台本/アフターナイトは土の下(女2)


〇作品概要説明

主要人物2人。ト書き含めて約1万字。自称ゾンビ少女とアラサー女の恋愛ごっこ。膿んで湿った未練の話。以前アップした「アフターナイトは土の下」の百合バージョンです。


〇登場人物

エリカ:自称ゾンビ。少女。10代前半。

西井:小説家。アラサー。一人称私。


〇ご利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。

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作者:七枝




本文

〇Mはモノローグ。


西井:(M)その病院に、礼拝堂が併設されていると知ったのは入院してからだった。当時の私は、とにかく出不精(でぶしょう)で、外出を嫌ったあまり出しそびれたゴミにつまずいて転倒し、骨折した。我ながら、間抜けすぎる失態だった。


〇西井、電話中。


西井:はいはい。わかってるわかってる。締切は1週間後ね。大丈夫、書けるよ。私だっていい加減アナログからは卒業しようと思ってたんだ。——は?ラブシーン?なんでまた。ちょっ、まってよ、ねぇっ


SE:受話器をおく音。


西井:(ためいき)こまったな……


〇タバコをだす。


西井:おっと、ここは禁煙だったか。はぁ~…外まで出なきゃだめか。

西井:(M)私の生業(なりわい)は、作家だ。屁にもならん駄文を白紙の原稿に落とし入れ、微々たる駄賃を編集社から、「ありがてぇ、ありがてぇ」と頭をさげて受け取る仕事をしている。

西井:(M)骨折もしたし、怪我の功名(けがのこうみょう)、これで締切も伸びるな!とうきうき気分で連絡したところ、とんでもない無茶ぶりをされてしまった私は、ほとほと困っていた。とりあえず、一服しようと喫煙所を求め、ふらふらと施設内を歩き回り、そして―……

エリカ:あら、みつかっちゃったわ

西井:(M)彼女と出会った。


〇間。


西井:えっと、君は……?

エリカ:駄目じゃないの。もう消灯時間でしょう?病室に戻りなさいな。

西井:や、君こそ戻りなさいよ。

エリカ:いやだわ。あんな冷たいところ。

西井:ふぅん……ねぇ、喫煙所知ってる?

エリカ:まあ。礼拝堂の裏に、吸い殻入れがあったと思うわ。

西井:どうも。

エリカ:…………

西井:…………ついてくるの?

エリカ:ダメ?

西井:別にいいけど……みてて面白いもんでもないでしょ?

エリカ:久しぶりに人と話すから、もう少し一緒にいたいの

西井:ふーん?

西井:(M)長期入院患者だろうな、と思った。細すぎる手足に、首の包帯、真っ白な肌。みたところ10代後半といったところか。正直、人と直で会話するのは久々で、億劫(おっくう)だったが、年下のけが人を邪見に扱うのは気が引けた。

エリカ:ねぇ、あなた何をしている人?どうしてここに?

西井:みてのとおり片手片足を骨折してね。仕事は……作家をしている。

エリカ:作家!じゃぁ先生ね!

西井:先生ってほどのものでもないよ。

エリカ:どんな本をかかれてるの?

西井:主に小説を。ミステリとか、ホラーとか。

エリカ:ホラー!うふふふ、それはよかった!

西井:よかった?ホラー好きなの?

エリカ:ううん。そうではないの。


〇エリカ、西井の手をとり、自分の胸に押し当てる


西井:ちょっ、何をっ

エリカ:きいて、先生。

西井:は……?

エリカ:ね。私の心臓の音、きいてみて?

西井:わ、わからん……

エリカ:そう。聞こえないでしょう?

西井:き、君がなにをいってるのかわからんし、距離ちかくない?こ、これがジェネレーションギャップってやつ?

エリカ:なにをいっているの?

西井:いやいやいや、こちらの台詞なんだが。なんだこれは、私はいつから夢をみてるんだ?

