〇作品概要説明
主要人物5人。(うち二人は台詞量の偏りがあるため、兼役推奨)ト書き含めて約一万字。合同サークルでの飲み会。酔いにまかせて怪談話が始まった。語り始めたその男は、痩せっぽちのくせによく喰う男だった―……という話。
〇登場人物
梶井:大学生。男性。隠れ怪談マニア。
藤堂:大学生。女性。ノリがいい。
陽介:陽介。男性。
ミヤビ:高梨雅。男性。
キョウカ:木下京香。雅のカノジョ。
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作者:七枝
本文
〇プロローグ。
陽介:神さまはさみしがり屋なのさ。だから、うかつに「お願い」なんてしちゃいけない。触らぬ神にたたりなしって、いうだろ?
間。
〇安い居酒屋のチェーン店。梶井達の飲み会にて。Nはナレーション。
梶井:じゃぁ次は、お前話せるか?
梶井:(N)合同サークルでの飲み会。いまとなってはどういう話の流れだったか忘れてしまったが、ひとりひとり怪談を披露していく流れになった。
陽介:おれぇ?いいけど、めっちゃ怖いよ。ほんとにあった話だし。
藤堂:え、知りたい知りたい!実体験なの?
梶井:女子もいるんだし、あんまマジなのはやめろよ。
陽介: あー……じゃぁどうしよっかな。
梶井:なんだよ。ガチなやつ?
藤堂:面白そう!私は大丈夫だよ~
梶井:(N)たしか、そいつの名前は陽介。苗字は忘れた。先輩か、はたまた後輩か。誰かの連れでやってきた、痩せぎすの、ぱっとしない男。
陽介:まぁ、人が死んだりするやつじゃないから。俺はめちゃくちゃ怖かったけど。
藤堂:うわぁ、気になる~!話してよ、お願い!
梶井:へぇ、そこまで言うなら、話してみろよ。
梶井:(N)実をいうと、俺は怪談とか都市伝説とかにはくわしい方だ。だから、というわけではないが、こういう素人の拙い(つたない)語り口には慣れている。
陽介:ん~、その前になんか頼んでもいい?俺来たばっかで腹減ってんだよね。
梶井:ああ。藤堂、メニューとってくれ。
藤堂:あいよ~何にする?
陽介:そうだな…やきとりと、天そばと、枝豆と、カレーと。
梶井:おいおい、食べきれるのかぁ?
陽介:よゆーよゆー
藤堂:はいはーい。注文するよ~
陽介:じゃぁ、始めるか。これは、俺の友達の話なんだけど―……
梶井:(N)そんな風に、その話は始まった。よくある怪談の、よくある導入で。
〇視点変更。陽介が語りだす。
陽介:(N)大学1年の頃さ、俺、女癖悪い友達がいたんだよね。名前は仮にミヤビってしとこうかな。顔はそこそこだけど、ノリがよくてマメなやつでさ。話してると楽しいから、こいつクズだな~って思っても、つい一緒に遊んじゃったりして。んで、そいつが引っ越ししたっていうから泊りで飲みに行ったんだよ。
陽介:お~結構キレイじゃん!
ミヤビ:だろ?掘り出しもんだよな~
陽介:風呂も広いし……ウォークインクローゼットもあんの!
ミヤビ:おいおい、あんまひとんち漁るなよ。
陽介:わぁーった。わぁーった。お、でっけぇベッド!
ミヤビ:お前は遠慮ちゅうもんを知らねーのか。
陽介:わりーって。ほれ、引っ越し祝い。
〇陽介、コンビニのビニール袋をわたす。
ミヤビ:ん。酒買ってきてくれたのか。金出すよ。いくら?
陽介:いーって。引っ越し祝いって言っただろ。
ミヤビ:そうか?ありがとな。
陽介:おう。
ミヤビ:ん?ツマミはポテチだけかよ。おこちゃまめ。
陽介:いいじゃんポテチ。うまいじゃん。
ミヤビ:俺は辛党なんだよ。それに、まだ飯くってねーし。
陽介:へ、なんで?片付けで忙しかったとか?
ミヤビ:あ~……
陽介:わかった!女だろ。
ミヤビ:……まぁな。
陽介:だれ?キョウカちゃん?
ミヤビ:キョウカじゃない。
陽介:うっわ、サイテー(笑いながら)
ミヤビ:いや、違うんだよ。片づけ手伝うっていうからさ。
陽介:その割にはダンボールだらけじゃん。
ミヤビ:それはまぁ……な?
陽介:やだやだ。フケツだわ、奥さん。
ミヤビ:誰だよ奥さん。
陽介:さぁ?ってかキョウカちゃんはもうここ来たの?
ミヤビ:あいつはまだ……
インターフォンの音
陽介:おん?誰かきた?
キョウカ:ミヤビくーん?
ミヤビ:悪い、キョウカだ。ちょっと待っててな。
陽介:おー
〇ミヤビ、玄関でキョウカを出迎える。
ミヤビ:なんだよ。
キョウカ:こんばんは、ミヤビくん。お夕飯はもう食べた?引っ越したばかりだから、まだ調理器具とか色々出せてないんじゃないかなって思って。それでね、これもってきたの。
ミヤビ:……タッパー?なんだこれ、野菜切っただけか?
