は、はい。ヘルマン卿。

ヘルマン:よろしい。

ハインリッヒ:ヘルマン卿はこれからどちらに?

ヘルマン:三ノ宮です。

ハインリッヒ:おお、ではフィリップ殿下のところへ?途中まで荷物をお持ちしましょう。

ヘルマン:貴殿の職務はどうされたのですか。

ハインリッヒ:書類仕事と鍛錬は朝方のうちに済ませました。厨房によって殿下へ軽いものでも作らせようかと。

ヘルマン:どうせメイドから何かしらもらっているでしょう。

ハインリッヒ:さすが耳の早い。

ヘルマン:(溜息)あの方の不実な噂話はもうたくさんです。

ハインリッヒ:はは……おや、この本は。

ヘルマン:『絶対君主論』帝王学の初歩を学ぶのにこの本はぴったりでしょう。

ハインリッヒ:懐かしい……殿下もこの本から始めておいででしたね。

ヘルマン:ええ。王太子に帝王学は必須ですから。しかし本来側室の第2子に過ぎないフィリップ殿下には不要な学問です。

ハインリッヒ:それは、いったい……

ヘルマン:ハインリッヒ卿、口を慎みなさい。貴殿は賢い。これ以上は私から言わなくても貴殿なら理解できるのでは?

ハインリッヒ:……しかし、私がお仕えしているのはアルフレッド殿下です。

ヘルマン:そうですか。貴殿の忠誠心はいち臣下として喜ばしく思います。ただ私に学習内容の指示をしているのは陛下であることをお忘れなく。

ハインリッヒ:…………

ヘルマン:変わらずにいられるものなど、何もないのですから。


〇間。

〇ハインリッヒの回想。少年の日の学習室。


ハインリッヒ:(M)幼き日の記憶は、痛みと共に想起される。

ヘルマン:これは必要なことです。

ハインリッヒ:(M)遠くに響く、ヘルマン先生の声。

ヘルマン:殿下、貴方はもっと王太子の自覚を持たなくてはなりません。貴方の指の一振りで大軍が死に、貴方の足先の裏には多くの民が見上げている。

ハインリッヒ:(M)殿下。私の仕えるべきひと。高貴なる青き血をひいた美しい人。

〇ヘルマン、鞭を振り上げる。

ヘルマン:これがっ

ハインリッヒ:(M)痛み。

ヘルマン:あなたの

ハインリッヒ:(M)熱さ。

ヘルマン:行いの結果です

ハインリッヒ:(M)ぼんやりした頭でしあわせだ、と思ったのをよく覚えている。貴方の役にたって。貴方にみつめられて。その痛みのおかげで私は貴方の傍にいることをゆるされた。


〇間。

〇回想おわり。場面転換。王宮の中庭にて。


アルフレッド:ここにいたのか、ハインリッヒ。

ハインリッヒ:殿下、私をお探しでしたか。

アルフレッド:なに、少しお前の顔をみたくなってな。

ハインリッヒ:今朝も御覧になったではないですか。

アルフレッド:朝には朝の、昼には昼の、夕には夕のよさがあるというものよ。

ハインリッヒ:私ごときに何を。

アルフレッド:(笑う)真にな。なぜお前なのだろう。

ハインリッヒ:殿下?

アルフレッド:外地の商人が珍しいものを持ってきた。夕食後、陛下に拝謁する予定だ。

ハインリッヒ:で、ではお召し替えを。

アルフレッド:よい。内々の話になる。記録には残さぬ。

ハインリッヒ:さようですか……辺境伯との会談は有意義に終わりましたか?

アルフレッド:(鼻をならす)

ハインリッヒ:……あまり有意義とはいかなかったようで。

アルフレッド:あの親爺の口臭はどうにかしたほうが良い。話す内容はともあれ、凄まじい臭気だったぞ。あれでは女という女が逃げ出すだろう。

ハインリッヒ:たしか、屋敷では7人の女性を囲っているという話でしたが。

アルフレッド:嘘だろう!?

ハインリッヒ:男性の魅力とは見た目や口臭だけではないということでしょう。

アルフレッド:女という生き物はようわからぬ……

ハインリッヒ:殿下がそうおっしゃるのですか。

アルフレッド:嫉妬か?

ハインリッヒ:御冗談を。

アルフレッド:お前はいつもそうやってはぐらかす。つれない態度に身をこがす私のことも少しは考えたらどうだ。

ハインリッヒ:お言葉を返すようですが、殿下こそもっと誠実に相手されたらいかがですか。このままでは袖にされた女性の嘆きで執務室がパンクします。

アルフレッド:私は誠実だとも。

ハインリッヒ:ほう?

