〇作品概要説明
主要人物2人。ト書き含めて約9000字。自殺未遂した中年を高校生がペットにする話。
〇登場人物
春陽:はるひ。中性的な少年。(少女でも可)15歳。不登校。ひとり暮らし。幼い。
忍:しのぶ。30代くらい。性別改変可。自己肯定感が著しく低い。一人称私。
※語尾一人称変更可。変えなくても性別改変できると思います。
〇ご利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。
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作者:七枝
本文
〇Mはモノローグ。
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〇野外の公園にて、早朝。男が大木の前で首を吊ろうとしている。
忍:………(生唾をのみこむ。勢いよく土台にしていた石を蹴り転がす)
SE:縄の音。
忍:ぐっ、うぁ、うっ
〇しばらく苦しむ男。自重に耐え切れず、枝が折れる。
忍:……うっ、はあっ(激しくせき込む)
〇間をおいて。
春陽:なーに?きみも、自殺志願者?
忍:……っ!
春陽:もったいないなぁ。
忍:ほっといて、ください。
春陽:う~ん、どうしよっかな。
忍:…………
春陽:ねぇ。それ、もらっていい?
忍:…………
春陽:いいでしょ?死ぬなら必要ないよね。ちょうだい?
忍:…………
春陽:きいてる?
忍:それ、って……
春陽:それだよ。君が折った枝。
忍:……ああ。
〇忍、縄を巻いていた枝を拾い上げて渡す。
春陽:ありがとー!窓辺に飾るんだ。
忍:………もったない、ってそういう……
春陽:え?うん。そうだよ?
忍:(ためいき)
春陽:きみはどうするの?これからもう一回しぬ?
忍:どう、するかな………
春陽:今日はやめとけば?
忍:でも……
春陽:花が咲いてからでも遅くないよ。
忍:………花?
春陽:うん。ここ、つぼみがほころんでるでしょ。
忍:気づかなかった。
春陽:そうなの?ここらへん有名な花見スポットなのに。
忍:そうか。
春陽:春になったら一斉に咲くんだよ。すごいんだよ。それ見てからにしなよ。
忍:いまさら、花をみたところで、
春陽:どうして?綺麗なのに。
忍:……行くところもない。
春陽:おうちがないの?……そっかぁ。じゃあ僕のとこに来る?
忍:……きみの、いえ?
春陽:僕、ペットがほしかったんだ。
忍:…………
春陽:ねぇ、いいでしょ?そうしようよ。きみが捨てた命を僕が拾ってあげる。
忍:……捨てたわけじゃ、
春陽:さっきまで首吊ってたのに?
忍:…………
春陽:じゃあ、花が咲くまででいいよ。花が咲くまで、もう一度きみがここで死ぬまで、僕に飼われてよ。
忍:花が、咲くまで?
春陽:おいで。
忍:(M)彼の手を取ったのは、なぜだろうか。
忍:(M)正直にいうと、私はつかれきっていた。全身が痛いし、金も身よりもなければ、自殺の影響で小便を漏らし不快な匂いがした。
忍:(M)彼が私を拾ったのは、なぜだろうか。
忍:(M)理由はまったくわからなかった。思い当たるほど、私は私に価値を見いだしてなかった。
忍:(M)ただただ休みたかった。暗闇の中で、丸くなりたかった。だというのになぜか、足は止まらず手を引かれていった。
〇間をあけて。
〇春陽の家。郊外の小さなアパート。
春陽:ここ、僕の家。
忍:ご家族の、人は。
春陽:いないよ?ぼくひとり。
〇忍、表札を読み上げる。
忍:……北条。
春陽:北条春陽。ハルって呼んでね。
忍:ハル君ですか。
春陽:うん、あがって。
忍:ハル君は、おいくつですか。
春陽:15。
忍:中学生?
春陽:高校生。通ってないけど。
忍:…………
春陽:へんな顔してる。
忍:私みたいな中年が、未成年の一人暮らしにお邪魔していいものでしょうか……
春陽:誰がダメっていったの?
忍:…………
春陽:大丈夫だよ。
忍:(ためいき)
春陽:おなかすいた?ごはんたべる?
