〇作品概要
主要人物2人。ト書き含めて約8000字。11年前に心中の約束をした友人と再会する話。
〇登場人物
遥:冬野遥。(とうのはるか)25歳。会社員。モノローグあり。
雪:彼方雪。(おちかたゆき)25歳。会社員。モノローグあり。
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作者:七枝
本文
〇遥と雪のモノローグ。
遥:学生の頃、ひとつ約束をした。
雪:もうどうしようもなくなったら、限界だな、って思ったら
遥:ふたりでいっしょに海にいこうね、っと。
雪:いま思うと、笑っちゃうな。
遥:けどあの時は、真剣だった。
雪:学生時代の私達はとにかく傷つきやすくて厄介で、信頼できる大人なんていなくて。
遥:だから自分の信じられる狭い世界で生きていた。
雪:べつに特別不幸だったわけじゃない。だってそうでしょ?片親の家庭なんて掃いて捨てるほどいる。
遥:でも一人の家にかえりたくなくて。
雪:まっくらな世界に一人とりのこされているような気がして。
遥:雪と出会ったのは、そんな時だった。
雪:学校の図書室で。私達は少しずつ仲良くなった。
遥:タイプが違いすぎるから、声かけづらかったのよ。
雪:そのわりには、なつくの早かったよね。
遥:犬猫みたいないい方やめてくれない?
雪:ふふっ、だって遥、警戒心高い猫みたいだったんだもん。
遥:やだもう。
雪:(わらう)
遥:(つられて少し笑う)
間
遥:それも全て、今は遠い思い出。
雪:ときおり疼く(うずく)古傷のような。
遥:甘く苦い思い出。
〇場面転換。Mはモノローグ。『』はメッセージ。
遥:(M)春も近づく、冬の終わり。仕事の都合で始めたSNSに、懐かしい人からのメッセージがきた。
雪:『久しぶり。よかったら一緒に海へいきませんか』
遥:(M)不審極まりないメッセージ。しかし私はその内容に覚えがあった。
遥:『ゆき?貴方、彼方雪(おちかたゆき)なの?』
雪:『そうだよ。ひさしぶり、遥。また話そうよ、昔みたいに。』
遥:(M)なぜいまさら、という思いがあった。どの顔さらしてという憤り(いきどおり)もあった。だけど、感情を露(あらわ)にするには遠すぎる記憶と、拒絶するには甘すぎる思い出が、私の指をつき動かした。
遥:『いいよ、お茶しよう。来週の土曜なら空いてる』
遥:(M)そうして、その土曜日、私は11年ぶりに彼方雪(おちかたゆき)に会うことになった。
〇:場面転換。カフェにて
雪:はるかー!こっちこっち。
遥:……ゆき。
雪:ほら、座ってよ。なに頼む?
遥:とりあえず、コーヒー。
雪:コーヒーね!他には?
遥:いらない。
雪:オッケー!店員さーん、コーヒー二つお願いね。……よし、注文できた。さて、
遥:………
雪:久しぶり、遥。元気にしてた?
遥:……まあ。
雪:なぁにその返事?元気ないなぁ。
遥:……ゆきは?
雪:わたし?私はもちろん元気いっぱいだよー!どや?
遥:(ためいき)
雪:なによ、その態度~くらいぞ~
遥:……それは、
〇:コーヒーが運ばれてくる。
雪:あ、店員さんありがとうございまーす。遥もどーぞ。ミルクいる?
遥:ううん。
雪:ふぅん?相変わらず甘いの苦手なの?
遥:まぁね。……ゆきも、
雪:ん?
遥:ゆきも、相変わらず砂糖いれすぎ。…太るよ。
雪:え~?この完璧ボディをみてそれいうの~?