アルフレッド:最初からひと夜の夢だと毎回伝えておる。

ハインリッヒ:そのひと夜の夢でご落胤が誕生したら一大事ですよ

アルフレッド:ありえないな。

ハインリッヒ:何故そう断言できます。

アルフレッド:(笑って)私は失敗しないからだ。

ハインリッヒ:まったく……ヘルマン先生に叱られてもしりませんよ。

アルフレッド:それは困るな。お前のあられのない姿を見逃すわけにはいかぬ。

〇アルフレッド、ハインリッヒの背中から臀部にかけて意味深に撫で上げる。

ハインリッヒ:……っ!殿下!

アルフレッド:はははは。今日はもう戻ってよいぞ。ご苦労だった。

ハインリッヒ:仕方のないお方だ……

ハインリッヒ:(M)それでも、結局私はこの人のことを追いかけてしまう。最後は破滅するだけだとわかっていても、輝く太陽から目をそらせない。


〇間。

〇場面転換。王の執務室にて。


アルフレッド:陛下、

王:アルフレッドか。

アルフレッド:外地に向かわせた影が気になるものを持って帰ってきました。……これを。

王:ふぅむ。ではやはり。

アルフレッド:ええ、このままでは争いになるでしょう。

王:アルフレッド、勇敢なる我が息子。亡き王配との忘れ形見よ。我が王国には王女がおらぬ。いるのはお前とまだ幼い弟王子だけ。

アルフレッド:はい。

王:我が国は今まで強き風と切り立った岩盤に守られてきた。豊穣な大地が恵みをもたらし、厳しき冬も乾いた夏も、民と一丸となって乗り越えてきた。それもこれも神命を受けて皆の前に立つ我ら王家の力によるものよ。わかるな?

アルフレッド:存じております。

王:ゆえに、王家は民から税を徴収する。民は野をたがやし、商いを行い、役人は税を集めて、我らが国を動かす。あるべきものはあるべきところに。大きな力は大きな責任のためにある。そういうものだ。

アルフレッド:……

王:もし、外からの大きな力が国を押しつぶそうというならば、まず矢面に立つのは我ら王家でなければならぬ。

アルフレッド:……ええ、わかっております。幸い影をつかって流した噂も上手く機能しているようです。民も正しき血をもつ放蕩王子よりも、たとえ片方だけとはいえ正しき血をもち、品行方正な側室王子を持ち上げてくれるでしょう。あとはフィリップの教育ですが……

王:心配ない。教師はあのヘルマンだ。

アルフレッド:ああ、なるほど。彼が。

王:あれならうまくやるだろう。そなたを御したように。

アルフレッド:手痛い教育でした。

王:良き薬とは苦いものよ。

アルフレッド:はは……では私から申し上げることは何もありません。

王:何か望みはないのか?今ならばそなたのいいように取り計らってやれるが?

アルフレッド:そんなことをおっしゃってよいのですか?とんでもないものを要求されるやも。

王:よい。これが最後になるのかもしれぬ。余は最愛の息子に贈り物がしたいのだ。何がいい?船か?武器か?それとも……連れていきたい従者がいるか?

アルフレッド:……いいえ。何も。

王:よいのか。

アルフレッド:私は、愛しいものはすべて守ると決めているのです。

王:そうか。……ならば、国の為に死んでくれるか。

アルフレッド:はい。王国の太陽に栄光あれ。

王:栄光あれ。

SE:扉が閉まる音。

アルフレッド:王国の太陽、か……お前の忠誠、応えてやれそうにないな、ハリー。


〇場面転換。

〇慌ただしく、アルフレッドの執務室に駆け込んでくるハインリッヒ。


SE:大きなドアの開閉音。

ハインリッヒ:(荒い息)こ、これはどういうことです、殿下!?

アルフレッド:うるさいぞ、ハインリッヒ。

ハインリッヒ:な、なぜ廃嫡などと酷いデマが宮廷に飛び交っているのです!?

アルフレッド:デマではない。真実だ。

ハインリッヒ:そんな

アルフレッド:昨夜、陛下から勅命をうけた。私は王位継承権を返還し、この王宮を去る。

ハインリッヒ:去ったところでどこに行かれるのですか!

アルフレッド:外地だ。

ハインリッヒ:外地!?