忍:それよりも着替えを。よごれているので。
春陽:わかった。
忍:(M)ぐるりと部屋を観察する。6畳半のワンルーム。申し分程度の小さな冷蔵庫。机がわりの段ボールに、ぎちぎちに本が詰まった本棚、窓辺におかれた植木鉢と、
忍:花……が、咲いたら。
忍:(M)もう一度、死ぬのか。
春陽:どうする?
忍:え?
春陽:服、サイズあうのがない。
忍:あ、ああ………
春陽:大きめのジャージなら入るかも。
忍:ではそれを試してみます。脱衣所を借りてもいいですか?
春陽:いいよ。
忍:…………どうでしょうか。
春陽:苦しそう。
忍:貴方が見苦しくないのなら、それで。
春陽:いいの?
忍:特に希望はありません。
春陽:そっか。……でも苦しそうだから、今度新しいの買いに行こうね。
忍:お金は、ありません。
春陽:僕がだすよ。きみは僕のだもん。
忍:はぁ。
春陽:嫌?
忍:いや……そうですね。花が咲くまで、でしたっけ。
春陽:うん。
忍:なら、そういうものなのでしょう。
春陽:うん。……ありがと。
忍:なぜ感謝を?
春陽:嬉しかったから?
忍:疑問形なんですね。
春陽:きみはなんで嫌なの?
忍:なにが?
春陽:僕に服かってもらうの。
忍:ハル君がこどもだから、でしょうか。
春陽:ふーん。めんどくさ。
忍:すぐ大人になりますよ。
春陽:……そうかなぁ。
忍:ハル君?
春陽:ううん。ごはんたべよ。冷蔵庫にミルクもあるよ。
忍:(M)出されたのは、プロテインバーと牛乳だった。
春陽:めしあがれ。
忍:これ、は……
春陽:たべないの?
忍:あの、冷蔵庫の中をみてもいいですか?
春陽:いいよ。
〇忍、冷蔵庫を開ける。
忍:何もないじゃないですか……
春陽:ミルクがあるよ。
忍:……ハル君は牛乳がお好きなんですか?
春陽:嫌いじゃない。
忍:プロテインバーは?
春陽:嫌いじゃないよ。
忍:好きな食べ物は……?
春陽:わかんない。きみはなにがすき?
忍:私は……私も、わからないです。
春陽:へへ、おそろいだね。
忍:ですね。
春陽:ミルクはね、いつかペット飼った時にあげようと思って買っておいたんだ。
忍:はぁ。
春陽:でもきみは大きいからミルクじゃなくてもいいんだね。
忍:……猫や犬も、人用の牛乳は飲まないんですよ。
春陽:そうなの?
忍:ええ。あげたら、おなかを壊します。
春陽:そっか。詳しいな。
忍:むかし飼ってました。
春陽:ねこ?
忍:犬です。
春陽:仲良かった?
忍:……とても。
春陽:いいなぁ。
忍:……明日、ごはんを買いにいきましょう。
春陽:ごはんあるよ?
忍:この牛乳、もう腐ってますよ。
春陽:ありゃ。
忍:飲まない方がいいです。
春陽:わかった。……ねぇ。
忍:なんですか?
春陽:きみの名前、なんていうの?
忍:……砂原忍です。
春陽:さはら、しのぶ。
忍:はい。
春陽:僕のペットは、忍。
忍:(M)そうしてそのこども……北条春陽との生活が始まった。春陽は、不思議なこどもだった。
忍:(M)幼い言動で私を振り回したと思えば、たまに大人びた口ぶりで私を褒めた。
忍:(M)影のある目で雨どいを眺めたかと思えば、晴れた日には嬉々として散歩にでかけた。
忍:(M)彼の部屋にはテレビもラジオもなく、スマートフォンだけが唯一の外部とのつながりだった。が、それさえもいつも段ボールの上に放り投げていた。
忍:(M)彼は孤独だった。いつもひとりで散歩をするか本を読んでいた。
忍:(M)私はそれを、なんともなしに見ていた。まるで主人の足元にはべる犬のように。
〇1週間後。春陽のアパートにて。
春陽:忍、行こう。
忍:はい。
春陽:今日は公園に行く。橋わたって、公園の花を見に行こう。
忍:わかりました。
春陽:ほらみて、サザンカが咲いてるよ。
忍:綺麗ですね。
春陽:うん。綺麗なのはいいことだ。知ってる?「サザンカ」って名前は最初「サンサカ」って名前だったんだ。
忍:さんさか。
春陽:ツバキの中国名だよ。ツバキとサザンカはよく似ていてね、ぱっと見、区別がつきにくいんだ。見分け方の特徴は主に、葉を見るか花の散り方でわかるんだけど、
忍:(M)春陽は、ときおりこうして饒舌(じょうぜつ)に話しかけてきた。私は、それを聞いたり、聞き流したりしながら彼の横顔をみていた。
春陽:それにね、自生種と園芸種だと開花時期が違うんだ。僕は色とりどりの園芸種も好きだけど、こうして野に咲く自生種も好きだよ。まるで雪みたいに綺麗だろ。
忍:なるほど。
春陽:春になったら、このへんにつつじも咲く。
忍:むかし、蜜をなめてました。
春陽:あれには毒があるんだよ。
忍:初耳です。
春陽:レンジツツジっていう種でね。大きくて紅い花が咲く。
忍:みてみたいです。
春陽:きっとみたことあるよ。みんな気づかないだけなんだ。
忍:ハル君は、植物が好きなんですか?