遥:じゃぁ糖尿病になる。
雪:ぐっ、き、気を付けます…
遥:(小さくわらう)
雪:ふふっ。
遥:なに。
雪:なーんも?ただ、やーっと笑ってくれたなぁって。
遥:……ああ。ゆきがアホすぎるから。つい。
雪:なにをぅ?…って、なんか懐かしいね。このやりとり。
遥:昔を思い出す。
雪:うん。
遥:………
雪:………な、なんか気まずいね。えへへ。
遥:(浅く息をはく)
雪:……あのさ。
遥:なに。
雪:えーっと、元気してた?
遥:さっき言った。
雪:そ、そうだね!えーっと、じゃぁあのさ、今なにしてんの?
遥:仕事の話?
雪:そうそう。
遥:………べつに。どうってことない。普通。
雪:普通って!なによ、それ~反応しづらいやつ。
遥:ゆきは?
雪:わたし?わたしも普通に会社員だよ。笹山商事っていう。知ってる?
遥:ああ、あそこね。有名なとこじゃない。
雪:うん。
遥:すごいね。順風満帆(じゅんぷうまんぱん)ってわけだ。
雪:なにそれ~引っかかる言い方するなぁ。
遥:だって、ゆき。貴方そんなにやせてどうしたの?
雪:え?そんなにやせてみえる?ダイエットのやりすぎかな。
遥:ダイエットしてる人がそんなに砂糖いれるわけないでしょ。
雪:…あ、ははは。知らないの?今砂糖ダイエットってのが流行ってるんだって。
遥:ふぅん。
雪:……はははは。遥、あいかわらずだね。流行りとか興味ないんだ?
遥:まるっきりないってわけじゃないけど、合わせようとは思わないだけ。
雪:クールゥ!そんなんで人間関係大丈夫かぁ?
遥:仕事はできるからいーの。
雪:へぇ~何系?
遥:……ライター、みたいな。
雪:あ~…それっぽい!
遥:どういう意味よ。
雪:いやぁ、えへへへ。相変わらず群れないなぁっと思いまして。
遥:ぼっちって言いたいの?
雪:これでも言葉を選んだんだよ?
遥:ふん。相変わらず、能天気そうな顔しちゃって。
雪:うふ。そうみえる~?
遥:ええ。そう思わせようとしてるのがみえる。
雪:あ、ははは―……手厳しいのも相変わらずだね。
遥:私相手に気遣いを期待してきたの?
雪:そうよぉ、はるちゃん!やさしくしてっ
遥:いやよ。
雪:つめたいなぁ。さすが氷の女!
遥:なつかしい呼び方。
雪:私よりずっと「雪」にふさわしいよねって言われてたよね~
遥:………そうね。でも全然そんなことなかった。
雪:ん?
遥:貴方の方がずっと「雪」らしいわ。
雪:え、なになに?なんで?
遥:私を置いて消えちゃったじゃない。
雪:……いやぁ、手厳しー……
0:気まずい沈黙。
雪:あ、あー……そういえば遥。SNSなんてやってたんだね。びっくりした!
遥:仕事で必要だったの。
雪:だとしても、だよ!そんなのやるイメージなかったから。むしろスマホもってんの?って感じ。
遥:なにそれ。どんなイメージよ。
雪:大正文学少女?
遥:ばっかじゃないの。
雪:あ~そんな感じ!ツンデレって知ってる?
遥:さすがに知ってるよ。ばかにしすぎ。
雪:馬鹿にしてないって!遥なんか小難しいのばっか読んでたじゃん。なんだっけ、えっと、友達が死ぬ話。
遥:たくさんあるけど。
雪:え、そんな本ばっか読んでたの?はるちゃんこわ~い!
遥:かえるね。ばいばい。
雪:まってまって!えーっと、あれだ。教科書にのってたやつ。ちょび髭のおっさんの、ええーっと、あーっと、がんばらないやつはだめだ、みたいなこと言って友達しんじゃうやつ。
遥:『精神的に向上心のないやつは馬鹿だ』?
雪:そうそう!ほら、教えてくれたじゃん。あのかび臭い図書館で。
遥:夏目漱石の『こころ』?
雪:うん。なんかあのイメージがずっとある。
遥:そうなの?
