台本/スワンプマンの憂鬱(女2)

〇作品概要

主要人物2人。ト書き含めて約12000字。大学生の智里は、ひょんなことから憧れの同級生・七瀬が異星人に寄生されていると知ってしまう。なんとかして、元の「七瀬透」を取り戻そうとするが・・・・・・というお話。基本友情。恋愛もすこしあり。


〇登場人物

智里:ちさと。大学生。本の虫。

七瀬:ななせ。大学生。異星人。

※舞台設定は、2022年8月。千葉県。


〇ご利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。

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作者:七枝



本文



〇本文ここから。Mはモノローグ。


智里:(M)べつに、七瀬と特別仲がよかったわけじゃない。

七瀬:ねぇ、次って視聴覚室だっけ?

智里:(M)いつもしっかりしてるのに珍しいな、とか。

七瀬:それなにー?わ、ポテサラ美味しそう!ひと口貰ってもいい?

智里:(M)マヨネーズ苦手だって言ってなかったっけ、だとか。

七瀬:あつーい。クーラーつけない?10分でいいからさぁ。

智里:(M)なんで最近ずっと長袖なんだろう、とか、そんな些細な違和感が積み重なっただけ。

七瀬:ね、そこの貴方。ノート落としたよ?

智里:……ども。

智里:(M)……だから、本当は、私だって確信をもって言ったわけではなかったのだ。


〇タイトルコール

七瀬:「スワンプマンの憂鬱」


〇誰もいないキャンパスの一室。

ー智里だけが椅子に座って本を読んでいる。

七瀬:あれ?皆いないの?

智里:……教授が体調不良で休講だって。連絡きてないの?

七瀬:え?

七瀬、スマホを確認する。

七瀬:ほんとだ。ラインきてる。げ、既読つけちゃった。めんどくさ~

智里:………そう。

七瀬:…………

智里:なに?

七瀬:休講知ってたんでしょ?ここで何してんの?

智里:本読んでる。

七瀬:そりゃ見ればわかるよ。何読んでるの?

智里:……「潮騒の彼方」

七瀬:ふーん?

智里:西井史周(にしいふみちか)の新作。新作といっても最近文庫化されたやつだけど。

七瀬:そうなんだ。

智里:………興味ある?

七瀬:ん?うーん、そうだな~機会があったら読んでみたいかな。

智里:ああ、そう。

七瀬:えーっと、何ていったっけ?

智里:「潮騒の彼方」

七瀬:ちがくて。貴方だよ。あなた。

智里:……わたし?

七瀬:そう。貴方のなまえ。

智里:百村智里(ももむらちさと)

七瀬:そうなんだ!ちーちゃんって呼んでいい?私は七瀬ね。七瀬透!

智里:(M)そういって、彼女は笑った。

―間。

七瀬:あ~だめ?馴れ馴れしいの嫌い?

智里:…………

七瀬:えっと、読書の邪魔しちゃってごめんね。(それじゃあ私は食堂にいくから)

智里:(かぶせて)あなた誰。

七瀬:え?

智里:あなた、七瀬透じゃないでしょう。誰なの?

七瀬:…………ありゃ?

智里:(M)ぐにゃりと、七瀬透の……七瀬透と名乗った「何か」の輪郭がゆがむ。

七瀬:ばれちゃった?

智里:(M)ソレは一瞬、まるで影法師のように全身真っ黒になったかと思うと、またたきの後には、「七瀬透」に戻っていた。

―智里、息をのむ。

七瀬:あ、ごめん。びっくりして。

智里:……私の方が、おどろいた。

七瀬:そのわりには冷静だけど。

智里:驚きすぎて顔に出ないの。

七瀬:ふーん。

―間。

智里:……あの、

七瀬:なんでわかったの?

智里:え。

七瀬:なんでわかったの?どこが違った?

智里:…………なんとなく。

七瀬:それじゃあ困るよ。ちゃんと教えてくれなきゃ今後に差し支える。

智里:こんご?

七瀬:なに?正体ばれたら消えると思った?

智里:……えっと、

七瀬:消えないよ。あ、誰かに言っても無駄だからね。誰も信じないと思うし、君が考える以上に私は周囲から信頼されてる。

智里:…………

七瀬:あははは!にらんでもだめ~

智里:何が目的?あんた何者なの?

