〇作品概要説明
主要人物2人。ト書き含めて約6000字。モノローグ多め。
桜の精霊となった友達にさらわれちゃうお話。
〇登場人物
有原:ありはら。人間。一人称俺。
藤城:ふじき。死んだともだち。桜の精霊(仮)
※一人称語尾変換自由。時代設定ふわふわ。
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作者:七枝
本文
〇Mはモノローグ。
有原:(M)友人が死んだ。
藤城:私が死んだらさぁ、灰は君がまいてくれよ
有原:洒落にならんことを言うな
藤城:良いから聞けって。頼むよ、冷たい石の下に閉じ込めないでくれよ。うちの奴らはそこらへん理解がないから君にしか頼めないんだ
有原:遺灰の持ち去りは窃盗罪だ
藤城:持ち主がいいって言ってんだから
有原:死んだら持ち主は遺族だろ
藤城:今は私だ
有原:犯罪者になれって?
藤城:いいじゃないか、親友だろ
有原:(M)病だった。どうしようもない、膵臓の病だと聞いた。
藤城:灰を盗んでさ、「枯れ木に花を咲かせやしょう」なんて言って、ちょちょいとやってくれよ
有原:不謹慎な。
藤城:君はかたいなぁ(激しくせきこむ)
有原:おい、大丈夫か
藤城:ああ。……なぁ、頼むよ。どうせ死ぬなら何かの役に立ちたいんだよ。近所に大きな桜の木があるだろ。あの樹だったら、いい養分になれそうな気がするんだ
有原:……桜は好かん。
藤城:なんだよ。冷たい奴だな。
有原:(M)冗談のようなことを真面目な顔で言う、馬鹿なやつだった。俺はいつもその冗談に振り回されて、大変な思いをした。
〇公園にて。有原、桜に向かって灰を振りまく。
有原:枯れ木に、花を……(言いかけてやめる。沈黙)
藤城:咲かせましょう、まで言えよ
有原:……っ!
藤城:やあ、有原。元気にしてたか?
有原:お前、死んだはずじゃ……っ!
藤城:死んだよ。死んだとも。でもほら、君のおかげでこのとおり。
有原:これは幻か。俺は夢を見ているのか。
藤城:疑い深いな。じゃあ三日後にこの場所にきてみろよ。夢でも幻でもないって証明してやるから。
有原:三日後?
藤城:まあみてろって。
有原:(M)そういって笑ったその人の顔が、あまりにも生前そのままだから、夢でもいいと思った。冬の終わり、まだ足先も冷たい暦だけの春。三日後、夢の続きを見にいった。
藤城:ほら、咲いただろ!
有原:さくら……こんな季節に?
藤城:枯れ木に花を咲かせましょう!ってな。
有原:(M)ははは、と大声で藤城が笑う。到底死人には見えない笑顔だった。まるでそう、花のような……
藤城:どんなもんだ!びっくりしたか?
有原:ああ、驚いた。お前は桜の精にでも生まれ変わったのか?
藤城:桜の精?私が?
有原:違うのか?
藤城:……っぷ。ははは。そうだ、そうだよ。君がそう言うなら私は桜の精霊だ。君がここに灰をまいてくれたおかげで、地獄から黄泉返ったんだよ。
有原:そうか。なら、盗みをした甲斐もあるというものだ。
藤城:あいかわらず生真面目なやつだな。
有原:(M)笑うヤツの横で、早咲きの桜を眺める。そこで満足しとけばよかった。奇跡は一度しか起きないから、奇跡だというのに。
藤城:綺麗なもんだな……
有原:ああ。……なぁ、
藤城:なんだよ。
有原:また、会えるよな?
藤城:…………
有原:お前は桜の精なんだろ?なら、ここに来ればまた会えるよな?
藤城:君は馬鹿だな。
有原:(M)死者をつなぎとめる真似など、すべきではなかった。
藤城:仕方ないから、待っててあげるよ
有原:(M)俺は、罪を犯した。
〇タイトルコール
藤城:「花盗人の罪は重い」
〇春、公園にて。
有原:藤城!
藤城:なんだ、また来たのか。
有原:来てはいけなかったか。
藤城:暇人か?毎晩同じ花みて楽しいもんかね。
有原:花見は日本の心だと聞く。
藤城:夜じゃまともにみれないだろう。
有原:昼はお前と話せないじゃないか。それに夜桜も乙なものだ
藤城:桜は嫌いだと言ったくせに
有原:嫌いとは言ってない。
藤城:だが好きではないんだろう?