雪:うん。くじけそうになった時とかね、もう駄目だ~ってなった時、遥のこと思い出してたからかな。遥の声でね、聞こえたんだ。二人で読んだ本の一文が。
遥:……そう。
雪:うん。ずっと会いたかった。会えなかったけど。
遥:…………そのわりには、すぐ思い出せなかったみたいだけど?
雪:うっ、それはぁ、だってぇ、本とか読まないし!
遥:相変わらずね。
雪:能天気って?「さっき言った」よ。
遥:相変わらずの馬鹿ね。
雪:ひどい!馬鹿って言う方がバカなんだよ!
遥:……うふふ。
雪:(ちょっと笑いながら)も~っ!
0:二人で笑いあう。
雪:……はるか。
遥:なによ。
雪:私のこと、恨んでる?
遥:この流れできく?
雪:だって。
遥:……なによ。
雪:だってぇ。
遥:だからなに。
雪:わたし、遥を裏切っちゃったから。
遥:ええ。
雪:ずっとずっと会いたかった。会って、謝りたかった。でもそんなの、私の自己満でしかなくて。
遥:……………そうね。
雪:わかってたの。わかってたから会えなかった。もうこれ以上遥に嫌われたくなかった。
遥:(くすりとわらう)嫌う、ですって?
雪:遥?
遥:私が貴方を嫌うはずないじゃない。あの頃の私には貴方だけだった。私にとっては貴方だけが全てで、貴方が私の光だった。
雪:はるか……
遥:だから……。ねぇ、ゆき。
遥:真っ暗な世界で唯一の光を奪われた人がどんな感情を抱くと思う?好きだの嫌いだの、そんな生やさしい感情だと思う?
雪:……っ!
遥:私も、貴方に聞きたかったわ。どうして時間になっても連絡しなかったの。どうして待ち合わせ場所に来なかったの。どうして?……どうして私を裏切ったの?
雪:それはっ!
遥:それは?
雪:……こわ、くて。
遥:…………
雪:朝、制服を着て準備をして、玄関に座って、ずっと靴紐を結んでたの。でも、何回やっても上手く結べなくて。ううん、違う。そうじゃなくて、お母さんが起きてきて……ちがう。そうじゃないの。わたし、わたし……
遥:(かぶせ気味に)もういいわ。
雪:わたし、ずっと遥に(あやまりたくて)
遥:もういいって言ってるでしょう。
雪:……ごめん、なさい。
遥:(ふかいため息)……ほんとうに、いいの。もう、11年も前のことよ。
雪:…………うん。
遥:何をしたって、何を言ったって、過去のことでしかない。
雪:でも、
遥:…………
雪:でも、私にとってはずっと遥は友達だったよ。離れても一番の友達だった。だからどうしても、最後にもう一回話したかったの。
遥:「あの頃みたいに」?
雪:……うん。
遥:(ため息)……私、今日貴方にもう一つききたいことができたの。
雪:な、なに?
遥:どうして、手袋をはずさないの?
雪:…………なんで?
遥:(無視して)いい手袋ね。薄手だけど丈夫で、細かい作業もしやすそう。室内でつけていても、『潔癖症なんです』とか言っておけば、まかり通りそうなデザイン。
雪:そ、そうだよ、潔癖症なの。
遥:つまんない冗談。
雪:………………
遥:おぼえてるわ、貴方の癖。貴方、不安なことがあると自傷に走るよね。そのくせカッターとか刃物はビビりだから持てなくて。そうだな、さしずめ爪の跡でいっぱいってとこ?今日、私と会うのが不安だった?
遥:それとも、別の理由?
雪:………なんで。
遥:なにが?
雪:なんでそんなこと聞くの。
遥:はぁ?
雪:どうでもいいじゃん、私の事なんて。
遥:なにいじけてんの。
雪:だって、遥には関係ない。
遥:あっそ。
間。
雪:……ごめん。
遥:いいわ。踏み込まれたくないんでしょう。
雪:うん。
遥:なら聞かない。
雪:私のこと、嫌いになった?