エリカ:先生、

西井:たたタバコを吸おう。タバコ、タバコだ。落ち着かなければ。あ~ライターどこだったかな。ライター、ライター、

エリカ:この手にもってるじゃない。

西井:あ~、そうだったね。はははは

エリカ:…………

西井:……タバコに火をつけたいから、手を放してもらっても?

エリカ:どうぞ。

西井:どうも。


〇西井、一服する。しばしの間。


エリカ:先生は、初心(うぶ)なのね。

西井:うっせぇ!喪女(もじょ)でわるかったな!

エリカ:は?

西井:あ、いえ。なんでもないです。

エリカ:喪女(もじょ)ってなぁに?

西井:頼むから突っ込まんといてください。

エリカ:面白いひと。

西井:ほんとにそう思ってる?嘘でしょ?

エリカ:嘘じゃないわ。

西井:こわいわ~最近の若い子こわいわ~

エリカ:まあ、若いだなんて。先生も大して変わらないじゃない。

西井:これは嘘。絶対嘘。さては君、性格悪いな?

エリカ:それで。わかったでしょう、先生?

西井:なにが?

エリカ:さっきのでわかったでしょう?

西井:君の性格の悪さが?

エリカ:失礼ね。違うわ。

西井:じゃぁなんだっていうのさ。大人をからかうのはよしてくれ。

エリカ:心臓の音、きこえなかったでしょう?

西井:う、う~ん……?

エリカ:ならもう一回、

西井:(かぶせ気味に)いいですいいです。わかった。わかりました!

エリカ:(わらう)

西井:えーっと、君は心臓の音がしなくて?私がホラー作家だと嬉しくて?ここに入院していて……?…えっとぉ?

エリカ:やだわ、ペースメーカーもつけてないのよ?わからないの?

西井:わ、わかりたくない……

エリカ:私、死んでるのよ。先生。

西井:(M)そういって、彼女は笑った。月下に咲き誇る花のような、到底死人とは思えない笑みだった。


〇場面転換。翌日、夕方、病室での回診にて。


西井:だーかーらぁ!もう大丈夫!私このとおりピンピンしてますから!リハビリもちゃーんと、家でやりますってぇ!だから退院させてぇっ!今日にでも退院させてぇ!え?他の患者がまってる?いやぁ、いかないで先生っ


SE:ドアがとじる音。


西井:あああ~…ヤブ医者め……くそっ

西井:タバコでも吸いにいくか……


〇西井、野外へ。礼拝堂を避け、病棟裏の簡易喫煙所で一服する。


西井:ふぅ~…

エリカ:こんばんは、先生。

西井:ひゃぁ!?

エリカ:ふふ。かわいい悲鳴。先生、あの後どうして逃げ出したりされたの?寂しかったわ。

西井:ととと当然だろう!

エリカ:あら。

西井:幽霊は専門外です!よそへいって!

エリカ:ホラー作家なのに?

西井:ホラー作家でも!

エリカ:まあ。でも先生。ご安心くださいな。私幽霊じゃないわ。

西井:ゆうれいじゃ、ない……?

エリカ:ええ。

西井:(ためいき)なんだ、からかわれたのか。

エリカ:私、ゾンビですもの。

西井:ゾンビ!?

エリカ:ええ。

西井:ゾンビ!

エリカ:そうよ。

西井:ゾンビがなぜここにいる!

エリカ:ここが病院で、併設の死体安置所があるから、かしら。

西井:病院しごとしろ!

エリカ:されたわ。だから中身は綺麗になったのよ?みる?

西井:中身!?

エリカ:肝臓(かんぞう)とか。

西井:セクハラだ!

エリカ:女同士いいじゃない

西井:死体が動きだしたら責任問題でしょう!管理者は何をしてるんだ!ちゃんと死体は死体置き場に(むせる)

エリカ:あらら……そんなに興奮されるから。

西井:ふぅー…はぁー…

エリカ:お水いる?

西井:ありが…まって、この水はどこから?

エリカ:先生ご存じないの?礼拝堂には聖水がつきものなのよ。

西井:やめとく……

エリカ:あらそう。

西井:………

エリカ:やだ、そんなに見られると照れるわ。

西井:君はどうしてここへ?

