〇作品概要説明
主要人物2人。ト書き含めて約6000字。
終末のエレベーター。たまたま居合わせた二人は、終末の光景を見に行くため、それぞれ旅だった。ひとりは津波をみるために海へ。ひとりは隕石をみるため宇宙へ。果たしてどちらの終末論がただしいのか。
〇登場人物
A:宇宙エレベーターに乗った方
B:海底エレベーターに乗った方
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作者:七枝
本文
ト書き:エレベーターの前で鉢合わせするAとB.
A:ん?
B:わっ……え、えっと。
A:こんにちは。
B:こ、こんにちは。
A:まさか地上で人に出会うものとは思いませんでした。
B:わ、私もです。あ、あの……
A:はい。
B:え、えっと……こんにちは?
A:(笑って)さっきも言いましたよ。
B:そ、そうですよね。へへ……
SE 軽快なベルの音。
A:あ、エレベーターきた。乗ります?
B:はい。……ご一緒させていただいても?
A:ええ。
SE エレベーターが閉まる音。
ト書き:間をおいて。
B:このエレベーター、結構時間かかるのがキツイですよね。
A:ですねぇ。科学の進歩といってもこれが限度でしたね。
B:さ、さすがにもう進歩を待てないですものね。
A:終わりますから。
B:はは……本当に今日なんでしょうか。
A:今日でしょう。だから貴方も地上に来たのでは?
B:私はその……食料を取りに。
A:おお、パン!久しぶりにみたなぁ。
B:よかったらいります?
A:よいのですか?
B:そうじゃなきゃ出しませんよ。
A:このご時世に親切な方もいたものだ。
B:ワインもあります。
A:素敵だ。貴方は天使ですか?
B:に、人間です。
A:みればわかります。
B:はぁ。
A:そうそう、西洋の天使は滅びのラッパを吹くのですよ。それを合図にあらゆる災禍が地上に降りそそぐ。
B:黙示録ですか。
A:ええ。さしずめこれは最後の晩餐ですね。「これは私の肉である、これは私の血である」
ト書き:A、ワインをあけようとする。
B:ま、まって。着いてから開封してください。
A:おっと。すみません、無作法を。
B:いいえ。
A:いやですねぇ、食料をもつと我慢できなくて。
B:わ、わかります。私も運ぶのがこわくて。
A:あなたも?
B:このご時世ですから。
A:うむ……しかしここから先は人も少ないでしょうから、安心ですね。
B:はい。皆さん家族や恋人友人と固まって、談笑をしている方も多いですから、わざわざ一人で終わりを見にいこうなんてもの好きは、私たちぐらいなものでしょう。
A:そうですよね、わざわざ行きませんよね。
ト書き:以下、それぞれのタイミングで相手を待たずに言う。
A:上に。
B:下に。
ト書き:間。
B:え……っと、下、ですよね?方向。
A:何を言っているんですか。上ですよ、上。これは宇宙エレベーターですよ?
B:は……?何をおっしゃっているんです。海底エレベーターでしょう?感覚的にも下がっています。
A:昇っているんですよ。重力によってわからなくなっているだけだ。
B:わけのわからないことを言わないでください。
A:わけがわからないのは貴方の方だ。
B:下です。絶対下。乗る前に確認しましたもの。
A:上ですって。貴方、食料に気がとられてろくに確認してなかったのでしょう?だいたい地下シェルターならともかく、海底になんて行ってどうするんです。
B:さっき言ったでしょう、おわりを観に行くんですよ。
A:終わりを観るなら上でしょう?わからない人だな。
B:わからないのは貴方の方だ。いまさら上に行きたがる人なんて箱舟に乗れなかった貧乏人くらいじゃないですか。みんな死ぬのにご苦労なことです
A:言いすぎでしょう。なんですか、箱舟って、そんなもの聞いたことない。
B:どこの未開人ですか。ニュース御覧になったことがないんですか。
A:欠かさずみてましたよ、貴方こそどこの電波拾ってきたのですか。
B:いい加減にしてください、(ひどい侮辱だ)
ト書き:B,言葉を詰まらせる。
ト書き:エレベーターが大きな音を立てて揺れる。停止。
A:今……
B:エレベーターが、とまりましたね……
A:非常ボタンは。
B:(探す間)……ないです。
A:そんなわけないだろう。
B:ないものはないです。みてください。
A:……ない。おかしい。いくらなんでもこんなことはありえない。
B:ボタンは開くと閉じるだけ。現在の階数表示もない……このエレベーターってこんな構造でしたっけ。
A:宇宙エレベーター「は」違いますね。
B:(ムッとして)海底エレベーターだって違いました。
A:私たちは何に乗ってしまったんだ……?