春陽:ん?う~ん。どうだろ。
忍:すみません、違いましたか?
春陽:パパがね、植物学者だったの。
忍:お父様が。
春陽:ずいぶん前に死んじゃったけどね。たぶん、優しいひとだったと思う。
忍:曖昧ですね。
春陽:あんまりおぼえてないんだ。パパの部屋で、よく植物図鑑を読んでたことは覚えてる。
忍:お母様は?
春陽:お母さん?お母さんはお父さんと暮らしてるよ。
忍:おとうさん、ですか。
春陽:うん、パパじゃない人。いい人だよ。僕を養ってくれてる。
忍:…………
〇間。
〇顔色が悪い忍に、春陽が気づく。
春陽:どうしたの?
忍:いえ、すみません。
春陽:なんで謝るの?へんなの。
忍:変で、すみません。
春陽:あやまらなくたっていいのに。忍は僕のペットなんだから。
忍:はぁ。
春陽:まだ変な顔してる。
忍:私は、その……貴方のいう「ペット」にちゃんとなれてますか?
春陽:どういう意味?
忍:私、なにもしていない気がします。
春陽:ペットってそんなもんじゃないの?
忍:そう、なんですかね。
春陽:忍はペットってどんなものだと思ってついてきたの?
忍:もっとこう殴ったり、命令聞かされたり……ストレス発散要員として拾われたのかと。
春陽:あはは、僕そんな風にみえた?
忍:すみません。
春陽:ひどいなぁ。否定してよ。
忍:すみません。
春陽:……僕ね、ペットが出来たら一緒に公園を歩きたかったんだ。僕が「あの花がきれいだね」って言ったら「そうだね」って頷いてくれる。一緒にミルクをのんで、一緒に寝てくれる。そういうペットが欲しかった。
忍:わたしで、大丈夫ですか。
春陽:大丈夫だよ。
忍:私は面白い話もできないし、気も使えなければ美しくもないのろまですが。
春陽:忍は無駄吠えもしないし、おねしょもしない。いいペットだよ。
忍:それは……人間なので。
春陽:そうだね。でも僕のペットだ。でしょ?
忍:花が咲くまで?
春陽:うん。花が咲くまで僕のペット。
忍:…………ふはっ。
春陽:うん?
忍:いえ、ははっ、なんだか、面白くなっちゃって。
春陽:ふーん?
忍:(M)寂しい子だな、と思った。
忍:(M)この子は寂しくてかわいそうな子で、何でもいいから傍にいてほしかったのだ。
忍:(M)誰でもいいから、私だった。ちょうどそこにいたから、私を拾った。……安心した。誰でもいいなら、私でもいい。
忍:(M)クズで不細工でゴミ屑な自分でも、誰でもいいなら、ここにいていい。
忍:(M)でもきっとすぐに嫌われてしまうだろうから、花が咲くころには出なくてはならない。
忍:(M)花が咲くころには、必ず。でも、花が咲くまでなら。
忍:(M)わたしはまだ、ここにいてもいい。
〇間。
〇早朝、キッチンの隅で春陽が電話をしている。相手は母親。
春陽:もしもし、もしもし。……ごめん、夜中だから大声だせなくて。
春陽:大丈夫、聞こえてる。……ああ、うん。ちゃんと学校行くって。最近ちょっと体調崩しちゃっただけ。
春陽:……わかってる。お父さんに迷惑はかけないよ。お金だって使ってない。
春陽:うん……うん。いい子にしてるよ。大丈夫だから。
春陽:……わかってる、行かないよ。安心して。いきなりお兄ちゃんだって言ってもその子困るでしょ?………ごめんなさい。嫌味のつもりはなかったんだ。……うん、じゃあ。
〇春陽、電話を切る。
春陽:(ため息)
春陽:(少し間をあけて、うずくまって泣く)
忍:……ハル君?