エリカ:それはもちろん、先生と会うために。

西井:な、なにが狙いだ!

エリカ:狙いなんて、そんなそんな。うふふふ

西井:どういう笑いだよぉ、それぇっ!


〇西井、取り乱した拍子に、脇に挟んでいたノートを落とす


エリカ:何か落とされたわよ……あらっ。これは……

西井:あああ!

エリカ:「美代子は健の熱き想いを受け入れようと、おもむろに唇を開いたが、」

西井:かえしてっ

エリカ:「しかし青年の苦しみは深く、未亡人の胸には悲しみが広がった」……先生は、官能小説も書かれるの?

西井:違うっ!これはラブストーリー!

エリカ:らぶすとーりぃ。

西井:なんだ。なにがいいたい。

エリカ:いいえなにも。

西井:言いたいことがあるなら言え!そんな目でみるな

エリカ:まさかまさか。そんなそんな……ふふっ

西井:言えよぉ!

エリカ:先生は、ロマンスも苦手なのね。

西井:「も」とはなんだ!「も」とは!

エリカ:私が幽霊だと思って大慌てで逃げたじゃない。

西井:逃げたんじゃない!戦略的な撤退だ!私は自分の手に負えないものに首を突っ込んだりしないだけだ

エリカ:ご存じ?それを世間一般では逃げたというのよ。

西井:世間なんて知るかぁ!

エリカ:それにしても……これが、ラブストーリー。ラブストーリーね。

西井:私が毎月寄稿してる雑誌に穴があいたもんで、ページ数を増やしてほしいって言われたんだ。できれば、ラブシーン的な、ロマンスをいれてほしいって。

エリカ:ふむふむ。なんて雑誌なの?

西井:言っても君は買いにいけないからなあ

エリカ:それはそうだけど。これでも昔は文学少女だったのよ?

西井:昔って。君の年で昔も今もないでしょ

エリカ:つれないこと言わず教えてくださいな

西井:文芸冬花(ぶんげいとうか)

エリカ:それなら知ってるわ!結構な大手じゃない。ペンネームをお聞きしても?

西井:……西井史周(にしいふみちか)

エリカ:まあ!西井先生ですか!私ファンです。「明日は貴方の猫」大好きです。

西井:そ、それはどうも。……なんか、調子狂うなぁ。

エリカ:でも、それでしたら一大事ですね。あの西井先生がラブロマンスを執筆……

西井:きみ、急に言葉遣いが丁寧になったね。

エリカ:あ!そうだわ、先生!私にいい考えが!

西井:なに。

エリカ:先生、私と恋をしましょう?

西井:はぁ?

エリカ:さきほどのノートをみるに、先生に足りないものは実体験だと思うのです!だからあんな、どこぞの三文小説から引っ張ってきたような文章になるのだわ。私と恋をして、実体験を積まれたら、きっと素敵な小説が書けると思うのです!

西井:却下。

エリカ:なぜです!?

西井:ミステリを書くやつが皆殺人鬼じゃないように、小説に実体験はいらないし、そもそも年下ゾンビ少女は私の守備範囲外だ。

エリカ:やだ、美少女だなんて。

西井:一ミリも言ってないよ?

エリカ:でも私、かわいいでしょう?

西井:おっと、ついに口に出したね。

エリカ:そして先生は可愛いと言うより綺麗系。私たちピッタリだと思いません?

西井:思わない。そして私は綺麗系というより汚い系だ。無駄なお世辞はいらないよ

エリカ:綺麗よ。

西井:だから無駄なお世辞は、

エリカ:お世辞じゃない。先生は綺麗よ。私、嘘は言わないわ。

西井:……距離、近くない?

エリカ:あら、照れていらっしゃる?

西井:うるさいな。

エリカ:ふふふ、先生かわいい。

西井:生意気。

エリカ:ねぇ、先生。いいでしょう?私と恋をしましょうよ。きっと楽しいわ。心躍るわ。すばらしい小説が、書けるようになるわ。

西井:そんなうまくいくかね

エリカ:何事もやってみないとわからないわ。そうでしょう?