七瀬:教える必要ある?

智里:じゃあ私も教えない。

七瀬:それが許されると思ってんの?

智里:許されなかったらどうなんのよ。

七瀬、自分の胸に手を当てて言う。

七瀬:この子と同じになる。

智里:……っ!やってみれば?

七瀬:へぇ?

智里:七瀬にしたこと、私にもやればいいじゃない!できるもんならやってみなさいよ!

七瀬:こわくないの?

智里:…………

智里、無言で七瀬をにらみつける。

七瀬:ふうん。

智里:……何よ。かかってこないの。

七瀬:きみ、面白いね。

智里:……は?

七瀬:うん、いいよ。気が変わった。教えてあげる。

七瀬:私ね、異星人なの。

智里:………は。

七瀬:ここからずっと離れた星からきたの。で、今は地球人に寄生して生きてる。傷口からちょちょいと侵入して。

智里:きせい。

七瀬:うん。

智里:じゃあ七瀬は、そこにいるの。

七瀬:え?……ああ、そうだけど?

智里:…………会えるの。

七瀬:元の「七瀬透」に、ってこと?それはむり。

智里:なんで!

七瀬:こぼれた水は戻らない。そういうもんでしょ。

智里:うそ……

七瀬:嘘じゃないよ。

智里:信じられない。だって、七瀬は………

七瀬:七瀬は?君は七瀬透の何を知ってたの?どうして私が七瀬透じゃないってわかったの?他に誰も知らない、七瀬透の秘密を知ってるとか?

智里:……べつに、なにも。

七瀬:だよね。七瀬透の記憶に君はいないし。

智里:………七瀬の記憶がみえるの。

七瀬:うん。ほら、記憶って所詮脳の電気信号だから。君たち地球人と違って我々は効率よくこの肉体を運用することができる。

智里:我々……その身体に寄生してる異星人は、あんたひとり?

七瀬:そうだけど、それを知ってどうするの?

智里:あんたを追い出して、七瀬を助け出す。

七瀬:どうやって?

智里:どうにかして。

七瀬:ははははは!見た目によらず脳筋だなぁ!

智里:笑うな。

七瀬:笑うさ。とんだ見当違いなことを言うんだもの。

智里:見当違い……?

七瀬:どうして「七瀬透」が助けを求めてると思うのさ。

智里:は?

七瀬:うんうん。実に愚かで面白い。私、君に興味がわいたよ。

智里:……お前は何なの?

七瀬:異星人だよ。聞いてなかった?

智里:何が目的かって聞いてんのよ。

七瀬:目的?そりゃあもちろん、決まってるだろ。

七瀬:世界征服さ。

智里:(M)そうして、ソイツはまた笑って見せた。七瀬の顔で、七瀬のしない表情で。


ー間。場面転換。

〇大学の食堂にて。

智里は本を読みながら、食事をしている。

七瀬:ちーちゃーん!いっしょにご飯食べましょー!

智里:…………

七瀬:ちーちゃん何にしたの?(横をのぞいて)A定食?私カレーとハヤシライスで迷ったんだけどさ~結局、日替わりランチにしちゃった。サバの味噌煮だって!

智里:………

七瀬:食事中に読書なんて行儀わるいよ?今日は何の本読んでるの?

智里:………

七瀬:ね~聞こえてる?何の本読んでるのー?……あ、そうだ。次の講義は教養だっけ?ちーちゃんは何とってる?私はねぇ、

智里:うるさい。いつものお仲間と食べないの?

七瀬:仲間?

智里:高橋とか佐藤とか。

七瀬:ああ、あれのことね。

智里:………

七瀬:断ってきた~今はちーちゃんの方が興味あるからさ!もっと知りたくて。

智里:(ためいき)

七瀬:なに?嬉しい?

智里:この顔をみてどうしてそう思うの?私に構うより、もっと人間の情緒を学んで来たら?

七瀬:やだなぁ、嫌味だよ。君こそコミュニケーションを学んできたほうがいい。

智里:大きなお世話。

七瀬:なんなら私が教えてあげようか?

智里:どこの世界に異星人から会話術学ぶやつがいると思ってんの?

七瀬:いいじゃないか、パイオニアだね。

智里:アホか。星に帰れ。

七瀬:やだね。

智里:じゃあ私に構うな。

七瀬:ふーん?そんなこと言っていいんだ?