春陽:……っ!
忍:どうしました?そこは寒いですよ。
春陽:……うん。
忍:ハル君?
〇忍、春陽が泣いていたことに気づく。
忍:あ。……えっと、
春陽:………僕は、大丈夫。
忍:ああ、はい。えっと……
春陽:…………
忍:そこは、寒いですから。………こちらに。
〇間。忍、春陽の返事を待つが応答がない。
忍:えっと……その、ちょっと失礼しますね。
春陽:(驚いて息をのむ)
〇忍、春陽をかかえあげて布団へおろす。
忍:布団かぶって、温かくしてください。風邪をひきます。
春陽:………力、つよいね。
忍:大人ですから。
春陽:そう。
忍:あ~……なにか、温かいものでも入れましょうか?
春陽:いらない。
忍:そう、ですか。
春陽:いいよ、ほうっておいて。気にしないで。
忍:すみません。
春陽:(鼻をすする)
忍:……嫌だったら振り払ってください。
春陽:え?
〇忍、春陽の手を両手でつつむ。
忍:ずいぶん、手が冷えてましたので。少しでも温まれば、その……落ち着くかと。
春陽:……忍、手あたたかいね。
忍:体温高めなんです。
春陽:ふぅん。
忍:……い、嫌だったら離します。
春陽:嫌じゃないよ。
忍:そうですか。
春陽:……うん。
〇間。
春陽:あのね、
忍:はい。
春陽:僕ね、大人になりたくなかった。
忍:なりたく、なかった?
春陽:大人は、すぐに忘れちゃうだろ。
忍:?
春陽:パパはね、僕の事をすぐ忘れちゃう人だった。僕の事っていうか……家族のことかな。いつも机に向かってるか仕事に行ってるかで、僕はあの人の顔より背中を見ていることが多かった。
忍:………あの、
春陽:なあに?
忍:その時は……その、お母様は?
春陽:……お母さんは、あの頃よく庭でガーデニングしてたよ。休みの日に、お母さんが育てた花を僕が植物図鑑で調べてると、パパがやってきて、それはこうだよ、あれはああだよって教えてくれたんだ。それがすごく……なんていうかな、安心した。だから晴れの日が好きだった。図鑑を読む理由ができるから。
忍:雨の日は、嫌いですか?
春陽:嫌いじゃないけど、何をしたらいいのかわからなくなる。僕に帰るとこはもうないんだな、ってそう思う。……どうして?
忍:よく、暗い目をされているので。
春陽:ははっ、忍は僕をよくみてるなぁ。
忍:すみません。
春陽:だから謝らなくていいって。僕うれしいよ。
忍:そうですか?
春陽:うん。忍がみててくれて嬉しい。忍だけが僕をみてくれる。
忍:気持ち悪く、ないですか?
春陽:ないよ。
忍:(安堵のためいき)
春陽:……お母さんはね、僕をみてくれたことはなかった。
忍:…………
春陽:昔はパパで、今はおとうさん。いつも僕以外の人をみてた。最初は大人には叶わないから仕方がないって思ってた。お母さんは弱くて、女の人で、だから頼りない僕なんて忘れちゃうんだろうな、って。でも違った。
忍:………
春陽:今度ね、僕に弟ができるんだって。春に、生まれるんだって。一番の宝物なんだ、って……言ってた。
忍:それは……おめでとうございます。
春陽:(鼻でわらって)でしょ?
忍:違いますよね。すみません、何て言ったらいいか……
春陽:僕は結局、あの人に嫌われてるんだ。それがわかったって、それだけの話だよ。
忍:……あの、
春陽:なに?