B:(溜息をつく)
A:これからどうすればいい……
B:わ、私に聞かないでください。
A:ひとりごとです。答えないでください。
B:大きな独り言ですね。
A:うるさいな。聞きたくないなら隅で丸まって耳塞いでいたらどうですか。
B:そっちが黙ればいいのに……
A:指示しないでください。
B:指示とかじゃないです。私はただ……
A:ただ?なんです。
B:カリカリしないでくださいよ。
A:しょうがないでしょう、ここは息苦しい。
B:……たしかに。何故でしょう、ただ密室というだけではないような。
A:まるで私たち以外もこの空間に詰め込まれているような……
B:こ、こわいこといわないでください。
A:酸素が薄い。そんな感じがします。
B:……
A:あなたも、そう感じているのでは?
B:……今日で世界が終わるから、そう思えてしまうだけじゃないですか。
A:ふっ、そうかもしれませんね。世界の終わりを、見知らぬ他人とエレベーターで、か。案外つまらない最後だったな。
B:…………こんな死に方、いやだ。
A:同意します。気が合いますね。
B:…………(溜息をついて、ワインの栓をあける)
A:あ、自分が開けるなって言ったのに。
B:このままだと飲み損ねてしまいます。
A:ずるい。
B:私のワインですよ。
A:運命共同体にその言い方はないでしょ?
B:……回し飲みでよければ次飲んでもいいです。
A:え、本当に?
B:少しですからね。遠慮してくださいね。
A:みみっちいな。
ト書き:B,ワインの瓶を片手で揺らしてAをみつめる。
B:何かおっしゃいました?
A:いいえ。
ト書き:B,Aにワインの瓶を渡す。同時にエレベーターが動き始める。
A:……あ。
B:また、動き始めましたね……
A:はてさて、これは昇っているのか下っているのか……(ワインを勢いよく煽る)
B:飲みすぎですよ。
A:(無視して)さっき、海底って言っていましたよね。
B:そうですけど。
A:海底で何が起こるのですか?
B:御存じでしょう?
A:御存じじゃないから聞いているのですよ。どうやら私と貴方じゃ認識の相違があるようだ。ここはひとつ、すり合わせてみませんか。
B:なぜそんな……貴方が狂ってないともわからない。
A:狂人があふれかえっているご時世ですからね。
B:ええ。一見ふつうの人でもいきなり言葉が通じなくなったり。
A:奇妙な恰好の人が、その実いちばんまともなことを言ったり。
B:貴方はぱっとみてふつうにみえます。
A:世界が終わる当日だというのに?
B:これはおかしい。言葉を交わすんじゃなかった。
A:鏡をみて言ってください。
A:……世界の終わり、という認識は一緒なのですね。
B:え?ああ、そうですね。……そういえばそこを否定する人は多かったです。
A:皆信じたくないのでしょう。世界が終わるなんて。
B:しかし現に海底火山は噴火する。大津波が起きて世界は海の底に沈むでしょう。
A:……ほう、そこが違うのか。
B:なんです。
A:私の方は隕石が降ってくるのですよ。人類は隕石によって終末を迎える。
B:はあ。
A:ぱっとしない返事だな。
B:どう信じろというのです。
A:信じろとは言ってませんよ。……だが、まあ。
B:まあ?
A:奇妙なエレベーターに閉じ込められたふたり。お互い世界は今日で終わると言う。しかし、その結末は二人とも違う。…………なんか物語っぽくないですか。
B:物語だとして、これから何が起こるのです。
A:そりゃあ世界の違う二人が出会ったのですから……お互いの技術や力を出し合って世界を救っちゃったり、大活躍したり?
B:貴方は技術者なのですか?
A:違います。
B:何かスーパーパワーを持っているんですか?
A:違いますが。
B:……ダメじゃないですか。
A:あ、あなたはどうなんです?
B:私はすべてを諦めて「世界の終わり」をひとり寂しくワイン片手に見学するような人間ですよ?特別な何かを持っているわけがないじゃないですか。
A:寂しい人だなぁ
B:鏡をみていってください。
ト書き:間。しばしの沈黙。しばらくしてエレベーターが止まる。
A:……また止まった。
B:なんなんですかね、このポンコツエレベーター。
A:何か規則性でもあるんですかね。
B:他のエレベーターとのすれ違い待ち、とか?
A:列車みたいに?宇宙エレベーターはこれひとつのはず……
B:海底エレベーターです。
A:どちらにしろ、こんなに頻繁に止まるものではないでしょう。
B:でもそれ以外になにを……!(なにかに気づいたように言葉が途切れる)
A:どうしました?