アルフレッド:先日、外地の商人が珍しいものをもってきたといったな。それがこれだ。

ハインリッヒ:黒くて長い……先から何か白いものがでてますが……これは?

アルフレッド:なんだと思う?

ハインリッヒ:……匂いは少し甘いですね。ふむ、この黒いのは皮だったのですか。中は……おがくず?

アルフレッド:それはな、爆薬だ。

ハインリッヒ:我が国のものとはだいぶ違うように見受けられますが。

アルフレッド:報告書によると、これ1本で二十から四十人の兵を吹き飛ばせるらしい。

ハインリッヒ:なんと!

アルフレッド:これはただの一例だ。外地の……いや大陸の技術力は目に見えて我が国と差が出ている。このままでは三方を切り立った山に囲まれ、激しい波に身を守られてきた王国も大陸に呑まれることだろう。動くなら今だ。

ハインリッヒ:外地にいったところで、何になるというのです。あそこは国同士の集合体で出来ているという話じゃないですか。海千山千の猛者ぞろいですよ。

アルフレッド:わかっている。だからといって縮こまっているわけにもいくまい。今まで大陸とはほぼ没交渉状態だったからな。あちらが望むものもわからなければ外交のテーブルにもつけないだろう?

ハインリッヒ:敵地のようなものじゃないですか。

アルフレッド:さて、それは行ってみないとわからない。

ハインリッヒ:そんな言葉でごまかそうとして……もし捕えられて捕虜にでもされたらいかがされます。

アルフレッド:願ったりかなったりだな。その時は私という駒を存分につかってくれ。

ハインリッヒ:捨て駒同然の王子に、継承権は与えられないというわけですか。

アルフレッド:そうだ。

ハインリッヒ:別に貴方じゃなくても!

アルフレッド:私以外にだれがいる?

ハインリッヒ:……っ!

アルフレッド:フィリップか?あの子はまだ幼い。子どもに過酷な船旅は耐えられないだろう。父上か?それこそありえない。父上はこの国の王として玉座に君臨していただかねば。貴族の名代(みょうだい)をたてて、代わりに行かせる?馬鹿を言うな。何のための王家だ。

ハインリッヒ:でも、それでも私は……!

アルフレッド:ハリー、私は誓ったのだ。あの幼き日に。お前が私の代わりに、鞭に打たれた日に心に決めたのだよ。私は王家の人間として生き、王家の人間として死ぬ。

ハインリッヒ:……ならば、せめて私も連れて行ってください。

アルフレッド:駄目だ。

ハインリッヒ:なぜ。

アルフレッド:…………お前は優秀な人間だ。王家の人間として、優秀な人間を外に出すわけにはいかない。

ハインリッヒ:納得できません。

アルフレッド:お前が納得しようがしなかろうが関係ない。これは命令だ。

ハインリッヒ:殿下!

アルフレッド:もうよい。下がれ。(警備兵にむけて)そこのお前、こいつを連れて行け。

ハインリッヒ:殿下、話を聞いてください!(警備兵に肩をつかまれる)おい、お前はなせ。私はまだ殿下と話があるんだ。おいっ!聞いてください殿下!アルフレッド殿下!


〇間。

〇場面転換。城の留置所(貴族用)にて


ヘルマン:……珍しいですね。貴殿がやらかすなんて。

ハインリッヒ:ヘルマン先生。

ヘルマン:先生ではなく、卿ですよ。教えたでしょう?

ハインリッヒ:はい。失礼いたしました、ヘルマン先生。

ヘルマン:まったく、私の教え子はそろいもそろって不出来な者ばかりだ。

ハインリッヒ:……申し訳、ございません

ヘルマン:聞きましたよ。アルフレッド殿下、廃嫡されるそうですね。

ハインリッヒ:先生はご存じだったのですか。

ヘルマン:まさか。いち家庭教師が何を知っているというのですか。私ができたのはせいぜい想像することだけ。あなた方が外地と呼ぶ大陸の動きと、フィリップ殿下の教育内容。そして最近のアルフレッド殿下の噂から、想像してみたぐらいですよ。

ハインリッヒ:殿下の、噂。

ヘルマン:ええ。下賤な噂ばかりで耳が腐るかと思いましたが。

ハインリッヒ:……殿下は、この地に自分の種を残したかったのだろうか。だからあんなに女遊びを……

ヘルマン:おや、把握しておられないのですか?

ハインリッヒ:何を?