有原:お前の花と思えば好きだ
藤城:………あっそう。
有原:照れてるのか?
藤城:うるさい。
有原:顔をかくすな。みせてみろ。
藤城:しつこい。こっちをみるな。
有原:藤城。
藤城:………
有原:酒をもってきた。一緒に呑もう。
藤城:それで機嫌をとっているつもりかい?
有原:お前の好きなさつま揚げもある。
藤城:……ほぅ。
有原:好きだったろ?
藤城:まぁな。よくおぼえてるもんだ。
有原:忘れるわけないじゃないか、ほら。
〇有原、藤城にさつま揚げを渡そうとするが、すり抜けて落ちる。
有原:あっ
藤城:あ~……やはり駄目だったか
有原:……持てないのか?
藤城:そもそも死んでいるしな。当然といえば当然のことだが
有原:だがお前は桜の精だ。
藤城:まだそれを言うか。
有原:そうなんだろ?
藤城:ふふ。さてどうだったかな。それよりせっかくのさつま揚げ、台無しにして悪かった。
有原:ああ、こんなもん、砂をはらえば喰える
藤城:え、ちょ、まて。
有原:(一口でたべる)……うまいぞ。
藤城:馬鹿。
有原:馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。
藤城:腹を壊したらどうするんだ。
有原:こんなことで壊すような軟弱な胃をしていない。
藤城:そういって人間はすぐ壊れるんだぞ。
有原:わかったわかった。アルコール消毒すればいいだろう。
藤城:待て。それは君の持ってきた酒だろう。ふざけるな。
有原:ふざけてない。お前もよくやってただろう。
藤城:なんのことだ?
有原:酔っぱらって地面に寝ながらアルコール消毒~とかほざいてたじゃないか
藤城:……記憶にございません
有原:嘘だ
藤城:嘘じゃない
有原:嘘だ。俺にはわかる。どれだけ振り回されてきたと思ってるんだ
藤城:そんなに言うほどかい?
有原:そうだ。言うほどだ。挙句の果てには恩も返さず先に死にやがって。
藤城:悪かった
有原:反省してるか?
藤城:もちろんだとも。
有原:ならば、大人しく酒に付き合え
藤城:私は呑めないのに?
有原:そうだ。だからこれは嫌がらせだ。
藤城:ふふ。嫌がらせか。
有原:なぜ笑う?
藤城:いや、なに。かわいらしい嫌がらせだと思ってな
有原:馬鹿にしてるのか?
藤城:まさか。君の嫌がらせに付き合うよ、有原。
有原:(M)ふ、ふ、ふ、と藤城が笑うと呼応するように桜が散った。それが見たくて、友との思わぬ再会が嬉しくて、毎晩こっそり桜の下に通った。
藤城:有原。
有原:(M)俺を呼ぶ、懐かしい声が聞きたかった。
藤城:また来たのか。
有原:(M)その言葉が、迂遠な警告だと気づかずに。
〇春、公園にて。
有原:(くしゃみ)
藤城:風邪かい?
有原:そうかもしれん。
藤城:毎晩花見酒などしてるからだ。
有原:お前が言えた義理などないだろう。昔は……
藤城:あーあーきこえないなー
有原:まったく……
藤城:生前のことをねちねちと……君はしつこいな。
有原:この先百年は言ってやる
藤城:百年……
有原:共白髪、というやつだな
藤城:阿呆。それは夫婦に使う言葉だ。
有原:似たようなものだろう。
藤城:それに私はこのままだ。永遠に変わらない。
有原:永遠に若いままか?羨ましいことだ。
藤城:……なら、君もこっちに来るか?
有原:うん?どういう意味だ?