忍:ハル君は、泣いてもいいんですよ。
春陽:は?
忍:私は、あなたのペットですから。立派な大人でも、素晴らしい人間でもないペットですから。だから、その……泣いても、大丈夫です。
春陽:なにそれ。
〇忍、おそるおそる春陽の頭を撫でる。
忍:大丈夫、ハル君は大丈夫ですよ。
春陽:なにそれ、わけわかんない。もうほっておいてよ……(徐々に泣き声になっていく)
忍:(M)なんて、かわいそうな子なんだろう。
忍:(M)頼れる大人はおらず、こんな時に電話をかける友人もいない。
忍:(M)誰にも言えない悩みをため込んで、結局私なんかを相手に泣き顔を晒している。私みたいな、こんなゴミ屑に。
忍:大丈夫ですよ、ハル君。
春陽:忍……
忍:(M)涙が肩を濡らす。その熱さを感じながら、私はこの子をずっと支えてくれる、素敵な誰かが現ればいいのに、と願っていた。
忍:(M)この時は、まだ。
〇間。
〇それから数日後の昼間。
春陽:(鼻歌)
忍:機嫌がいいですね。
春陽:うん、ほらみて。
忍:……つぼみが。
春陽:大きくなってるでしょ。もう少しだよ。
忍:……そうですね。
春陽:桜はきらい?
忍:どうして?
春陽:痛そうな顔したから。
忍:そんなことないですよ。それより、ごはんたべましょう。
〇忍、インスタント食品を春陽に渡す。
春陽:ありがと。(たべる)ん~おいし。
忍:あったかいものはいいですね。
春陽:僕、忍のごはんすき。
忍:インスタントにお湯いれただけですよ?
春陽:味ちがうよ。
忍:気のせいでしょう。
春陽:ぜんぜんちがうの!本当だよ。
忍:ははは。
春陽:信じてないなぁ。あ、そうだ。忍、
忍:はい。
春陽:今度忍のお箸買いにいこうよ。
忍:え?
春陽:いつまでたっても割りばしじゃ恰好悪いよ。
忍:必要ないですよ。
春陽:ケイザイテキじゃないし。
忍:とってつけたような言い方ですねぇ。割りばしでいいですって。
春陽:でも僕……
忍:もうすぐ花が咲くんでしょう?
春陽:咲くけど、それが何?
忍:花が咲くまで、って約束だったでしょう?
春陽:………咲いたって、ここに居ていいんだよ。
忍:約束は、約束ですから。
春陽:忍は、
忍:はい。
春陽:忍は、花が咲いたら………
忍:なんですか?
春陽:…………いい。もういい。
忍:え、何を(するんですか)
春陽:(かぶせて)みて。
〇春陽、たちあがって鉢植えから枝をぬきとり、つぼみをとる。
SE:枝を折る音。
忍:!
春陽:こうすれば、咲かないでしょ。
忍:………咲くのを楽しみに、してたじゃないですか
春陽:もういいの。
忍:命を粗末に扱っては、いけませんよ。
春陽:忍がそれをいうの?
忍:……そんなことしたって、公園の花は咲くでしょう?
春陽:公園中のつぼみをつぶしたっていい。
忍:(ためいき)
春陽:なんでそんなこと言うの?ここにいてよ。一緒にいるって言って。
忍:こどもみたいなこと言わないでください。
春陽:こどもだもん。
忍:ハル君、
春陽:それにほら、忍だって笑ってる。
忍:……は?
春陽:ね?
忍:(M)青白い手が、私の頬を撫でる。
忍:(M)その手は確かに、醜く吊り上がった、私の口角をなぞった。
春陽:忍だって、僕と一緒にいたいんでしょ?そうなんでしょう?
忍:………
春陽:ずっと一緒にいるって、言って。
忍:(M)このままでは、だめだと思った。
春陽:お願い。
忍:(M)私なんかといれば、この子は堕落してしまう。
春陽:忍、僕のお願い聞いてくれるでしょう?
忍:(M)ここには、いられない。私の居場所は、ここにはない。
〇間をおいて。
忍:(M)いつだったか彼が話してくれたことがある。
春陽:しのぶ、っていい名前だね。
忍:そうですか?