智里:はぁ?

七瀬:これはさ、君の為に言っているんだぜ?君はこの身体から私を追い出したいのだろ?だったら私の傍で、私から直々に、情報を抜き取った方が効率的じゃない?

智里:………

七瀬:こーんな、とんでも科学本読んでもさ。

智里:あ、こら!とるな!

七瀬、智里が読んでた本をとりあげ、ブックカバーを外す。

七瀬:何の助けにもならないよ。……ふーむ、どれどれ。「寄生虫の歴史」?

智里:返してよ!

七瀬:「今現存している寄生虫の4割は外宇宙から来ている」……香ばしいなぁ。きみ、まさかこれ信じてるわけじゃないよね?

智里:かーえーせっ!

七瀬:おっと。ははは、元気だねぇ。

智里、七瀬から本を取り返す。

智里:なんなの?異星人の中では「知り合いにあったら挨拶代わりに持ち物をとりあげましょう」ってのがマナーなわけ?さわんなっ!星にかえれ!

七瀬:それを言うなら、「食事のときは本を閉じましょう」ってのが地球人のマナーでしょ。コミュニケーション能力もなければ、マナーもなってないんだな、君は。

智里:黙れ。

七瀬:黙っていいの?もしかしたら「七瀬透」を助け出す方法がわかるかもよ?

智里:あんたの言うことなんて信じられない。

七瀬:私の言うこと以外何を信じるのさ?異星人の友達がほかに居た?

智里:~~っ!

七瀬:私が唯一の情報源だろう?それなのに君ときたら、私の正体を知ったあの日から逃げ回ってばかり。実につまらない。

智里:口のへらない……っ!

七瀬:なあなあなあ、もっと冷静になって考えろよ。頭を回して私と会話しろよ。愚鈍な知能と悪あがきで、もっと私を楽しませておくれよ。私は君が知りたいんだ。君が何を考え、何をみて、どうして「七瀬透」じゃない「私」を見つけたのか。その答えが知りたいんだ。

智里:そんなの、少し見てれば誰だってわかるでしょ!別人なんだから!

七瀬:たとえば?

智里:そりゃ最近マヨネーズいけるようになったんだな、とか、不自然に行動が遅いな、とか、仕草がちがうなぁ、とか……

七瀬:……へぇ、きみ七瀬透のストーカー?

智里:なっ!?ちがう!

七瀬:じゃあなんで見てたの?

智里:た、たまたま目についただけ……

七瀬:親も友人も気づかなかったことに気づいたのに?

智里:そんなの私の知ったことじゃない。たまたまにぶいやつが多かったんでしょ。

七瀬:「たまたま」君が気づいて「たまたま」他の子は気づかなかったって?

智里:あんた、ほんっと嫌味ったらしいわね。それでよく七瀬の皮かぶっていられるもんだわ。

七瀬:「七瀬透」らしくないかい?

智里:……さぁ。わからない。

七瀬:ふむ?

智里:……私は、七瀬のこと何も知らないから。私の知る「七瀬透」しかわからない。

七瀬:ふふ、そうだね。君と七瀬透は、ほぼ無関係だったもんな。

智里:……だからかも。

七瀬:何が?

智里:だから私があんたに最初に「違う」って言ったのかも。ほら、関係が近ければ近いほど言えないことってあるじゃない?

七瀬:他の子も本当は気づいていると?

智里:うん。試しにおどかしてみたらどう?

七瀬:……ほう。おどかす。

智里:私に接している時みたいに、その傲慢不遜な寄生虫様スタイルで声かけてみたら?

七瀬:ちょっと聞き捨てならないことを言われたが……もしそうしたとして、そこに私のメリットはあるかな?

智里:「面白い」対象が増えるでしょ。

七瀬:そして、君がターゲットから外れる、っと。……うーん、それは君のメリットで私のメリットではないな。

智里:(舌打ち)

七瀬:はは、なかなか楽しいブレイクタイムだったよ。

智里:ほんっと、ムカつくやつだな……(智里、味噌汁に箸をつけようとする)

七瀬:あ。

智里:何?

七瀬:きみ、今どこか怪我してないか?

