〇作品概要
主要人物2人。ト書き含めて約6000字。悪魔と契約者のブラックコメディ。
〇登場人物
僕:語句の前に「あ」とか「え」とかいうのが癖。男女不問。一人称語尾変更ご自由に。
悪魔:男女不問。仕事熱心。名前はたぶんジーニー。
〇ご利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。
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作者:七枝
本文
〇『』はモノローグ。
僕:『僕がひとつ、これを聞いてる貴方にアドバイスできるとしたら、それは不審なメールは開いちゃダメだっていうことだ』
僕:『おっと、笑わないでくれよ。そんなの常識って聞き流すのもなしだ』
僕:『大事なことなんだ。いいかい、紳士淑女老若男女よいこの皆さんは間違ってもスパムメールを開いてはいけない。況や(いわんや)面白がってURLにアクセスしたりなんて、ぜったいにしてはいけない』
僕:『いいね?僕との約束だよ。そうしないと―…大変なことになる』
〇少し間をあけて。
僕:うわっ
悪魔:うわーい!
僕:な、なななっ
悪魔:なななんと、幸運なお客様!こんばんはこんにちはおはようございます。アナタの心ににこにこ這い寄る優良企業、デモンズマーケットでっす!ご利用ありがとうございまーす!
僕:なんだよ、きみはー!?
悪魔:ワタクシ、デモンズマーケット営業担当のジーニーと申します。はいこれ名刺。
僕:あ、ご丁寧にどうも。
悪魔:いえいえいえ~
僕:えっと、ジーニー…さん?
悪魔:はい。親しみをこめて、ジニたん、とお呼びください。
僕:はぁ……あの、それで君は……
悪魔:ジニたん。
僕:……えっと、
悪魔:ジニたん、ですよ。マスター
僕:ま、ますたぁ!?
悪魔:うん?お客様の方がよかったですか?
僕:あ、そういう意味のマスターね。オッケー
悪魔:はい!
僕:えっとそれで、君は……
悪魔:(かぶせ気味に)ジニたん
僕:ジニたんさんは、どこからきたの?ってかどうやってここへ?
悪魔:ワタクシはマスターに呼ばれてこちらへやってきました!マスターのスマホから!
僕:はぁ?
悪魔:はい!
僕:僕が?
悪魔:はい!
僕:君を?
悪魔:はい!
僕:スマホから?
悪魔:はい!そうでございます!理解がはやくて助かる~!
僕:いやいやいや!何も理解できてないんだけど!
悪魔:やだなぁ、先ほど復唱したことが全てですってば。
僕:もっと何かこう、あるだろう!君はどこの誰で何が目的でどうやってここにきた!
悪魔:おお、素晴らしいHOWとWHATの使いこなし!では、ワタクシもしっかりお答えしましょう。ワタクシは『アナタの欲望をとことん応援する企業、にこにこデモンズマーケット』の営業担当ジーニーでございます。こちらへは、マスターとの商談の為、お使いのスマートフォンを伝って(つたって)やってまいりました。
僕:え、なに?商談?
悪魔:はい!新米悪魔でございますが、マスターの欲望にゼロから百までしっかりと応えてまいりますので、よろしくお願い致します!
僕:は?悪魔?スマホ?……って、つまりなんだ。押し売り?
悪魔:押し売りだなんてとんでもない!
僕:うわっ
悪魔:ワタクシ共はちゃんとお客様の許可をとって、商談に伺っております!マスターも、ほら、そのメール!
僕:え、なに。ちかいちかい。ちかいんだけど!
悪魔:マスターがワタクシ共からのメールに反応していただけたから、伺ったのですよ!それを何ですか、悪徳業者みたいに!
僕:まってまって。唾が散る。唾が散るから。汚いなぁっもう!
悪魔:!……大変申し訳ございません。ただワタクシ、マスターには理解していただきたくて……つい力が入ってしまいました。
僕:……いいよ、べつに。
悪魔:感謝いたします、マスター
僕:それで?ジーニーさんだっけ?
悪魔:はい!ジニたんとお呼びください!
僕:ジニたんさんは、悪魔なの?
悪魔:ええ、まあ。新米ですが。
僕:悪魔に新米とかベテランとかあるんだ。
悪魔:人間だって赤ん坊やら年寄りやらいるじゃないですか。
僕:……そういう?
悪魔:ええ。ワタクシ発生して間もないのです。ぴよぴよ。
僕:ちなみにおいくつで?
悪魔:そこ聞いちゃいます?
僕:あ、嫌だったら全然!
悪魔:百年と二十一歳になります。
僕:へ、へぇ~……
悪魔:おや、信じておられない?免許証みます?
僕:免許証あんの!?