遥:あんたいくつよ。
雪:だって、
遥:ほんと馬鹿な子。
雪:うぅ……
遥:この私が、どうでもいい奴に時間を割くわけないでしょう。それに、さっき言ったよね?嫌いじゃないって。
雪:でも、私のこと恨んでるでしょ?
遥:当然。
雪:………
遥:それでも、11年経っても、恨んでるだけじゃないから今日ここに来たんじゃない。あんな胡散臭いメッセージひとつでここに来た私を、貴方なんだと思ってんの?
雪:遥は優しいな、って
遥:脳みそにハエでも止まってんじゃないの。
雪:そこまでいう?
遥:……私相手にそんなこと言うのは、今でも貴方ぐらいだわ。
雪:遥は、ずっと優しいよ。あのときも、いまも。
遥:勘違いしないで。だれにでも優しい女じゃないのよ。
雪:うそだぁ。
遥:嘘はきらいよ。貴方と違って。
雪:うっ(口ごもる)
遥:ふふ。……さて、コーヒーも飲み終えたし、そろそろ行きましょうか。
雪:え?
遥:なに?
雪:あ、ううん。今日は来てくれてありがと、じゃぁまた……
遥:ちょっと、なに解散しようとしてんの。
雪:だ、だって。
遥:いくんでしょ、海。貴方が言ったんじゃないの。
雪:え、だって、あれは、
遥:いいから。はやく。
雪:まって、私、なんの準備もしてない!
遥:準備なんていらないでしょ。いくわよ。
雪:まって、遥!
雪:(M)さきを行く彼女の背中を慌てて追いかける。「冬の海へ行こう」なんて、本気ではなかった。だって、あれは私と彼女との符牒(ふちょう)のようなものだ。だいたい、本当は彼女と会えるとも思ってなかった。返ってくるはずのない、メッセージだったのに。
遥:ほら、のって。
雪:え、車でいくの?
遥:歩きでいける距離じゃないでしょ。
雪:(M)仏頂面(ぶっちょうづら)の彼女に車に押し込められて30分。沈黙の車内をたえつつたどり着いたのは、幼かった私達の最終地点にして未到着地点。
雪:ちっぽけな、地元の海岸だった。
〇:場面転換。海岸にて。
遥:うっわーぁ、さっぶ。
雪:……ね、ねぇ。帰ろうよ。風邪ひいちゃう。
遥:ここまできて?さっさと来なさいよ。歩いていれば暖まるわ。
雪:う、うん……
間。
雪:あの、さ。
遥:うん。
雪:今日、遥を呼んだのはさ、別にその…なんかあったわけじゃなくて。
遥:うん。
雪:私、その、謝りたかったっていうか。あ、これも違うな。えっと、顔がみたかった、みたいな?あの、本当はそもそも、メッセージ返ってくるとも思ってなくて。
遥:うん。
雪:ねぇ、きいてる?
遥:うん。
雪:……遥?
遥:……きいてる。
雪:じゃ、じゃぁなんで答えてくれないの。
遥:貴方が嘘ばかり言うから。
雪:は、はぁ?嘘なんかっ
遥:言ってるでしょ。
雪:言ってない!何が嘘だっていうの?
遥:その顔。
〇:遥、雪に近づく。
雪:…っ!
遥:変わらないのね。すぐ表情にでる。
雪:………
遥:不安でたまらないって顔。聞こえるわ、たすけて、って。
雪:言ってない。
遥:言ってる。
雪:私は何も言ってない!なんなの、さっきから!遥に何がわかるっていうの?
遥:わからないわ。貴方が言わなきゃ何もわからない。
雪:はぁ?意味わかんない!
遥:貴方、死ぬ気なんでしょ。
雪:は………?