B:……いえ、きっと気のせいです。
A:言ってみてくださいよ。気になるでしょう。
B:……私たち以外の、息遣いを感じた気がしたんです。
A:ほう。
B:きっと神経質になっているだけです。いやだな、さっき貴方が変なこというからですよ。
A:……しぃ、静かにして。
B:ねぇ、気のせいですってば。
A:いや、貴方のいうとおりですよ。
B:やめてください。
A:このエレベーターはおかしい。
B:…………そんな。
A:私たち以外に誰かいます。ここに。
B:誰かって誰ですか。
A:……さて。
B:からかわないでください。
A:からかってなどいませんよ、私も混乱してるんだ。
B:ワインが口に合わなかったんじゃないですか?返してください。
A:(ワインは返さず)まあまあ。少し考えてみましょうよ。
B:なにを。
A:貴方、ここに来る前何をされていました?
B:食料調達です。言ったでしょう?
A:その前は?
B:その前はコロニーで出発の準備を……
A:コロニー?それはどこにあるんです?
B:どこにって、それは……
A:それは?
B:あれ……?
A:……私もね、わからないんですよ。確かに今日自室から地上へ向かったはずなのに、何をしていたか、どこから来たのか、記憶があいまいだ。
B:あなた、指がふるえて……
A:すみませんね。酒でも飲んでないと正気が保てそうにない。
B:…………
A:家族のことを思い出せますか。
B:え、ええ。寝たきりの姉がひとりに、父は箱舟へ……
A:歳は。顔は。学歴は。どこまで設定されていますか。
B:せってい……?
A:貴方、自分の名前を言えますか。
B:私……私の名前はB……
A:びー?おかしな名前だ。ディストピアもの映画でもあるまいし、そんな名前の人間なんているものか。
B:で、でも実際そういう名前なんだからしょうがないじゃないですか。
A:私の名前はね、Aっていうのですよ。
B:えー?えーってもしかして……
A:ええ、ABCのAです。私がAで、貴方がB。なんだかあつらえた様な名前ですね。……笑えるでしょう?
B:笑えないです。ぜんぜん、笑えない……
ト書き:間
A:……ひとつ、馬鹿げた妄想が頭から離れないのです。
B:やめて。
A:私たちはもしかしたら。
B:聞きたくないです、そんなことあるわけがない。
A:お気づきのはずだ。「読んでいること」に気づいたでしょう。
B:これ以上あなたの戯言はうんざりです。
A:しかしページはすすむ。止められないのですよ、貴方も……私も。
B:やめて!
A:ほら!
ト書き:一拍おいて。エレベーターが動き出す。
A:舞台装置が、動き出した。
B:エレベーターが……
A:はは、どうやら神はすすめとおっしゃっているらしい。いや、神ならぬ演出家が。
B:すすめって……どこに?
A:私たちの目的地は最初からひとつしかないでしょう?
B:「おわり」……?でもこんなの私が思い描いていた終わりじゃない。
A:私だってそうですよ。私はただ、地球を割る星をみたかっただけなのに。
B:この先どうなってしまうのでしょう?
A:知りたければページをめくってみればいかがです?今の貴方にはそれができるはずだ。
B:ちがう!私は操り人形なんかじゃない!だって、
A:姉の思い出も、父への恨みも私自身のものだから?
B:なんで……私の台詞……
A:おっと、すみません。読むところを間違えたようだ。
B:…………とんだ棒読みだ。
A:大根役者なものでね。
B:さっきまでしっかりやっていたじゃないですか。
A:自分がただの駒だと気づいた以上、もうここにいる必要性を感じないのです。
A:何故なら、すべてが嘘なんですから。
ト書き:間。
B:…………あなたは、どうして「終わり」をみにきたのですか?
A:うん?
B:隕石がふってくるのでしょう?わざわざエレベーターに乗らなくても地上から見れたじゃないですか。
A:ああ……そうだな……
B:……もうあまり私と対話する気がないんですか?
A:わかりますか?
B:……ええ。
A:うんざりなんですよ。世界が終わると聞いたら、その世界が偽物で?挙句の果てにこんな風に「ナニカ」に観察されて好きなように弄られている。もう終わりがどこでどうなろうと私は興味がない。さっさと終わってしまえばいい。
B:でも、それでも私は、自分の決めた終わり方をまっとうしたいです。
A:その選択が誰かに定められたものだとしても?