悪魔:もちろん。
僕:いい、いい。出さないで。しまっておいて。
悪魔:そうですか?それでは失礼します。
ー悪魔、取り出しかけた財布をカバンにしまう。
僕:それで、悪魔っていうことはアレ?『魂と引き換えになんでも願いを叶える~』とかそういう?
悪魔:さすがマスター!そのとおりでございます。ワタクシ共デモンズマーケットは、お客様の魂に応じて、お望みの品を用意するのが生業(なりわい)でして。ああ、そうだ。マスター。
僕:ん?
悪魔:失礼ですが、少しお手をかしていただいても?
僕:う、うん。
悪魔:ふむふむ。う~ん…
僕:え、手相みてんの?なんで手相?
悪魔:ありがとうございます。次はお口を大きく開けてくださいますか?はい、あーん
僕:あー
悪魔:ほうほう。なるほどなるほど。
僕:………?
悪魔:最後にその場でターンして一言。「僕の魂を君に捧げます!」
僕:「僕のたましいを君に……」ってなにこれ!?
悪魔:(舌打ち)ちっ
僕:え?
悪魔:いえいえいえ~ありがとうございます、マスター!おかげさまで大体のことはわかりました!
僕:うんん?
悪魔:マスターの魂はDランク。きわめて平凡でスタンダードな魂ですね。叶えられる願いの上限といたしましては、金額なら二億、寿命ならプラス二十年、魅力なら人気地下アイドル程度というところでしょうか。おすすめは余命切り分け型の魂ひとつ分コース。こちら大変人気なコースとなっておりまして、ご自身の魂と余命十年を対価に、欲望を上乗せできる、お得なコースとなっております。
僕:ちょ、ちょっとまって。上限あんの?
悪魔:はい?
僕:ちがうじゃん。ふつーちがうじゃん。魂を引き換えに何でもって言ったら本当に「何でも」じゃないの!?
悪魔:はんっ(鼻でわらう)
僕:!!?
悪魔:いえ、失礼。マスターはあれですか?ダイエット食品を購入して、「食べたのに太った!」とかいっちゃうタイプのお方ですか?
僕:馬鹿にしてるの?
悪魔:まさかまさか。そんなわけないじゃないですかぁ。ぷぷっ
僕:おまえなぁ!
悪魔:いいですか、マスター。上手い話なんてないのです。ありえないことは本当にないのです。夢を壊すようで恐縮ですが、前時代で頭の固まったご老体でもないのだし、夢見がちなカスハラはおやめください。
僕:カ、カスハラ!?
悪魔:ええ、カスタマーハラスメントの略ですね。
僕:そんなことは知ってる!
悪魔:それは失礼しました。
僕:僕は客だろ?なんだよ、その態度は!
悪魔:おやおやおや?それこそカスハラテンプレ台詞ではありませんか。
悪魔:マスター?どうか落ち着いて考えてみてくださいまし。そうですねぇ、たとえばマスターが家庭用ウォーターサーバーの販売員だったとしましょう。
僕:ああ?
悪魔:凄腕営業マンのマスターは見事アポイントをもぎとり、マニュアルどおりお客様にこうご案内します。設置費はこれこれ、月々の代金はこれこれってね。
僕:………
悪魔:そこでお客様がこうおっしゃるんです。「思ってたのと違う!設置費はらったのだから、毎月のお水もタダでちょうだいよ」ってね。ねぇ、どう思います?こう言われたらどんな気分になります?
僕:いや、だって……ちがうじゃん。そういうのじゃないじゃん。
悪魔:はい?
僕:悪魔との契約~とか、魂を対価に~とか、ね?そういうのはアレじゃん?ファンタジー的なさぁ。
悪魔:現実の取引にファンタジーもクソもないんですよぉぉ、マスターぁぁっ!
僕:ひっ
悪魔:マスターにはわかりますかぁ?来る日も来る日も営業にまわり、一件も契約をとれないワタクシ共の苦しみがぁぁ!「おいまたノルマ達成していないのお前だけだぞ」「新米といえぞこのくらいは…」「俺がお前のころはもっと…」うっせぇ、だまらっしゃい!
僕:………
悪魔:営業にいったら行ったで、とあるお客様からは塩をなげられ、とあるお客様からは聖水をなげられる。やっと話をきいてくださるお客様がいらっしゃったかと思えば、約束がちがうとクレームをつけられる!どうしてですか?ワタクシはちゃんと最初から説明したではございませんか。お客様の望むとおりに、望むものを、お渡ししました。文面でもしっかり確認いたしましたのに。
僕:………
悪魔:ね、マスター。このみじめな悪魔めを少しでも哀れに感じてくださったのなら、どうか話だけでも最後まで聞いてくださいませんか?確かにワタクシ共は悪魔です。神から見捨てられ、聖なる地から追いやられた唾棄(だき)すべき存在。しかし、ワタクシ共は生きている!こうして神から祝福されしアナタ方、人の子と同じ地で、同じ姿で、汗水流して労働している!