西井:…………

エリカ:下心なんてありませんよ。純粋に先生のお手伝いがしたいのです。ほら、取材とでもおもってくだされば。

西井:…………

エリカ:ね?よろしくお願いします、先生。私はエリカ。源エリカといいます。

西井:よ、よろしく……

西井:(M)少女の勢いに圧倒されて、私はうっかり彼女の手をとってしまった。エリカの手は冷たく、湿っていて、すこし土の匂いがした。


〇間

〇場面転換。翌日の礼拝堂。


西井:(M)翌日の晩。私は、礼拝堂にきていた。

エリカ:先生!来て下さったのですね

西井:……ひまだったから。

エリカ:またまた~いけずな人ね。座ってください。お話をしましょう?

西井:それにしても、よく開いてたなここ。いつも開放されてるのかな?

エリカ:違います。

西井:え

エリカ:私、手先は器用な方なんです

西井:自慢するとこかぁ?

エリカ:先生、そこは呆れてないで、「エリカはすごいね!惚れ直したよ!」ぐらい言ってくださいませんと。

西井:ホレナオシタヨ。

エリカ:まぁ、今はそれでいいとしましょう。ささ、隣へ。

西井:だーかーらー君距離ちかいよ!なんなの?おばさんをからかって楽しい?

エリカ:ドキドキします?

西井:めっちゃくちゃアルコールくさいっ

エリカ:むぅ。乙女のおしゃれを赤裸々(せきらら)に口にするとはデリカシーがないのね。

西井:おしゃれぇ?

エリカ:そうですよ。だって、先生。少しはそのニートな頭を回して考えてみてくださいまし。私、ゾンビですよ?誰も死肉の匂いなど嗅ぎたくないでしょう?

西井:だ、だったら香水とか?

エリカ:ゾンビが?香水を?病院で?どうやって?

西井:………

エリカ:それに人の体臭を口に出すのはご法度(ごはっと)です。やり直しを要求します。

西井:う、うん。わかったよ。

エリカ:せんせい、ドキドキします?

西井:……あんまり?

エリカ:正直に言って

西井:まあ……少しは?ほら、私あんまり人付き合いないし?多少はね?別に年下女子が守備範囲に入ってきたわけではないからね。勘違いしないでね

エリカ:言い訳が長いのね

西井:君は?ドキドキする?しないでしょ?

エリカ:してますよ。

西井:は?

エリカ:私、ずっとドキドキしてました。先生が今日ここにきてくださるまで、不安で仕方なくて。先生はもしかしたら私に呆れられたのではないか、私と恋なんて真っ平ごめんと思っているのではないか、って。

西井:そ、それは―…

エリカ:だめ、言わないで。今先生に拒絶されたら、私悲しくて泣いてしまいます

西井:………

エリカ:ね、先生。少しの間でいいのです。私が火葬されるまで。先生の次の締め切りが終わるまで。もしくは先生がこの病院から退院されるまで。それまででいいから、こうしてお話しましょうよ。私と、楽しい恋をしましょう?

西井:(ためいき)

エリカ:先生……

西井:私は、とても怖がりなんだ

エリカ:存じております。

西井:私をからかってもいいことなんてないよ

エリカ:からかうだなんて!私を信用できないというのなら、そうですね……本になったら一冊私にください。ほら、私ゾンビだから買いにいけないのです。ちゃんとサインもつけてくださいね。

西井:とんだ羞恥プレイだ。

エリカ:駄目ですか?

西井:……「何事もやってみたいとわからない」だっけ?たしかに、そのとおりだね。

エリカ:それでは…っ!先生!

西井:よろしく、エリカ。少しの間だけ私の取材につきあってよ。

エリカ:はいっ!ふふふふ!

西井:(つられて少し笑う)

エリカ:それでは、なにからお話しましょう?先生は私に何か聞きたいことがありますか?