智里:してないけど。何。

七瀬:いやぁ、食事の場ってのは、無防備になりやすくてね。うっかり私の「本体」が君の食事に混入したかもしれない。

智里:は!?うそっ

七瀬:うん、嘘。

智里:はあ!?

七瀬:へへ、私を寄生虫よばわりした仕返しさ!

智里:おま…っ、ほんとクソ虫だな……!星に帰れ!!

七瀬:やだね。

智里:なんなのよ、もうっ

―間。

―七瀬、小声でつぶやく。

七瀬:どこに帰れっていうんだ。……どこにもいけやしないのに。


ー場面転換の間。

〇図書室にて。

ー本を積み上げた机の上で、智里が唸っている。

智里:う~~!どうしてこう天文学ってのは数字が多いの……

七瀬:ちーちゃん!

智里:ぎゃっ!

七瀬:しー!図書室では静かに!

智里:おどかしたのあんたでしょ!?

七瀬:今日は何読んでるの?んーっと、ふむふむ……宇宙について調べてるんだ。無駄な努力ごくろーさまぁ。

智里:あんたねぇ……っ!

七瀬:こーら。大声ださないの。隣すわっていい?うん、座るよ。ありがとう。

智里:……何も言ってないんですけど。

七瀬:マナーだよ。私は君と違ってマナーを大切にしてるんだ。マナーが人をつくるからね。

智里:(鼻でわらって)虫のくせに。

七瀬:異星人だよ。

智里:ふうん。じゃあ、あんたにも名前があるの?

七瀬:?……「七瀬透」だろ?

智里:それは七瀬の名前。その身体の持ち主の名前でしょ。

七瀬:持ち主は私なんだけどね。

智里:みとめない。

七瀬:君に認めてもらう必要はないのだけど……そうか、異星人としての名前か。

智里:あるでしょ?

七瀬:……ないよ。

智里:ないの!?

七瀬:うん、まぁ……個体の識別は必要ないからね。

智里:必要ない?……どういうこと?

七瀬:ちょっと聞くんだが、君は異星人と聞いて、どういったイメージを抱いてるんだ?たとえば、どうやってこの星にたどりついたと考えている?

智里:え?そりゃあ……宇宙船にのってきたんじゃないの?仲間たちと一緒に。

七瀬:銀色にきらきら輝く空飛ぶ円盤で?

智里:丸いか四角いかはどうでもいい。

七瀬:ふふ。実に安直で乏しい発想力だな。

智里:ああん?

七瀬:おおこわい。か弱い異星人をおどかさないでおくれ。

智里:あんたが余計なことばかり言うからでしょ。

七瀬:うーん、そうだなぁ……なんて説明すればいいかな。あ、そうだ!今日は8月10日だったね?

智里:え?うん。

七瀬:13日土曜日の夜、ドライブに付き合ってくれよ。いいモノみせてあげよう。

智里:やだ。

七瀬:そう言わずに。カッコいい車で迎えにいってあげるから。

智里:興味ない。

七瀬:今どきの女子大生はみんなカッコいい車が好きなんじゃないのかい?

智里:昭和かよ。どこ情報よそれ。

七瀬:「七瀬透」

智里:……へぇ。

七瀬:お!その顔はちょっと興味がわいてきたな?きみ、本当に「七瀬透」のストーカーなんだなぁ。

智里:ち、違うってば!

七瀬:最寄りの駅は東金(とうがね)だったな?迎えにいくから8時に駅前で会おう!

智里:あ、まて!私は行かないからな!きいてんの!?

七瀬:図書室ではおしずかに~

―手をひらひらさせながら、七瀬が去っていく。

智里:クソ虫め……はぁ。……ん?

智里、机上に置かれていた見慣れない本に気づく。

智里:これ、私が持ってきた本じゃない……

持ち上げて、本をめくる智里。開き癖のついたページで手が止まる。

智里:スワンプマン……?なにこれ。

智里:(M)それは、おそらくアイツが置いていった本だった。

智里:(M)「現代哲学への招待」-……答えもなく、結論もないアイツのいうところの「実に愚かで面白い」人間たちの思考実験の記録。

七瀬:(M)記憶も見た目も全て同一の人間が二人いたとして、果たして同一人物と言えるか、否か。


ー場面転換。間。

〇13日夜8時東金駅前にて。

七瀬:おーい!ちーちゃん、こっちだよ~

智里:………べつに、来たくて来たわけじゃないからね。

七瀬:でも今日ここにいるじゃないか。ツンデレ?

