〇作品概要説明
1人用朗読台本。ト書き含めて約3000字。さくらが嫌いな男の話。ボーイミーツガール。
〇登場人物
俺:受験生。
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作者:七枝
本文
さくらなんてきらいだ。
一体全体、日本人はなんで桜なんか好きなんだ。春になったら、どいつもこいつもさくらさくら。北にいこうが南にいこうが、さくらさくらさくら。ニュースをみようがバラエティをみようが、花見の話、さくらの話。酔っ払って失敗した話。
テレビを消して、外にでても、どこもかしこも浮かれ調子。なにがさくらだ。なにが八分咲きだ。俺には知ったこっちゃあない。あんなの散れば汚いだけじゃないか。地面を無駄に汚して、清掃員さんに失礼だと思わないのか。
ぱっと咲いてあっという間に散って。少しも俺をまってくれやしない。あんな花の何がいいというのか。
言いたかぁない話だが、この春、俺は受験に失敗した。始まる前から無理とわかっていた受験だった。高校2年時の学力から1ランクどころか2ランクも3ランクも高い壁を突破して、死ぬ気で机にかじりつかないと到底合格できない大学だった。
教師には、悪いこといわないからやめろと言われ、親からは無理してもいいことはないと止められた。それでも、どうしてもその大学に入りたくて、反対を押し切っての受験だった。
結果、見事不合格。周囲も納得の結果。サクラチルってやつだ。ははっ。そうさ、笑ってくれ。
栄養ドリンクを何本も一気飲みして、英単語をかきなぐった夜も、数学の初歩の初歩がわからなくて、うざがる教師を数時間職員室に引き留めた放課後も。すべてすべて海の藻屑。泡沫の泡(うたかたのあわ)。無駄だったってわけだ。これが笑えなくて何を笑うっていうんだ。ははははっ!
……そうやって、泣くこともできずに、部屋から動かなくなった俺を、親はずいぶん心配してくれた。友人も不合格を知ってから一日一回はなんやかんやで連絡をくれるし、教師は滑り止めの大学に受かっただけで快挙だと、なにかと気をつかってくれる。
わかってる。わかっているのだ。がんばって、やりきって、それでも落ちたなら仕方がない。受かっている大学があるだけで恵まれているのだ。あとは気持ちを切り替えて、のこりの高校生活を大事にすごせばいい。
嫌々受けた滑り止めも、調べたらいい大学だった。校舎は広いし、サークルは豊富。勉強は興味ないが、たしか先輩が面白い教授のセミナーがあると言っていた気がする。
なにも心配することはない。わかっているのだ。でもどうしてもあの大学がよかった。あの大学でなければだめだったのだ。
鬱々(うつうつ)とした気分を抱えたまま、自室にこもっているうちに、否が応でも外に出て行かなければならなくなった。高校の卒業式だ。心配した友人に引きずられるように学校に向かい、久しぶりに校門をくぐる。
そして今、こうして卒業式の場に立っている。校長の長ったらしい訓示や後輩どもの挨拶とやらを聞きながら、これで高校生活が終わるのかと思う。
周りをみれば、ちょっぴり涙目のやつ、豪快(ごうかい)に泣いてるやつ、あくびしているやつ様々だが、皆なんだかんだでこの卒業式という雰囲気に飲まれているやつらばっかだった。
俺だけなんだかひとり取り残されたみたいに、どうしてここに立っているかわからない。なぜ俺は卒業式にでているんだろう。なぜ言われるままここに立っているのだろう。高校を卒業したって、次になにがあるってわけじゃあないのに。
ぼんやりと前をみていると、見覚えのあるやつが隣をすりぬけていった。
3年間、声もかけずに目で追っていた背中。少し色素のうすい茶色の髪。ぴんっと背筋を伸ばした姿勢は美しく、しかし隣に並ぶと意外に小柄なその人物が、棒立ちの人盛りから楚々(そそ)と抜け出して、壇上へあがっていく。
「卒業生答辞」
アナウンスが流れ、あいつが語り出した。大きな瞳がまっすぐと俺を、いや、俺らをみつめて語り出す。
「春の暖かな日差しが体全体で感じられ、校庭の木々の芽をふくらむ季節となりました。本日この良き日、私達132名はこの校舎を旅立ちます……」
いままで左から右へ流していた卒業式の文句が、すぅっと耳の中に入り込んできた。
別になんてことのない台詞だ。よくある卒業生の文句ってやつ。だが、自然に胸が熱くなってきて、鼻がつーんとしたかと思うと、目から液体がだらだらと流れ落ちてきた。
泣いている。俺、いま泣いているんだ。ほかのやつらと同じように。
あいつの答辞を聞きながら、泣いている。でもそれは卒業式に感動しているからではなかった。悔しかったのだ。悔しくて悔しくて仕方なかった。
「すばらしい出会いをくれたこの学校に、そしていままで私達を見守ってくれた保護者の方々、全ての方に心から感謝して、答辞といたします」
あいつの大きな目がふせられ、日時をよみあげていく。終わってしまう。あいつの目をみる機会も、あの美しい背中をみる機会も、これで全て終わってしまう。
「佐倉、おつかれさま」
席へ戻る背中めがけて、そっと小声で声をかけてみた。聞こえなかったのか、それとも式の途中だからか、あいつは振り向きも答えもせず、列に戻っていった。
そうだ、どうせこんなもんだ。こうして俺の高校生活は終わっていく。それがなんだというのだろう。世界がおわるわけでもあるまいし。
卒業式がおわり、体育館が開放されると、後は教室で最後のホームルームをうけるばかりとなった。友人に肩をつかまれながら、集団に流されていく俺の背中に、ぽんっと軽い感触があたった。
「さっきはありがと」
あいつだった。それだけ言うと、返事も待たずに横を通りぬけていく。先ほどと同じように、ぴんっと背筋を伸ばした、美しい後ろ姿で。
俺をおいて遠くへいってしまう。
たまらなくなった。思わず手を伸ばしたが、彼女をつかむことは叶わなかった。桜の花弁のように、するりとすりぬけていった。
様子のおかしい俺を、友人が心配している。立ち止まった俺達へ、後続集団の舌打ちがきこえる。春の日差しのやわらかさが、目についてうっとおしい。
ああ、だからさくらはきらいなんだ。
おいつけないくせに、つかませやしないくせに、目の前をちらちらと。目に焼き付いて離れない。
なんだか何もかもが嫌になった。胸がどうしようもなく苦しくて、自分が愚かな決断をしてしまったことがわかった。
俺は、今年もまた受験するだろう。親に頭を下げ、バイトで塾代をかせぎ、友人共がバラ色のキャンパスライフを送る中、灰色の受験生活を送ることになるだろう。
どうしようもなく頭の痛い未来だ。目の前がまっくらになるような想像だ。
だが、それでも諦めきれないと今、わかってしまった。もはや走り続けるしか道はのこってないのだ。そうしなければ今以上に苦しくてしょうがない。立ち止まって、後ろをふりかえる自分なんて考えたくない。今追いつけないなら、いつか追いつけるまで走らなくてどうするというのだ。さくらを目で楽しむだけの3年間なんて、捨ててやる。
馬鹿だと思うなら笑ってくれ。自分ならもっと上手くやるというならやってみるがいい。でも、結局、俺はこういう選択肢しか選べないんだ。
「さくら、ちょっとまってくれ!」
さくらなんてきらいだ。ああ、もちろん嫌いだとも。
でも今、もしふりむいて、もう一度おれをみてくれたなら。
走り始める前に、違う答えを君にどうか、告げさせてくれ。
〇おしまい
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