ヘルマン:仮にも殿下の側近として侍るなら宮中の噂ぐらいすべて把握しておかねばなりませんよ。たかが噂と放っておくとどんな火種が火事を巻き起こすかわかったものではありません。以前講義したことがありましたでしょう?人の言を為(な)すや 苟亦(かりそめ)に信ずること無かれとは昔からいいますが、

ハインリッヒ:…………

ヘルマン:ハインリッヒ卿、聞いてます?

ハインリッヒ:は、はい。

ヘルマン:何をぼんやりされているのです。

ハインリッヒ:こうして、先生のお話を伺っていると、殿下と肩を並べて、講義をうけた幼き日を思い出しまして……

ヘルマン:…………

ハインリッヒ:私たちは、あれから何が変わってしまったのでしょう。

ヘルマン:何も変わってませんよ。

ハインリッヒ:え。

ヘルマン:世がどう動こうとも、あなた方は何も変わってません。こちらがどんなに鞭をふってもお互いをみつめてばかり。むしろ離そうとすれば離そうとするだけ逆効果で。本当に困った生徒でした。

ハインリッヒ:どういう意味ですか?

ヘルマン:質問してばかりではなく、少しはご自分の頭で考えられたらいかがですか。そろそろ気持ちに正直になっていただかないと話がすすまない。

ハインリッヒ:……私の気持ち、ですか?

ヘルマン:(溜息)幼児を相手にしているようだ……いいですか、確かに殿下の女遊びの噂はよく聞きますが、同じくらい不名誉な噂も流れてくるのですよ。

ハインリッヒ:はあ。

ヘルマン:殿下は女性と褥(しとね)を共にしても、絶対最後まで手をださない。あの方は不能なのではないか、とね。


〇間。

〇場面転換。ハインリッヒの回想。


ハインリッヒ:(M)一度だけ、殿下に慰めていただいた事がある。

〇空き室で背中の傷の治療をするハインリッヒ。痛みで声が漏れる。

ハインリッヒ:あっ……

アルフレッド:ハリー?

ハインリッヒ:……っ!

アルフレッド:ここにいたのか、ハリー。お前、その傷……

ハインリッヒ:見ないでください!

アルフレッド:腫れているじゃないか……まだ、治ってなかったのだな。

ハインリッヒ:あ、何を。

アルフレッド:背中じゃ届かないだろう。消毒薬を貸せ。私が手伝ってやる。

ハインリッヒ:そんな、殿下のお手を煩わせるわけには。

アルフレッド:いいから貸せ。二度も言わせるな。

ハインリッヒ:はっ

アルフレッド:あれから何年もたつのに、傷が新しいな。

ハインリッヒ:何度か化膿しまして……膿を出す為に仕方なく。

アルフレッド:痛むか。

ハインリッヒ:もう慣れました。

アルフレッド:(ハインリッヒの背中に爪をたてる)これでも?

ハインリッヒ:(痛みをこらえるうめき声)

アルフレッド:ふん。痛いなら痛いと言え。

ハインリッヒ:……痛く、ありません。

アルフレッド:なんだと。

ハインリッヒ:こんなもの、全然……!

アルフレッド:これでもか。

ハインリッヒ:はっ……!ぐぅっ

アルフレッド:これでも痛くないと言うのか!

ハインリッヒ:あっ……!ああっ

アルフレッド:……血が。ハインリッヒ、血が出てしまったぞ。

ハインリッヒ:(荒い息)

アルフレッド:しょうがない奴だ。舌で清めてやろう。

ハインリッヒ:んっ。駄目です殿下、汚い……

アルフレッド:汚いことがあるものか。私は王太子だぞ。

ハインリッヒ:だめです。殿下が汚れちゃう。だめ……ああっ!

アルフレッド:(リップ音)

ハインリッヒ:殿下、駄目です。だめ……

アルフレッド:いいと言え。いいと言うんだ、ハリー

ハインリッヒ:だめです、殿下。やめてください、やめて……

アルフレッド:ハリー、私のハリー……

ハインリッヒ:(M)私は必死に抗った。理性をもって殿下を諫めた。そう、そのはずだ。現にそれ以降殿下から私に触れてくることはなくなった。私たちはお互いの薄皮一枚を戯れにひっかくような冗談を交わしあいながら、決定的な間違いはついぞそれっきり起こさなかった。……しかし。

