怪談台本/井戸の声(不問1人)

〇作品概要説明

1人用怪談台本。ト書き含めて約2000字。幼き日の罪の記憶。


〇登場人物

俺:設定上男だが、改変可能。


〇ご利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。

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作者:七枝


本文





俺さぁ、雨の日だめなんだよね。苦手なの。

片頭痛?や、そんなんじゃなくて、トラウマみたいな。

……なんかさ、こういう話すると馬鹿にされるかもしれないけどさ、雨の日ってあれじゃん。色んな音がするじゃん。

水の音に混じって、色々聞こえるだろ。カエルの声とか車の音とか……人間の話し声とか。そういうのが、カンに触るんだよね……逃げ出したくなる。


……ガキの頃さ、よく田舎のばぁちゃんちで遊んでたんだ。離れに井戸がある家でさ。井戸であそぶな~って五月蠅いくらい言われてたんだけどさぁ……ガキだから。気になるじゃん、やっぱり。

近所のダチ連れてわらわら遊んでるうちに調子に乗っちゃって。流れで井戸みせることになっちゃったんだよ。


そしたらもう、遊ぶなってほうが無理だよね。石なげたり、桶で水をすくってみたりなんてのは可愛い方で、しまいには桶に座って「探検だ~」とか言い始めて。

俺も止めたんだけどさぁ……そんなんで止まるようなら、そもそもそんなこと始めないんだわ。


んで、桶に座った馬鹿が井戸の底みたいっていうから、みんなで支えて、おろすことになったの。

……や、わかるわかる。アホだって言いたいんだろ。そうだよ、アホだよ。アホでした。

……で、おろすとこまではうまくいったんだけど、子どもの力じゃ持ち上がらなくて。「どうしようどうしよう」ってパニック。

気が気じゃなかったね。ばあちゃんに怒られる、かあちゃんに叱られるってガタガタ震えながら必死に縄つかんでんの。手の皮すりむけるくらい引っ張ってさ。


……でも、全然持ち上がらなくて。しまいには後ろの方で引っ張ってたやつが「帰る!」とか言って、逃げちゃってさ。

ありえなくない?お前が掴んでたのは、人ひとり分のいのちの重さよ?いや、俺もそんときは、そんな自覚なかったんだけどさ。

井戸の底の馬鹿がさぁ……いうのよ。「たすけて」って。


「たすけてくれ」「だしてくれ」…って。声はりあげてんのが聞こえてくるのね。耳ん中張り付いたみたいに、べっとりその声がこだましてさぁ。

……不安だったんだろうね。桶ゆらしてくるから、縄がぶんぶん揺れてさ。ばしゃばしゃ水の音がするの。

こわかったなぁ。ここで手を離したら、こいつ死んじゃうんだ、って思った。あの恐怖ったらなかった。

それまで「叱られる」ってだけだったのに、比べようのないくらいの分岐点にいることがわかってさ。


逃げた奴につられて、ほかにも抜けた奴がいたけど、そこから縄は動かなかった。

……のこったやつ、全員理解してたんだろうね。今ここから逃げたら自分が人殺しになる、ってこと。俺ら、とりかえしのつかない間違いをしちゃったこと。理解してたんだ。きっと。


それから10分、いや20分くらいかな。俺たちからしたら、もう一昼夜そうしてた気がしたけど。逃げたやつのひとりがさ、大人たちを呼んできてくれて。

…んで、井戸の底の馬鹿と俺らは助け出された。


うん、ほっとしたよ。ばあちゃんからはめちゃくちゃ怒られたけどね。でもこれでおしまい。全員家に帰った。クソガキのよくある失敗談ってことで、この話は終わった。


……あ?それのなにがトラウマなのって?

今から話すよ。ここからが本番なんだって。せかすなよ。


それから15年ぐらいたって、俺は大学生になってた。

もうすっかりあの井戸の話なんて忘れて、普通に暮らしてたよ。親元から離れて一人暮らししてた。知ってるだろ?

んで、ある日かあちゃんから電話がきた。ばあちゃんが死んだってな。

それで、田舎に帰ったんだよ。慣れない喪服着てさぁ、ネクタイ締めたりして。


……ん?ああ、きにしなくていーって。ばぁちゃんも歳だったし、進学してからは会うこともまれだったしな。

そりゃぁガキの頃には世話になってたからさみしくはあったけど……でも、正直その後の方が、インパクトやばかった。


葬式後のことだった。線香あげて、遺影に手ェあわせて、じゃぁ飯くってかえろっか~ってなった時、ふと誰かが言い出したんだよ。……あの井戸の話。


馬鹿なことしたよな、何もなくてよかったなって笑い話だったんだけどさ。……あのとき井戸に降りたの誰だっけって話になって。だれもおもいだせねぇの。そいつの名前。


おかしな話だよな。同じ縄に握ってたみっちゃんもじろーくんも、逃げてった坊主兄弟の名前も覚えてるのに、井戸に降りた馬鹿の名前は覚えてなくてさ。いちばん先に出てきそうなもんなのに。


まぁ、そんなこともあるかってそんときは流したんだけど……なぁんか気になってさ。家に帰る前に、寄ってみたのよね、例の井戸に。


……井戸は変わってなかった。あいかわらず、古くてかびくせぇのがぽつんと離れにあってさ。ガキの頃はこれの何が面白かったんだろうなぁ、なんて思いながら、なんの気なしに覗いてみたんだよ。そしたら、声がした。

子どもの声だ。井戸の暗がりの向こうから、甲高い子どもの声が響いてきた。


嘘だと思うか?気のせいだと思うか?でも俺はみたんだ。

井戸の底から俺を見つめ返す、一対の目を。


あいつは俺をまってた。まだ引き上げられていなかったんだよ。あの日の過ちはまだ続いていたんだ。あいつは、井戸の底で、ばしゃばしゃ水をかきながら俺たちを待っていた。


「たすけてくれ」「ひきあげてくれ」「だしてくれ」…って、確かにあいつはそう言っていた。


終了。

七枝の。

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