遥:今、自殺考えてるんでしょ?だから私にメッセージ送ったんでしょ?心中相手をさがすために。
雪:ちがっ
遥:わかるわ。だって、昔の私と同じ顔してる。貴方に裏切られて、ひとりで駅のホームに立っていた私と。
雪:…………
遥:おぼえてる?むかし、ふたりで海にいこうと約束したときのこと。あの時、貴方、笑って「うん」って言ってたわよね。私、嬉しくて嬉しくて……でも、きっと貴方は本気じゃなかった。私と沈んでくれる気なんてなかった。
雪:そんなことっ
遥:ないって言える?
雪:………
遥:言えるはずないよね。結局、貴方来なかったんだもの。恨んだわ。ひとりで死んでやろうと思った。目の前がまっくらになって、駅のホームに飛び込もうとしたの。
雪:……おかあさんから、きいた。
遥:そう。
雪:車掌(しゃしょう)さんに助けられたって聞いて……すごく安心した。生きててくれて、よかったって思った。
遥:私は、いまでも後悔してるわ。
雪:え
遥:あそこで死んで、ゆきの一生の傷になれなかったこと、今でも後悔してる。
雪:な、なんでそんなこというの……っ
遥:わからない?
雪:わからないよ!いまでも遥は私の一番の友達だよ?それじゃダメなの?
遥:ダメよ。今の貴方じゃだめ。
雪:いま、の私?
遥:私は、あの頃の貴方が好きだったんだもの。臆病で優しくて。結局私と一緒に死んでくれなかった、私の唯一の光であった貴方が。
雪:……なに、それ。
遥:いまの、こんなだっさい顔してる貴方はお呼びじゃないってこと。
〇:遥、雪の頬を平手打ちする。
雪:いっ…!?
遥:いった~!手が痛い!人を殴るのって、難しいわね。
雪:こっちのセリフなんだけど!?
遥:手首のスナップが必要なのかしら?
雪:ちょっと、はるかさん!?話きいてる?
遥:きいてないわ。
雪:きいてるじゃん!なんで私殴られたの、今!
遥:ムカついたから。
雪:キレやすい若者かよ!いくつですかぁ?
遥:25ね。
雪:素直か!そういう問題じゃなくて!
遥:そして貴方も25。
雪:知ってますが?
遥:もう25になるのよ、私たち。
雪:だからぁ?すっごくジンジンしてるよコレ?やばいんじゃない?これ絶対腫れるやつじゃない?
遥:もう、ひとりで海に来れる年齢なのよ。
雪:………………
遥:子どもの頃みたいに、電車を待つ必要もない。親の財布からお金を盗んで旅費を貯める必要もない。どこにだっていける。なんにだってなれる。今の自分だって、簡単に捨てれる。
雪:……そうだね。
遥:それなのに、あなた。今更どこに行く気?
雪:遥には関係ない、よ。
遥:貴方から連絡送ってきたのに?
雪:メッセージ返ってくるとは思わなかったから。
遥:今日だってのこのこ現れて。
雪:遥がちゃんと来るとは思わなかった。
遥:昔みたいな明るい笑顔で、どうでもいい話をするから、すっかりだまされたわ。
雪:どうでもいい話って!ひどいなぁ……それに、なにもだましてなんかないよ。
遥:だましたわ。ほら。
〇:遥、雪の手をとり、無理矢理手袋をはぎとる。
遥:貴方、こんなに傷を隠してた。
雪:……っ!ちょ!やめてよ、返して!
遥:うっわ、なにこれ、ミミズ腫れになってる……
雪:ちょっと!いくら遥でも怒るよ!
遥:怒れば?
雪:やめてってば!
〇:雪、遥から手袋をとりかえす。
雪:(荒い息)やめてよ……どうしてひっかき回すの……終わりでいいじゃん、もうさぁ。
遥:いやよ。
雪:なんで!
遥:ムカつくから。
雪:なにが!
遥:貴方を見てると、私のゆきはもうどこにもいない、ってわかってムカつくから。
雪:~~っ!当たり前でしょ!11年だよ!何もかも変わったの!