智里、七瀬の足を踏む。

七瀬:痛っ!乱暴系ヒロインは流行らないぞ!

智里:ふん。車はどこ?

七瀬:はいはい、案内しますよ、お嬢様。

智里:……ねぇ。

七瀬:うん?どうした?

智里:あなたさ、その……

七瀬:?

智里:………

七瀬:その話、長くなるなら後でもいいかい?もうすぐピークなんだ。

智里:ピーク?なんの?

七瀬:それはもちろん、


ー場面転換。

〇九十九里ビーチ。

ー夜空を見上げ、興奮した様子の智里。

智里:流星群……っ!!

七瀬:そう。今日は、ペルセウス座流星群の極大期(きょくだいき)なんだ。1時間あたり約40個の星が肉眼で確認できると言われている。

智里:うわあ……!すごいすごい!星座からあんなに星が落ちてくるなんて!

七瀬:ふふ。実際はちょっと違うかな。星座から落ちてくるわけじゃない。

智里:え?

七瀬:実際のペルセウス座は何百光年と離れたところにある。流星群はね、地球の大気にあたって燃え尽きてしまった砂粒のことなんだ。

智里:燃え尽きる……

七瀬:そう。

智里:消えてちゃうんだ。

七瀬:うん。だいたいの流星はそうさ。私たちがみている流星群の正体は、何十、何百、ときには何万年もの前にすい星から噴き出た、たった数ミリ程度の砂粒なんだ。

智里:小さい……

七瀬:意外かい?

智里:うん。

七瀬:人はよく騙される。実に愚かしい生き物だ。まぶしく光るから大きいわけではないんだよ。……「七瀬透」もそうだったのさ。

智里:え?

七瀬:なぁ、百村智里。お前からみた「七瀬透」はどんな人間だった?

智里:私から見た七瀬……

七瀬:聞かせてくれよ。いいもんみせてやったろ?

智里:恩着せがましいなぁ。

七瀬:ははは。

智里:私にとって七瀬は……憧れだった。

七瀬:へぇ。

智里:いつもキラキラしてて、お金持ちで、友達に囲まれてて。赤いスポーツカーもさらっと乗りこなしちゃって。

七瀬:それは私のことじゃない?

智里:あんたは別。

七瀬:おや。

智里:七瀬は私なんかと付き合わないもん。

七瀬:ふぅん。

智里:目が合ったら、どきどきして。笑いかけてくれたその日を、何度も思い出した。あんたは記憶にないって言ったけど、私1回七瀬にノートを拾ってもらったことがあったの。

七瀬:うん?ちょっとまて。えーっと、

智里:いいから!もう1年以上前のことだし。

七瀬:……1年?

智里:ん?どうしたの?

七瀬:いや、別に……

智里:あ、本当に思い出さなくていいからね!どうせ七瀬にとっては大した記憶じゃなかったんでしょ。

七瀬:それもそうだね。

智里:……うん。

七瀬:あからさまに落ち込むなよ。

智里:だって、七瀬に言われてるようで……

七瀬:私が七瀬透だ。

智里:違う。

七瀬:どうして?

智里:七瀬はそんな風に笑わない。

七瀬:…………

智里:七瀬はね、笑うと左側にえくぼができるのよ。それが可愛くて、私は……

七瀬:好きだった?

智里:………

七瀬:だから私をみて「違う」と?

智里:どうせまた「実に愚かだ」っていうんでしょ。

七瀬:そうだね、実に愚かで無鉄砲だ。対人能力の低さがよくわかる対応だね。

智里:…………

七瀬:そもそもえくぼとは、表情筋が上手く発達せず、皮膚の下のじん帯が引きつって出来る凹みのことだ。美容整形や口内治療でなくなることもあるし、トレーニングや毎日のケアで目立たなくなることもある。これひとつで偽物だと断言するのは、軽率としか言いようがないし、随分と思い込みが激しい。

智里:でも合ってたじゃない。

七瀬:たまたまだろ。

智里:…………

七瀬:智里、君は七瀬透が好きだったのか?

智里:………うん。

七瀬:(溜息をついて)そう。

ー間。

智里:何か言いなさいよ。

七瀬:何か?言ってどうする。君にとって私は「七瀬透」じゃないんだろ?