藤城:馬鹿。もう脳味噌までアルコールが回ってるみたいだな。
有原:(くしゃみ)
藤城:しかも風邪までひいて。真正の馬鹿だ。
有原:馬鹿ではない。今日は熱燗を持ってきた
藤城:そういう問題じゃないと思うんだがなぁ……
有原:お前のぐい飲みはここに置いておくな
藤城:私は呑めないよ
有原:こういうのは雰囲気が大事なんだ
藤城:有原のくせに情緒的なことを言う
有原:俺ほど文学的な者はなかなかいないぞ
藤城:文学的?どこが。
有原:「この杯をうけてくれ。どうぞなみなみそそいでくれ」
藤城:なんだ、いきなり。
有原:「花に嵐のたとえもあるぞ。さよならだけが人生だ」
藤城:井伏鱒二か。
有原:そうだ。「どんなもんだ、びっくりしたか?」
藤城:ふふ。私の方がすごいな。
有原:負けず嫌いめ。
藤城:しかし有原にしては気の利いた返しだ。どうしたんだ?本はもっぱら枕にするヤツが。
有原:金原君に借りた。
藤城:誰だ、それは。
有原:高等学校時代の後輩だ。眼鏡をした背の低い……
藤城:高等学校?なら私が知るはずないな。
有原:あ……そうか、すまない。
藤城:謝ることじゃない。仲がいいのか、その金原とやらとは。
有原:ん。なにくれと面倒をみてやっている。
藤城:みてもらってる、じゃなくて?
有原:俺の方が上級生だぞ。
藤城:ははは、有原が上級生。
有原:なにか言いたいことがあるのか。
藤城:いやなに。はははは、時の流れは速いな。
有原:藤城……
藤城:ふふ。あ~笑った。
有原:…………
藤城:なんだ、押し黙って。拗ねているのかい?
有原:いや、お前が笑うと花が散るから、綺麗だなと思って。
藤城:………口説いているのか?
有原:口説く?俺がお前を?なぜ?
藤城:は~君はそういうやつだったな、わかってたよ。
有原:……あんまり笑うと、すぐ散ってしまうな。
藤城:それが桜だ。
有原:さびしいよ、藤城。散らないでくれ。
藤城:無茶をいうんじゃない。
有原:また灰を持ってくれば咲いてくれるのか?
藤城:は?何いってるんだ、墓泥棒でもする気かい?
有原:まさか。竈(かまど)の燃え滓でも拝借してこようかと……
藤城:そんなもので咲くものか。
有原:そういえばアレはどうやって咲かせたんだ?
藤城:「枯れ木に花をさかせましょう」ってやつだ。
有原:わかるように言ってくれ。
藤城:頼れる後輩にでも聞いてみなよ。
有原:からかうな(くしゃみ)
藤城:帰りなよ。風邪もこじらせるとひどいぞ。
有原:藤城。
藤城:暇してるなら、私じゃなくて金原君にかまってもらえ
有原:今度来た時にちゃんと教えてくれよ
藤城:気が向いたらね
有原:意地の悪いことを言うな、約束しろ
藤城:しつこい輩は嫌われるぞ
有原:(M)ふ、ふ、ふ、と桜が散る。散ってしまう。桜吹雪の中、友の姿が薄れていく。それが怖くて次の約束をした。わざと引き留めるような言葉を繰り返した。言葉を連ねる度に、あいつが苦しそうな顔をしていたことはわかっていたはずなのに。
そんな不義理な真似をした罰なのか、あいつの言うとおりただの馬鹿者だからか。
風邪をひいて、一週間寝込んだ後には、桜はほとんど散ってしまっていた。
〇一週間後、公園にて。
有原:藤城。おい、藤城。いないのか。
藤城:…………
有原:酒をもってきたぞ。一緒に呑もう。
藤城:…………
有原:おーい、ででこいよ。遅くなって悪かった。ようやく風邪が治ったんだ。藤城、
藤城:…………
有原:なぁ、約束したじゃないか……
〇間をあけて。
藤城:………はぁ。しつこいやつだな。
有原:来たか!
藤城:もう桜の見ごろは過ぎたぞ。ほら、ほとんど葉桜じゃないか。
有原:だが、まだ咲いている。
藤城:察しの悪いやつだな。来るなと言っているんだ。
有原:なぜ。
藤城:聞くな。
有原:嫌だ。
藤城:有原……
有原:理由も聞かずに承服できるものか。嫌だからな、俺はまたここに、お前に会いに来るからな!
藤城:赤子のような駄々をこねるな。
有原:嫌だ。
藤城:聞き分けろ。
有原:嫌だと言っている。
藤城:有原、頼むよ。
有原:お前はいつもそうだ。勝手なことを言って、勝手なことをやらかして、勝手に俺をおいていく!言ってくれよ。どうして俺は遠ざけようとする?誤魔化したりするな。
藤城:……理由を言ったら、君は納得するのかい?