西井:そうだな…その前に、もし不便だったら、敬語じゃなくてもいいよ。最初に話してたみたいに。

エリカ:いいのですか?

西井:むしろいきなり丁寧になって驚いた。

エリカ:憧れの作家先生ですもの。ご迷惑おかけしたくなくて。

西井:遅いよ。

エリカ:だって最初は不審者にしかみえなくて。

西井:そんな不審者にのこのこついて来たのかい。

エリカ:私、好奇心が取り柄なの。

西井:好奇心は猫も殺すというね。

エリカ:先生はタバコを控えた方がいいわ。知ってます?タバコは何億人もの人を殺すのよ。

西井:知ってる。別に長生きしたくないからいいんだ。

エリカ:よくない。

西井:君にそこまで言われる筋合いはないよ。

エリカ:あるわ。だって私、先生の恋人ですもの。

西井:あれぇ?勝手にランクアップしてない?

エリカ:うふふふ。長生きしてね先生。私の分も。

西井:……きいてもいいかな。

エリカ:なぁに?

西井:……死因は?

エリカ:病死よ。ずっとこの病院にいたの。

西井:……さっき、火葬されるまで、といったね。

エリカ:ええ。日中はずっとこの病院に併設されてる死体安置所にいるわ。もう2・3日はこのままでしょうね。昼と夜で管理人が違うのだけど、夜の管理人はシルバー人材センターからやってきていて、だいぶお年を召されているの。

西井:…………

エリカ:先生ご存じ?死体安置所ってすっごく寒いのよ。しかも薄い布1枚でほぼ裸なの。

西井:君は、本当に生きていないの?

エリカ:心臓も脈も止まってて、12時間冷蔵庫で暮らしている人間が生きているというなら、私は生きてるわ。あるいは、死んでいない。

西井:その、ご家族とか……

エリカ:そんなの、いないわ。

西井:……ごめん。でも君がそうやって喋って動いて、考えることができるというのなら、火葬だなんてあまりに非道だ。

エリカ:ふふふ。

西井:……なぜ笑う?

エリカ:ロマンス小説みたいな展開になってきたな、と思って。

西井:ええ?

エリカ:これが小説なら、この後恋に落ちた先生と私は、手と手をとりあって逃げるのよ。

西井:ん、むむ……私が?こういうのはもっと若くてイケメンでキザな男がやるものでは?

エリカ:今、私は先生と恋をしてるの。

西井:ごっこ、だ。恋愛ごっこ。

エリカ:まあひどい。傷ついたわ、しくしく。

西井:ともかく。医者にいうべきだ。君は生きている。

エリカ:いやよ。

西井:火葬されるんだぞ?怖くないの?

エリカ:じゃあ先生。ここでノコノコ「いきてまーす」って出ていって、誰が受け入れてくれるというの?いやよ、私。「怪奇!?美しすぎるゾン美少女!」なんてスポーツ新聞の三面にのりそうなタイトルで記事になるのは。

西井:笑い事じゃないんだ。

エリカ:ええ、笑いごとじゃないわ。それぐらいならこのまま人間らしく火葬されるほうがマシ。

西井:………

エリカ:それとも先生、いっしょに逃げてくれる?

西井:いや、だからさぁ、

エリカ:ふん。先生のけちんぼ

西井:ケチとか寛容(かんよう)とかそういう問題じゃないでしょう、これは。

エリカ:私なかなかお得よ?日中は冷蔵庫の中にお邪魔するから、ちょっと電気代とかかかるかもしれないけど、かわいいし、器用だし、有能だし、ユーモアのセンスもある。あと食費がかからない。

西井:私は犯罪者になりたくない。

エリカ:死者と作家の恋になんの法律が邪魔するというの?

西井:……死体損壊罪(したいそんかいざい)とか?

エリカ:あらまあ。じゃぁ先生、私の親から私を買い取ってくださいな。

西井:買い!?物騒なことをいうなぁ、きみは!