智里:そうだけど、でも……

七瀬:結局きみも、他のヤツと同じだ。見せかけの光をみて、本物はこうだと決めつけてる。実に愚かだ。つまらない。

智里:なっ!

七瀬:帰る。期待した私が馬鹿だった。

智里:ちょっと!

七瀬:これあげるよ。それでタクシーでも呼んで帰って。

智里:まってよ。なんで怒ってるの?ねぇ!

七瀬、智里に五千円を渡して、振り返らず帰ってしまう。

智里:なんでよ!待って……わたしまだ、アンタの話聞いてないのに……


〇間。スワンプマンについての説明。

七瀬:(M)スワンプマン。それは、哲学的思考実験。頭の中で想像するだけの、ありえない仮定。自身のアイデンティティを問う、思考実験。

智里:(M)ある男が、ハイキングに出かけると、沼の傍で雷に打たれて死んでしまった。その時、何の偶然か、雷が「たまたま」化学反応を起こし、沼の泥から死んだ男と全く変わらない存在が発生した。

七瀬:(M)死んだ男と全く同一の知識、記憶をもつこの沼男(スワンプマン)は、果たして死んだ男と同一の存在と言えるのか、否か。

智里:(M)自我の連続性が認められたら同一?肉体が違うなら別人?

七瀬:(M)では、ある日突然異星人に寄生されたらどうする?肉体が変化しようとも元の細胞が一緒ならば同一?自我さえも融合したとすれば、同一性は認められるのか?

智里:(M)アイデンティティを決めるのは誰なのか。自身か。それとも周囲か。

七瀬:(M)私って、なんなのだろう。誰ならその答えを、くれるのだろう。


ー間。場面転換。

〇週明けの大学。大学の廊下にて。

智里:ねぇ!

七瀬:……

智里:ねぇ、ちょっとまって。

七瀬:……

智里:七瀬!待ってってば!

七瀬:……百村さん。どうしたの?

智里:ちょっと、話がしたいんだけど。時間とれる?

七瀬:ごめんなさい。これから授業で、

智里:そのあとでいいから!

七瀬:その後は友達と用事があって……

智里:用事が終わった後は?

七瀬:……バイトが、

智里:してないでしょ。知ってんのよ、ストーカーだから。

七瀬:……大声でそんなこと言っていいのかい?

智里:話してくれないなら、もっと大声でとんでもないこと言うわ。

七瀬:(溜息)いいよ。付き合う。どこいけばいい?

智里:授業は?

七瀬:ストーカーさんは私のスケジュールなんて、当然把握されてるんだろう?

智里:15時まで空きコマだったわね。

七瀬:………中庭でもいこうか。君が大声だしても迷惑がかからない。

智里:人を猛獣みたいに言わないで。

七瀬:猛獣と変わらないよ、君は。……はあ。


〇間。中庭にて。

七瀬:で、何がいいたいの?私、もう君に興味がないんだけど。

智里:とりあえず、これ。

七瀬:うん?

智里:土曜のタクシー代のおつり。返す。

七瀬:いいのに。

智里:貸しはつくりたくないの。

七瀬:私もだ。だから迷惑料がわりにあげたんだよ。

智里:なら尚更受け取れないわ。それ受け取ったらもう私と関わらないってことでしょ。

七瀬:君にとって喜ばしいことでは?

智里:馬鹿にしてんの?あんな風に一方的に暴かれて、勝手にわかったような口きかれて、はいそーですかって引き下がれるわけないじゃん。

七瀬:それは会話を理解できない自分の知性の低さを嘆くんだな。

智里:人にわかるように話せっていってるの。

七瀬:そんな手間を割くほど君に興味ない。

智里:コミュニケーションを学べって言ったのはあんたでしょ!?

七瀬:あの時はあの時。今は今。

智里:自分の発言に責任もちなさいよ!

七瀬:知るか。……話はそれだけか?ならもう戻る。

智里:まだあるわ。……これ。

智里、バッグから本を出す。

七瀬:それは……

智里:「現代哲学への招待」あんたの本でしょ。

七瀬:どこに忘れたかと思えば、君がもってたのか……っておい。

七瀬が本をとろうと手を伸ばすが、智里はその手を避ける。

智里:ここ、開き癖がついてあるページなんだけど。「スワンプマン」って……あんたのこと?