ハインリッヒ:背中が、まだ熱い。

ハインリッヒ:(M)手にした海図を握りつぶす。心はずっと前から決まっていた。


〇回想終わり。

〇場面転換。アルフレッドの寝室にて。


ハインリッヒ:殿下。

アルフレッド:んっ……

ハインリッヒ:殿下、起きてください。

アルフレッド:んん、ハリーか?おまえ、何故ここにいる。

ハインリッヒ:夜這いにきました。

アルフレッド:よばっ…!?警備の者はどうした。

ハインリッヒ:顔のきく者と挿げ替えました。私、優秀なので。

アルフレッド:……執念深いやつめ。

ハインリッヒ:殿下、私を外地へ一緒に連れて行ってください。

アルフレッド:駄目だと言っただろう。

ハインリッヒ:連れて行ってください。

アルフレッド:しつこいぞ。こんな夜更けに主の寝室まで押しかけてくるとは、なんて不届きなやつなんだ。忠義者が聞いてあきれる。

ハインリッヒ:……ええ、そうです。忠義を示すのはもうやめました。

〇ハインリッヒ、アルフレッドにキスをする。

アルフレッド:なっ……

ハインリッヒ:愛しています、アルフレッド様。私を貴方のものにしてください。

アルフレッド:ハリー、おまえ……

ハインリッヒ:覚えていますか?貴方が私の傷を癒して下さった日こと。

アルフレッド:忘れるものか……お前以外に私を昂らせるものはいない。

ハインリッヒ:酷い人。あれから私には指一本ふれてくださらなかったのに。

アルフレッド:お前が嫌だと言ったんじゃないか!これ以上お前から何を奪えというのだ。

ハインリッヒ:すべてを。

アルフレッド:………!

ハインリッヒ:命令してください、拒めないほどに。壊れるまで貴方のものにしてください。私が私でなくなるくらいに……従わせてください。

アルフレッド:何を言っているのかわかってるのか……!

ハインリッヒ:今更なにをおっしゃる。手を伸ばしたのは貴方が先でしょう?

アルフレッド:一度手にしたらもう手放してやれない。死ぬかもしれないんだぞ。

ハインリッヒ:ええ。それでいいのです。だからいいのです。破滅するなら貴方と共に。私は、貴方と運命を共にしたい。

アルフレッド:ハリー……!

ハインリッヒ:アルフレッド様!

アルフレッド:(M)白い肌に赤い血が舞う。

ハインリッヒ:(M)痛くして。忘れられないように。

アルフレッド:(M)潤んだ瞳がみだらに乞う。

ハインリッヒ:(M)強くして。貴方の支配を刻み付けて。

アルフレッド:(M)あの日願った熱い肌を。

ハインリッヒ:(M)焼けつく太陽の熱を。

アルフレッド:(M)私はようやく手に入れ、

ハインリッヒ:(M)堕としてやった。


〇間。後日、ヘルマンとアルフレッドの会話。


ヘルマン:結局、連れて行くのですか。

アルフレッド:アレが所有物を離すなと泣くのでな。

ヘルマン:そうですか。…………何です。

アルフレッド:いや?もっと嫌な顔をすると思っていた。

ヘルマン:成るべきものがそうなっただけです。

アルフレッド:ふーん……なぁ、お前も来るか?このままフィリップにくれてやるのは惜しくなってきた。

ヘルマン:おや、諦めたのではないのですか。

アルフレッド:私を誰だと思っている。……あれの為にも犬死にはできぬ。

ヘルマン:私も守っていただけるので?

アルフレッド:お前は殺しても死ななさそうだ。

ヘルマン:か弱い老骨を捕まえて酷なことを言う。おことわりしますよ、私が忠誠を誓ったのは国だ。貴殿ではない。

アルフレッド:ふん。待ってろよ、戻ったらこき使ってやる。

ヘルマン:おお怖い怖い。

アルフレッド:はははは。

ヘルマン:ふっ……私の教え子はそんなやわではないはずだ。存分に大海を泳いでくればいい。

アルフレッド:ああ……

ヘルマン:必ず戻ってくると誓いなさい。失敗しても、傷ついても、這ってでも。あの子の忠義を受け入れたのでしょう?ならば一人も数百万の民も変わらない筈だ。

アルフレッド:お前は相変わらず無茶を言う。

ヘルマン:私は貴殿に期待をしているのですよ、アルフレッド殿下。

アルフレッド:ヘルマン……

ヘルマン:背負いなさい、その背に太陽を。王国の王として。


〇終わり。



七枝の。

声劇台本おいてます。 台本をご利用の際は、注意事項の確認をお願いします。

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