有原:ああ。
藤城:納得して、お別れして、もうここには来ない?
有原:……お前が、そう望むなら。
藤城:そう。
有原:(M)藤城が短く頷いた。風が吹く、花が散る。月に照らされた友の影が薄くなっていく。
藤城:うすうす勘づいていたかもしれないが、私がここに居られるのは桜が散る迄だよ。
有原:そう、か……
藤城:ああ。
有原:どうして最初に言ってくれなかったんだ?
藤城:君が待ってろというからじゃないか。
有原:俺のせいか。
藤城:そうだとも。君のせいで私はここに縛られてしまった。
有原:すまない。
藤城:ふふ、冗談だよ。元はといえば、私が灰をまけと言ったのだしね。
有原:……もしかして今、相当な無理をしてるのか?
藤城:おや。
有原:最後に訪ねた時と、同じ顔をしている。
藤城:最後……
有原:歳末の、藤城の家だ。
藤城:ああ、懐かしいなぁ。あの時も君はそんな風に睨んできた。
有原:俺は最後までお前の傍にいたかった。
藤城:そうだった、そう言われたなぁ。追い返すのに苦労した。
有原:今度も追い返す気か?
藤城:ああ。
有原:どうして駄目なんだ。
藤城:質問が多いな。いつから君の教師になったんだっけ?
有原:茶化すな。
藤城:……わかってくれよ。元気な私を記憶に残してほしいんだ。
有原:…………
藤城:綺麗にお別れしようじゃないか。さよならだけの人生でも、最期にそれでよかったと思えるように。
有原:……ひどいやつだ。
藤城:ふふ。さよならだ、有原。達者でな。
有原:(M)ふりかえるなよ、と言って藤城は消えた。今度はどんなに呼びかけても出てきてくれないだろうと直感的にわかった。あいつはまたしても俺を置いていったのだ。
藤城:どんなもんだ、びっくりしたか?
有原:……こんな驚きなら、いらなかったな。
藤城:枯れ木に花を咲かせましょう、ってな。
有原:結局、あの手品のタネも謎のままか。本当に勝手な奴だ。
有原:(M)背をむけて、歩き出す。行きたくない。行かなければならない、俺は生きているのだから。
藤城:さよならだ、有原。
有原:さようなら、藤城。
有原:(M)振りかえり、桜の大木を眺めた。最後に花びら一枚でも形見にもらおうかと考えた。あいつとの思い出の縁(よすが)が欲しいと思ってしまった。
有原:(M)それが間違いだった。
藤城:振り返るなと、言ったのに。
有原:(M)桜の下に、藤城が立っていた。真っ白な顔色で、足に木の根を絡ませて。見たことのない、恨みがましい目で俺をみつめていた。
藤城:どうして振り返ってしまったんだ?
有原:ふじ、き……?
藤城:有原、君は知りたがっていたな。この花がどうやって咲いたのか、私が一体なにをしたか。
有原:あ、ああ。
藤城:教えてあげるよ。
有原:(M)ごつごつした何かが勢いよく飛び出てきて、思わず尻もちをついた。尋常ならぬ友の様子に後ずさるが、手足を巻き取られ締め上げられる。それは根だった。大きな桜の根が、俺を縛り付けていた。
有原:(うめき声)
藤城:ああ、かわいそうに。でも君が悪いんだよ。私の言うことを聞かないから。私をここに縛り付けるから。私はちゃんと警告したのに。ちゃんと我慢していたのに。
有原:がまんって……
藤城:君の身体はあたたかいねぇ。羨ましいな。ずっとずっと寒かった。苦しかった。
有原:まってくれ、話を!
藤城:この桜はね、人の味をおぼえてしまったんだ。人の命を糧に生きながらえる道を知ってしまったんだよ。私は我慢していた。お前の友情に応えたいと必死に耐えていた。でも、もう限界なんだ。
有原:藤城、やめてくれ!
藤城:駄目だ。さよならは無しだよ。君がそれを選んだ。
有原:(M)地に沈みゆく俺をみて、そいつは笑った。
藤城:嬉しいな。ずっと一緒だ。
〇おしまい。
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