B:……だとしても。貴方の言う通り設定なのかもしれないけど、私には愛したものがありましたから。
A:(深い溜息)つまらない選択だ。どうせより深い絶望を楽しむために植え付けられたものですよ。
B:ひどい……
A:耳をすましてみなさい。なんなら、エレベーターの隙間をのぞいてみるといい。きっと「観客」たちが目を皿のようにして貴方の絶望を待っている姿が見れることでしょう。
B:なぜそう言えるのです。
A:こんな悪趣味なことを企てるやつらの好むことなど、そんなところでしょう。
B:失礼です。露悪的な物言いだ。
A:なんとでも言うといい。私はもうこの世に飽き飽きした。誰かを楽しませる気も、作られた台詞を読む気もない。
B:でも……でも……
A:なにが信じられるというのです、こんな世界で。
B:……この瞬間も、誰かに見られているのでしょうか。
A:でしょうね。
B:……ワイン、返してもらってもいいですか?
A:はあ?いいですけど、もうほとんどありませんよ。
ト書き:A、Bにワインを渡す。B、受け取ったワインを自分にかける。
B:えいっ
A:な、なにをしてるんですか!?
B:ワインを自分にかけました。
A:そ、それはわかってます。
B:……くさいです。
A:そりゃそうでしょうよ。あ~あ~ズボンまでびちゃびちゃだ。どうするんですかこれ。
B:……これが、嘘の感触ですか?
A:あなた……
B:私、信じたいです。今こうして不快に感じるワインの匂いも、脳味噌にしかない家族の思い出も、貴方と交わした口論だって、嘘ではないと信じたいです。
A:しかしそれは台本に書かれたことで……
B:そうかもしれません。……いえ、そうなのでしょうね。目を閉じれば、私にも台本がみえる。ええ、わかります。私たちは糸で結ばれたマリオネットだ。でも、だからといって、私が口にする言葉、する行動が嘘になるというわけではない。
A:詭弁だ。
B:いいえ。本心です。嘘の中に本当のことがあったっていいじゃないですか。役者が何度も同じ台詞を口にするからって、それが全部同じように響くわけじゃないでしょう?
A:……ただの台詞が本当になると?
B:繰り返していけば、きっと。
A:同じ舞台を何度でも?ぞっとしないな。
B:そうでしょうか。今、こうして避けられない終末を迎える私たちにとって、それこそが救いになるのでは?
A:私はごめんだ。
B:どうして?
A:誰が滑車を回し続けるハムスターになりたいと思いますか。
B:ふぅむ。貴方はずいぶんと性根が曲がってる。
A:あなたに言われたくないですね。
B:むっ……えい
ト書き:B、Aにだきつく。
A:ぎゃあ!なにするんですか!くさいっ、離れて!
B:へへへ。
A:笑ってごまかさないでください。
B:いいじゃないですか、どうせこのワインも幻ですよ。
A:幻うんぬんは置いといて、不快だと言っているんです
B:台本のとおり行動したまでです。私に罪はありません。
A:ああ言えばこう言う。
B:貴方がいい始めたことでしょう?
A:ああ、もう。そうですよ。私が悪かったです。はいはい、私の負けです。
B:……これはね、洗礼なんです。
A:洗礼?キリスト教の?
B:……私たちは息を吹き返す。終わりが来る度。幕が下りる度。もし、またこうして幕が上がったら、もう一度こんにちはからはじめましょうよ。
A:貴方とですか?
B:ご不満ですか?
A:少し。
B:私だってもっと優しい相方がほしいですよ。
A:仕方ない、妥協しましょうか。「汝隣人を愛せよ」といいますからね。
B:終末の説法ですか……問題は救世主がどこにもいないことですね。
A:さて、私こそがそうなのかも。
B:それはありえません。
ト書き:エレベーターが止まる。
A:……おや。
B:何度も何度も……いい加減スムーズに動いてほしいですね。
A:いや、これは違うみたいですよ。
SE 軽快なベルの音。エレベーター開閉音。
A:……ついに到着したようだ。
B:ドア開きましたね……何がみえます?
A:真っ白です、霧みたいな……
A:何も書かれていない、白紙のページということかな。
B:これが私たちのおわり……
A:ええ。そのようですね。よかった。これで見世物になるのも終わりだ。
B:…………
A:どうしました?行かないのですか。
B:私はここで、エレベーターに身をまかせてみようかと思います。白紙に戻るのはあまりにも早い。
A:まだ終わりを探すと?
B:はい。
A:私はこのまま終わりでいいですけどね。静止こそ救いだ。
B:夢のないことを言う。ああ、でも確かにここはいいところです。まっさらで、美しくて……
A:ここでは何もかもが自由だ。私はようやく自由になれるんだ。
B:さようなら。いずれまた次の舞台で。
A:さようなら。もう会わないことを祈ります。
B:「エレベーターは無に還る」これにて、
A:めでたし、めでたし。
終わり。
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