春陽:同じ名前の植物があるんだ、こんなやつ。
〇春陽、忍に植物図鑑をみせる。
忍:……草じゃないですか。
春陽:ふふ、草って。そうだけどさぁ。
忍:花は咲かないんですか?
春陽:咲かないよ。シダ植物だからね。
忍:そう、ですか。
春陽:咲くのがよかった?ならハナシノブって多年草もあるよ?
忍:いえ、私に似合いの植物だな、と。
春陽:ふーん?どういう意味で言ってるの?
忍:それは……(言いよどむ)
春陽:あのね、シノブって名前は「耐え忍ぶ」からついたんだ。夏の暑さも冬の寒さも耐え忍んで、一年中人を楽しませる植物。それが「シノブ」なんだよ。
忍:人々を、楽しませる……
春陽:僕は忍といて楽しいよ。忍は静かで、おだやかに僕の話を聞いてくれる。僕のことをみてくれる。たまに興味なくて、聞き流してるのも知ってるけど。
忍:すみません。
春陽:はは、素直だね。謝らなくていーよ。家族なんだから。
忍:は?
春陽:ペットは家族、ってよくいうでしょ?
忍:(M)楽し気な彼の声が、今も耳に響いて離れない。
忍:(M)家族、などとどんなつもりでいったのだろうか。親に捨てられ、ひとりぼっちで暮らす少年が、一体どんなつもりで「家族」と。
忍:(M)その意味を深く考えると恐ろしくて、私の根幹が揺らいでしまいそうで、蓋をした。
忍:(M)これが彼のためになるのだと、約束の刻限はもう来たのだと、そうつぶやいて、三日後。
忍:(M)深夜、私は彼のアパートを抜け出した。
〇間。
忍:(荒い息)ここまで、くればっ……はぁ。
忍:(M)まったく、何をしてるんだろう。この歳になって全力疾走するなんて。
忍:馬鹿みたいだ。
春陽:本当にね。
忍:……っ!
春陽:忍、なんで逃げたの?しかも公園になんて。
忍:えっ…あ、ここ公園か……
春陽:ん?まさか。
忍:気づきませんでした。
春陽:…………
忍:…………
春陽:ふっ、あはははは!あはははは!
忍:へ、へへ……
春陽:ポンコツだなぁ。
忍:すみません。
春陽:いいよ。逃げたペットを探すのは飼い主の役目だしね。
忍:…………
春陽:ほら、帰ろ。
忍:いいえ。
春陽:忍?
忍:私は、帰りません。
春陽:………なんで?
忍:は、花が(咲いたから)
春陽:そんな言い訳聞きたくない!
忍:…………
春陽:どうして?なんでいきなりそんなこと言うの?
忍:ハル君……
春陽:忍だって楽しんでたでしょ?行く場所ないんでしょ?僕の家にいればいいじゃない!それともまだ死にたい?僕といるより死んだほうがいい!?
忍:そういうわけじゃ……
春陽:なら!
忍:でも、もう一緒にはいられません。
春陽:は?なにそれ……
忍:私といると、ハル君の将来によくないですから。
春陽:意味わかんない。
忍:すみません。
春陽:なんで謝るの?謝らないでよ。
忍:すみません、ハル君。
春陽:…………
忍:私は、大人ですから。これ以上一緒にいるわけにはいかないんです。
春陽:やだ。
忍:私といればハル君はダメになる。貴方はきちんとした……立派な大人になれる子です。
春陽:やだよ。そんなのやだ。
忍:これから、もっと素敵な人に出会えますよ。
春陽:素敵な人なんかいらない!僕は忍と一緒がいいんだ。なんでわからないの?僕をみてくれたのは忍だけなのに!
忍:………っ!
忍:(M)その時、ふと最初に彼に言われた一言が頭をよぎった。
春陽:『きみも、自殺志願者?』
忍:(M)……そうか。あの時、本当は君も。
春陽:いかないでよ。ペットが嫌なら、なんでもいいから傍に居て。僕と一緒に帰ろう。
忍:(M)彼が私の腰にすがりついて泣いている。いけない。ここで抱きしめ返してはいけない。引き剥がさなくては。それが大人として、唯一私ができることだ。……けれど、
春陽:お願い、忍。
忍:…………
忍:(M)震える手を、伸ばした。
〇終了。
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