遥:そうね。私も、もう昔の私じゃない。そして貴方も。……もう私のゆきじゃないのね。
雪:「昔の私、昔の私」っていうけど、昔のなにがいいっていうの?今の私だって頑張ってきた!こんなに、必死に、頑張ってきたのに!
遥:………
雪:あの後から、遥と離れ離れになってから、私ずっとずっと、頑張ってきた!まだできる、まだやれるはずだって!だって私は遥を見捨てたんだから、頑張らなきゃだめだって!
遥:………
雪:いっそ忘れたいって何度も思ったよ!でも聞こえるの。耳の奥で遥の声がする。『馬鹿だ』って。私は馬鹿だ。大馬鹿者だ。たったひとりの友達を見捨てた、人でなしだ!だから頑張らなきゃ。もっともっと頑張らなきゃ。これ以上人でなしになっちゃいけない。だからずっとずっと頑張って、頑張って……
遥:そんなの、頼んでないわ
雪:!
遥:私は、そんなこと頼んでない。
雪:わかってる……わかってるよ。でももう、どうすればいいかわかんないの…(すすり泣き)
〇:しばらく雪のすすり泣きがつづく。間。
雪:ねぇ。
遥:なに。
雪:試しに聞いてみるんだけどさ、あのさ。
遥:はやく言って。
雪:わたしといっしょに、溺れてくれない?
遥:絶対いやよ。
雪:だよね。
遥:どうしてここで中学時代の再演をしなきゃいけないの。とんだ地獄絵図だわ。
雪:そう言うと思った。
遥:死ぬならひとりで死になさいよ、裏切り者。
雪:はいはい。
遥:……って言いたいところだけど。
雪:ん?
遥:気が変わった。
雪:は?
遥:貴方ひとりで、溺れさせたりしないわ。
雪:まって?
遥:貴方がどんな問題を抱えていようが、何に悩んでようが関係ない。死なせやしない。逃がさないわ、絶対に。
雪:え、え、まって。なんでそんな話になるの。
遥:ムカつくから。
雪:またそれぇ?
遥:貴方ひとりだけ、言いたいこといって。やりたいことやって。また私だけ置いて消える気?そんなの許せない。
雪:どうしてそんな話になるの!?
遥:だって、そうでしょ?私と別れた後、どうせ貴方死ぬ気だったんでしょ?
雪:え、まぁ……
遥:それをニュースでみた私がどんな気持ちになるかわかってる?すごく嫌な気分になって、朝から酒飲んで会社無断欠勤するかもしれないでしょ。
雪:う、うーん。そうかもね?
遥:そうよ。きっとそうなる。どうするの、その無断欠勤が理由で免職にでもなったら。貴方責任とれるの?
雪:死んでるから無理だね、うん。
遥:そこらへん考えときなさいよ、馬鹿ね。
雪:ご、ごめん……え、まって。今の私が謝るとこ?
遥:私がしねなかったのに、貴方だけ先にしぬなんてずるいわ。許せない。
雪:どういう理由?もうちょっとマシなこと言って、お願いだから。
遥:本当のことだもの。
雪:そこはさぁ、今でも友達だから!とかさぁ。
遥:11年も離れていたら、ほぼ赤の他人よ。
雪:私は言いましたけど?
遥:とんだペテン師ね。
雪:そういうこと言う!?
遥:ふふふふ。存分に生きて苦しみなさい。
雪:笑い事じゃないんですけど~!あーっもう!なんでこうなるかなぁ!
遥:思い出って美化されるものだから。
雪:ちっくしょう……あ~あ~ばからし!
遥:あははははは!
雪:(M)大口を開けて笑う遥は、確かに昔の彼女と違っていた。こんな顔で笑う女ではなかった。
雪:(M)あの頃の彼女はどこか透明で、遠くを見ていて……あの時、私が裏切ったあの消えそうに美しい少女は、きっともうどこにもいないのだと、その時ようやく私もわかった。
遥:さて、そろそろ帰りましょうか。
雪:何のためにここまで来たの……
遥:思いっきり叫べて満足したでしょ?
雪:するかぁ!
終。
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