エリカ:きみじゃなくて、エリカよ。愛をこめて「エリカ」と呼んで。

西井:エリカ。

エリカ:はい、先生。

西井:私は、君を助けられないよ。

エリカ:わかってる。

西井:……なら、なんで、

エリカ:だって、寂しいんだもの。死んでしまうくらい寂しいの。

西井:……っ!

エリカ:くるしそうなお顔。優しいのね。

西井:エリカは性悪だ。

エリカ:ふふふ。……くるしい?ねぇ、くるしいの?

西井:楽ではないよ。

エリカ:よかった。

西井:変な子。

エリカ:きっと、貴方ほどではないわ。

西井:迷惑をかけたくないといっておきながら、どうして迷惑をかけることに努力する?

エリカ:え?だってそれは……ねぇ。しょうがないじゃない。恋だもの。

西井:恋か。

エリカ:ええ。

西井:しょうがないのか。

エリカ:ええ。

西井:なるほど。

エリカ:大丈夫よ。たーくさん傷ついたら、たーくさん飴をあげるわ。

西井:はは……、その前に私が逃げると思わないのかな。

エリカ:逃げるの?

西井:逃げないよ。

エリカ:ほんとに?

西井:ああ、だって私は―

エリカ:私と恋をしてくれるの?先生。

西井:ああ、そうだね。……そのとおりさ。

西井:(M)こうして、私とゾンビ少女の数日間の交流は始まった。悔しいことに彼女と会話するようになってから、あんなに上手くいかなかったラブシーンもすらすらと書けるようになり、とりあえずみせた草稿では、今までにないほどに担当から高評価をうけた。


〇昼間。個室の病室にて。西井は、テレビを見ながら電話をしている。テレビからニュースが流れてくる。ニュースでは、エリカの母親が児童虐待致死でつかまっている。


西井:や~ははっ、そうですかぁー?そんなに褒められると困っちゃうなぁ。え、追加で5ページ?締め切りは一緒で?ははははっ、いつも面白い冗談いいますねぇ!あはははっ。怪我?はい。経過は順調ですよ~……ええ、今は病室で。テレビ、を…………


〇しばらくの間。

〇西井、動揺している。


西井:え、…………ええ。なんでもありません。ちょっと、ニュースをみて、て……ええ。締め切りまでに5ページ追加ですね。ええ、…………


〇間。


西井:エリカ……?


〇場面転換。夜の礼拝堂。エリカが西井を待っている。


エリカ:こんばんは、先生。

西井:………

エリカ:先生?どうしたの、こわいお顔。

西井:エリカ。

エリカ:なあに。

西井:君に、未練はある?

エリカ:……あらあら。

西井:私は今日、昼間とあるニュースをみたんだ。そこに、君の母親が映っていた。その人はコートをかぶっていて顔は見えなかったけど、君の名前も載っていたからすぐわかったよ。

エリカ:………

西井:病死では、なかったんだね。

エリカ:……先生は、

西井:………?

エリカ:先生は、今、しあわせ?

西井:…………

エリカ:答えられないわよね。そうよ。大半の人が答えられないわ。お母さんもそうだった。いつもいつも苦しそうなお顔をされていたわ。きっと幸せじゃなかったのね。

西井:だからって、君を殺していい理由にはならない。

エリカ:そうね。それがなんだっていうの?

西井:…………

エリカ:お母さんは私を殺して解放されたのよ。あの人は今自由なの。そして私も。お母さんもおうちも命も無くして、ぜーんぶ自由。私とお母さんもお話はもう終わったの。苦しいのも悲しいのも、死んだらそこでおしまい。すべておしまい。

西井:でも君は生きている!

エリカ:そうかしら?温もりも鼓動もないモノが生きてるといえるかしら。

西井:私がいうよ!私が君を生きていると書いてやる!この西井史周(にしいふみちか)が!

エリカ:………

西井:私個人に君を助ける力はないけれど、私のペンには世界を変える力がある!君に、世界はそう捨てたもんじゃないってみせてあげるから、だから!