僕:ジニたんさん……
悪魔:マスター……
僕:そうだね。僕が悪かったよ。ちゃんと君の話を聞くよ。
悪魔:ありがとうございます、マスター!
僕:うんうん。それでなんだっけ?僕の魂だと余命上乗せしないとダメなんだっけ?
悪魔:いえいえいえ!ノーマルコース。いわゆる魂一個分の通常取引でも十分欲望を満たすことは可能ですよ。しかし通常、人ひとりに与えられる魂はひとつ!つまりワタクシ共と契約できるのは一生のうち一回きり!せっかくのご機会です。満たす欲望も至上のものにしたくはございませんか?もちろんオプションは余命だけではありません。肉体や精神、生贄等捧げていただけるものは何でも取引可能です。魂があれば、の話ですが。
僕:い、いけにえ?羊とか?
悪魔:恋人お子様配偶者ペットなど、当事者間で所有権の確認ができていればどなたでも結構です。
僕:と、いうのはつまり?
悪魔:「わたしはあなたのものよ」「ぼくもさ」みたいな甘酸っぱいやりとりをしていれば。
僕:ほ、ほほぉ。それは……こわいな。
悪魔:ふふふ。災いは口からくると申しますでしょう?
僕:は、あははは……
悪魔:うふふふ。
ー僕と悪魔、数秒空々しくわらいあう。
間。
悪魔:……それで。
僕:うん?
悪魔:いかがでしょう?マスターの欲望のほどは。
僕:あ、う、うーん。
悪魔:先ほどもいいましたが、マスターの魂でも大抵のものは手に入ります。富・名声・地位・名誉。愛も健康も簡単に手が届きます。あとはそうですねぇ、幸運や異能力を望んだ方もいらっしゃいましたね。変わり種では、過去を変えたいというお客様もいらっしゃいました。ご安心ください、どなたも完璧にサービスいたしましたよ。
悪魔:さて、マスターの欲望は、なんですか?
僕:……僕は、
悪魔:はい。
僕:僕はさ、ジニたんさんも言った通り、平凡で「スタンダード」な人間でさ、
悪魔:………
僕:それがなんというか、ちょっと、コンプレックスでさ。僕はその……あまりにも凡庸で無難で庸劣(ようれつ)で、何一つとして突出したことのない無個性な人間だから。
僕:なんか一つくらい変わったことがあればな、って思ってた。それで、スパムメールなんか暇つぶしでいじってみたりして……はは、笑っちゃうよな。刺激を求めているくせに、何か新しいことを始める勇気もないんだ。
悪魔:……そう、だったんですね。でしたらワタクシと(契約をして)
僕:(かぶせて)でも、今日ジニたんさんと、出会って!
悪魔:………
僕:なんか、こういうこともあるんだなぁって、びっくりした。驚いたよ。それで、なんというか悪いんだけど……楽しかった。ありがとう、君のおかげでこんなユニークな体験ができた。僕は満足したよ。
悪魔:……と、いいますと。
僕:ごめん、契約はしない。僕にどうしても叶えたい願いはないし、やっぱり魂は大切にしたいんだ。ひとつしか、ないものだからね。
悪魔:………そうですか。
僕:ごめんね。
悪魔:いいえ、仕方ありません。
僕:せっかく話をしてくれたのに本当にごめんね。
悪魔:いいんですよ。
僕:あ~……えっと、コーヒーでも飲んでく?
悪魔:結構です。
僕:………
悪魔:…………
僕:あの、
ー僕、何かを言いかけてやめる。
悪魔:………
僕:…………(ためいき)
悪魔:ところで、マスター。
僕:あ、うん。なに?
悪魔:キャンセル料はいつ支払われますか?
僕:へ?
悪魔:最初のメールに書いてありましたよね?
僕:は、えっ、きゃ、キャンセル料!?
悪魔:ええ。嘘ではないですよ?ご確認ください。
僕:「弊社から全てのご説明が終わり次第、自動的にお客様との契約は締結(ていけつ)されたとみなされます」……はぁ!?
悪魔:その下です。その下。
僕:「もし契約締結後に、解約される場合、キャンセル料として……」魂をいただきます、だぁ!?
悪魔:うふふふふ。
僕:ちょ、ま、まてよ。何だよ、これ!どういうことだよぉ!
悪魔:ワタクシ、たった今全て説明しましたよね。文面でも、確認していただいたでしょう?
僕:………っ!
悪魔:迂闊(うかつ)で愚鈍で可愛そうなワタクシのマスター。解約しますか?それとも、アナタの欲望を応援させてくださいますか?
終了。
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