七瀬:…………

智里:ねぇ、あんたは「七瀬透」なの?

七瀬:異星人だよ。言ったろ。

智里:それは知ってる。その上できいてるの。

七瀬:自分の言ってること、理解してる?

七瀬、影法師のような姿に変身する。

七瀬:この姿だって、見ただろう?お前はこれでも私を七瀬透かと聞くのか?

智里:……そうよ。私はあんたに聞いてるの。あんたの自己認識で、あんたは「七瀬透」なの?どうなの?

七瀬:……!

七瀬、人間の「七瀬」の姿に戻る。

智里:土曜日。……あの後、なんであんたが怒ったのか考えてみたの。最初は全然わかんなかった。寄生虫って言っても、どんなに邪険にしても、怒らなかったあんたがなんで私を置いて帰ったのか。わかんなかったし、腹が立った。…………悲しかった。誰かと夜に出かけるのなんて初めてだったから。流星群みて、すごく綺麗で……あの感動も台無しになった気がした。

七瀬:…………

智里:私の一体どこが駄目だったのかな、とか今まで嫌だったところが、今回でついに駄目になったのかな、とか考えて……でも結局理由はわからなくて……だから別のことを考えることにした。なんであんたが私に流星群をみせたのか。あれをみせようとした時のあんたは、私に何を伝えようとしてたのか。

智里:図書室であんたは言ったよね。「君は異星人がどうやってこの星にたどりついたと考えている?」って。

七瀬:……ああ。

智里:それで、私に「いいものがある」って言って流星群をみせた。

七瀬:…………

智里:2020年7月2日。

七瀬:!

智里:その顔は当たりね。よかった。

七瀬:なぜ……

智里:2020年7月2日。関東上空で目撃された大火球が千葉県習志野市(ならしのし)に落下。翌日、隕石が発見される――……県名と隕石で調べたら出てきたわよ。あんたの中にいる異星人は、二年前に隕石にのって地球に来たんでしょう?言ってたものね。「人の傷口から侵入して寄生する」……それが本当だとしたら、異星人の本来のサイズは隕石にくっついて移動できるくらい小さいのでしょう?

七瀬:…………ああ、そうだよ。その矮小な頭脳でよくそこまで調べついたね。

智里:私を怒らせようとしても無駄。

七瀬:…………

智里:その異星人がどういう経緯で「七瀬透」にたどりついたか知らないけど、ともかく貴方は2年前の夏、異星人に寄生された。それからずっと、貴方は「異星人の七瀬透」だった。

七瀬:……ああ。

智里:だから1年前、私が好きになったのも「異星人の七瀬透」、いつもしっかりしててマヨネーズが苦手なのも「異星人の七瀬透」

智里:私が見てきた七瀬透は「異星人の七瀬透」で、最近私が感じてた違和感もただの偶然……或いは思い込み。だから、貴方は私に失望した。なぜなら、

七瀬:何故なら、私が知りたかったのは「寄生前」と「寄生後」の客観的な相違だから……当たりだよ。百点満点だ。花丸をあげる。

智里:まだ最後まで言ってない。

七瀬:そこまで言われたら、さすがの私だって降参するよ。ああ、認める。認めるとも。私も君もずっと馬鹿馬鹿しい勘違いをしていたんだ。君が好きな「七瀬透」は中身がバケモノのメッキモンだし、私は私で、ようやく自分の理解者が現れたのだと信じて秘密を明かした大間抜けだ。

智里:そこまで言う?

七瀬:じゃあなんて言えば?ああ、そうか。君は私に謝罪してほしいのか。悪かったね、君の目が節穴だとわからなくて。無駄に期待して悪かった。そう言えばいいのか?

智里:あのねぇ……っ!

ー智里、七瀬の胸ぐらをつかむ。

智里:謝るなら人の目ぇみて謝りなさいよ!

七瀬:はなせっ

智里:いや!

七瀬:気持ち悪いんだよ、このストーカー!

智里:はっ、今更そんなこと言われても傷つかないわ!

七瀬:なんだよ。一体何がしたいんだよ!ほっといてくれっ

智里:いや!

七瀬:しつこいなぁ……っ!私は君なんか、

智里:ごめんなさい!