エリカ:…………

西井:だから、もう一度死のうとしないで……

エリカ:………ふふ。

西井:エリカ。

エリカ:私、先生の作品好きよ。ホラー小説のくせに、毎回主人公はロマンチストで、青くさくって。

西井:青くさっ!?

エリカ:あのせまいおうちでお母さんに怯えながら暮らしてた時、いつかこんな人に会えたらなって願っていたわ。ひねくれてて、理屈っぽくて、でもどこか理想を捨てられない、かわいい人。

西井:…………それは、誉め言葉なのかな。

エリカ:そうよ?

西井:ちょっと馬鹿にされてる気がする。

エリカ:でも先生、かわいがられるの好きでしょ?

西井:……生意気。

エリカ:ふふふ。だからね、先生。私、先生と会えて本当に未練はないの。

西井:私はいやだ!

エリカ:助けられないっていったくせに?

西井:……っ!

エリカ:わがままなのね。

西井:いいじゃないかっ!30のおばさんだろうが何だろうがわがまま言ったっていいじゃないか!君も言えばいいんだ!

エリカ:……わたしが?

西井:私がいやだとなんだと言っても飛び込んでくればいい!こどもは大人にわがままいえばいいんだ!君ひとり我慢しなきゃいけない理由が、どこにあるっていうんだ!

エリカ:……でも、私は死んでて、戸籍もなければお金も学力もない。先生にご迷惑をかけてしまうわ。

西井:迷惑かけずに生きてる人間がどこにいるもんか。そもそも。そもそも今更なんだよ!私は君に会ってからというもの振り回されっぱなしだ!こんなに心の中ぐちゃぐちゃにされて、今更迷惑だとか言われてもちゃんちゃらおかしいね!

エリカ:………

西井:私の本がほしいって言ったじゃないか!私が傷ついたら甘やかしてくれるんだろう?いやだからな、私は墓前に献本(けんぽん)なんてしないからな!

西井:こいよ!君ひとりぐらい受け止めてやる!

エリカ:……あはは。


〇エリカ、西井にだきついて噛みつく。


西井:エリカ……い、痛ぁー!?

エリカ:ふふ。

西井:なっ、なんでかみつくの!

エリカ:……せんせい。先生のせいですからね。

西井:はぁ!?

エリカ:先生のせいで諦められなくなってしまった。先生のせいでもう一度、信じてみたくなってしまった。先生のせいよ。忘れないでください。

西井:何をいっ、て…?くっ、なんで、ねむく―……

エリカ:忘れないでね、史周(ふみちか)さん。

西井:まっ、エリ……

エリカ:ゾンビになったら、迎えにいくわ


〇西井、意識を失う。


西井:(M)翌朝。私は怪訝な顔をした警備員に起こされた。医者に首元を手当されながら、無断で礼拝堂に忍び込んだことをしこたま注意されたのだ。どうやら外部の人間と逢引してるとでも思われたらしい。残りの数日間、居心地の悪い想いをしながら、リハビリを終え、原稿を入稿した。

西井:はぁー…飯でも買いにいくかぁ

西井:(M)私の生活は相変わらずだ。相変わらずの汚部屋だし、相変わらずの出不精で、まぁ禁煙を始めてみた。それくらい。

エリカ:ゾンビになったら、迎えに行くわ

西井:それって、いつよ……

西井:(M)エリカがあの後どうなったのかは、わからない。しばらくの間、礼拝堂で彼女を待ってみたりもしたけど、会えなかった。私の小さなワンルームには、不釣り合いな程大きな冷蔵庫が近々導入される予定だけど、中身はからっぽのまま。

エリカ:忘れないでね、史周さん

西井:(M)私はまだ、人間だ。噛まれた首筋はいまだに血を流すけど、体温も脈拍も正常で、今日もつまらない世界をペン一本で、かろうじて生きている

エリカ:うふふふ。

西井:(M)いつか、彼女が迎えに来る。その夜を待ちながら。


〇おわり。

七枝の。

声劇台本おいてます。 台本をご利用の際は、注意事項の確認をお願いします。

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