七瀬:…………え。

智里:何度も「七瀬じゃない」って言ってごめんなさい。ずっと追っかけててごめんなさい。見てたのに、聞いていたのに…………貴方のこと理解できなくて、ごめんなさい。

七瀬:……なんで、君が謝るんだ。

智里:だって私、あなたにひどいこと言った。

七瀬:……そんなこと、最初から承知の上だったさ。

智里:それでも、貴方に謝りたいの。だってきっとすごく困ってたんでしょう?自分が自分とわからなくなるくらい悩んだんでしょう?正直、私は今でも貴方がわからない。貴方が何%異星人で、何%元の七瀬の記憶があるのかも、貴方の身体がどうなってるのかも、私は何も知らない。話してもらってもきっと、理解できないと思う。

七瀬:だろうね。

智里:ここに来るまで、「スワンプマン」の話を読みながら、ずっと考えてた。自身のアイデンティティを疑うのってどういう気持ちだろうって。未知の生物に寄生されて、身体も記憶も書き換わって……そしたら私はどうやって私を証明すればいいんだろう。誰も私が「わたし」でなくなってしまったことに気づいてくれなかったら、私はどこに帰ればいいんだろう………

ー間。

七瀬:……ずっと、答えをさがしてた。

智里:うん。

七瀬:君のことは前から知っていた。百村智里。よく同じ講義をとってる野暮ったい本の虫。たまに気持ち悪い視線を感じてたけど、そういう人は結構いたから気にならなかった。

智里:……う、うん。

七瀬:私は生来優秀で要領がよかったから、たとえ謎の生命体に寄生されるようなアクシデントがあったとしても上手く適応できていた。「異星人」の意志は実に原始的で、コントロールはたやすく、むしろ未知の知識や高度な擬態能力など得るものは多かった。

智里:うん。

七瀬:私は上手くやっていた。この2年間ちゃんと人間として生きてきた。

智里:知ってるよ。

七瀬:だが……君に「誰」と言われたとき、わからなくなった。

智里:……うん。

七瀬:「バレた」と思った。やはり私はバケモノだったと。あの日、異星人に寄生された時、バケモノに生まれ変わったんだと。そう思ったとき、何故か……何故かな。安心したんだ。

智里:そっか。

七瀬:もう「七瀬透」じゃなくていいと、解放されたような気がした。……きみが、本当の私を見つけてくれたような気がしたんだ。

智里:……うん。

七瀬:実に、愚かだよな………

智里:(M)七瀬は、私の肩にもたれかかって、少しだけ泣いた。声も漏らさず泣く彼女の、その孤独に、寄り添いたいと思った。……たとえ、私の憧れた七瀬と別人だったとしても。

ー間。

七瀬:(鼻をすする)

智里:水、のむ?

七瀬:……ん。

智里:ねぇ、七瀬。

七瀬:なんだ?

智里:今更なんだけど、聞いてもいい?

七瀬:内容による。

智里:「世界征服」って本気だったの?

七瀬:(水をふきだす)

智里:わ、きたなっ

七瀬:な、何を言うんだ!冗談に決まってるだろ!

智里:え~?でもめっちゃあくどい顔で笑ってたじゃん。

七瀬:あれはその……テンションがあがってて悪ノリしたというか……

智里:ふーん?

七瀬:にやにやするな!元はといえば君が悪いんだぞ!

智里:はあ?

七瀬:君があまりにも見事なおびえっぷりを披露するからだな、

智里:責任転嫁も甚だしいんですけど。

七瀬:うるさい。君が悪い。

智里:実際問題さ、七瀬のスペックってどのくらいなの?世界征服可能なレベル?

七瀬:ひとまず、君の想像以上だと言っておこう。

智里:げえ。

七瀬:げえとはなんだ。げえとは。

智里:仕方ないな~世界平和のためだ。ここは私が犠牲になって見張っててあげましょ。

七瀬:ストーカーがぬかしよる。

智里:迷惑?

七瀬:……ま、君程度がつきまとってきたところで私の障害になりようもないな。

智里:ふふ。じゃあ一緒にご飯食べに行こ、七瀬。

七瀬:……ああ。

智里:(M)立ち上がり、私の手をとって七瀬は笑った。えくぼはないけど、七瀬らしい表情で。

〇終わり。

七枝の。

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