キョウカ:炊飯器と鍋くらいは出してるでしょ?下ごしらえはしてきたからカレーでも作ろうかと思って。入れてくれる?
ミヤビ:あー……いま、人がきててさ……
キョウカ:おともだち?
ミヤビ:うん、そう。悪いけど今日は、
陽介:(かぶせて)いいじゃん。俺、カレーたべたい!
ミヤビ:おい、陽介!
キョウカ:あら、陽介くんだったんだ。こんばんは。
陽介:こんばんは、キョウカちゃん。おお、たくさん持って来たねぇ!
キョウカ:カレーはジャガイモどけたら冷凍できるから、ちょうどいいかなって。
陽介:いいじゃんいいじゃん。カレーってたくさん作った方がうまいよね~
キョウカ:そうなの!お肉は豚なんだけど、大丈夫?
陽介:俺、豚肉すきよ。あがって~
ミヤビ:ちょっ、俺の家だぞ。ったく、仕方ねぇな。
キョウカ:いい?ミヤビくん
ミヤビ:まだ片付いてないからな。それでもいいなら。
キョウカ:そんなの知ってるよ。失礼します。
陽介:いらっしゃーい
キョウカ:はい、おじゃまします
ミヤビ:だから俺の家だからな。
キョウカ:うふふ。じゃぁお台所かりるね~……ミヤビくん!まだ鍋も炊飯器も出してないの?
陽介:ミヤビは今日忙しかったんだよなー?
ミヤビ:うっせ。
キョウカ:仕方ないなぁ。勝手にさがすよ?
ミヤビ:ん。頼んだ。
陽介:手伝おうか?
キョウカ:いいのいいの。陽介くんはミヤビくんの相手してて。
陽介:がってん!ミヤビくぅん、お兄ちゃんとあそんでましょうね~?
ミヤビ:うぜぇ、何キャラだよ。
陽介:(わらう)
間。
〇キョウカ、荷物を探索中に口紅を拾う。
キョウカ:……これ。
ミヤビ:どうしたキョウカ?
陽介:お鍋みつかったー?
キョウカ:あ、……うん。この箱にありそう。
ミヤビ:そっか。手が必要になったら言えよ。
キョウカ:うん。……わかったよ、ミヤビくん。
陽介:(N)それからキョウカちゃんがカレー作ってくれて。結局炊飯器みつからなかったから、食パンにルーつけてたべたよ。いや~辛かったな、あのカレー!美味いんだけど、なんていうの?スパイスかな、香草かな。なんかインドっぽい感じの、食べなれない味がして。わかる?あ、わかんない?え、興味ない?そう……。それでその後話してるうちに盛り上がちゃってさ。ミヤビのやつ、つぶれちゃって。
ミヤビ:(寝息)
陽介:あちゃ~ミヤビつぶれちゃったよ~
キョウカ:仕方ないよ。ミヤビくん下戸だもん。
陽介:いや、でもカノジョ放ってつぶれるやつがいるかよ。おーい、ミヤビー!
ミヤビ:んん……ダルイ…
陽介:おきろって。キョウカちゃん帰っちゃうぞ
ミヤビ:ダル……ダルイ…
陽介:だるいって、おまえな~
ミヤビ:……ヒダルイ
陽介:ん?お前、今なんて―…
キョウカ:陽介くん。
陽介:おう。なに?
キョウカ:無理におこさなくていいよ。私1人で帰れるし。
陽介:や、それはまずいっしょ。女の子がこんな時間に一人歩きは。
キョウカ:気にすることないのに。
陽介:気にするよ~この辺暗いし、人通り少ないし。近くまで送るよ。
キョウカ:………
陽介:あ、嫌だった?もしかして俺警戒されてる?
キョウカ:ううん。いい人だなって思って。じゃぁ大通りまで送ってくれる?
陽介:大通りまででいいの?
キョウカ:うん。
陽介:おっけー。あ、さすがに部屋しめていかないとまずいよな。鍵、鍵。おい、ミヤビ。鍵どこだよ。
キョウカ:私持ってるよ。かしてあげる。陽介くんならいいでしょ。
陽介:え、そうなの?さすがカノジョ。
キョウカ:(くすりと笑う)
陽介:じゃ、いこっか
間
陽介:(N)キョウカちゃんは、いい子でさ。優しいし、美人だし、料理上手だし、ミヤビにはもったいない子だった。引っ越しだって、女関係でゴタゴタしたからって、キョウカちゃんが物件見つけてきてくれたらしい。ちょっと田舎だけどね、って言ってたけど、格安家賃であの広さなら相当探し回ってくれたんだろう。ホントできた子だなぁと思ったよ。
キョウカ:夜はちょっと冷えるね~
陽介:大丈夫?上着かそっか?
キョウカ:大丈夫、大丈夫。ありがとね。
陽介:そう?気をつけてね。……お、こんなとこにお地蔵さんあんじゃん。
キョウカ:あら、ほんと。
陽介:田舎感あっていいな。拝んどこ。なむなむ。ミヤビをよろしくお願いしまーす。
キョウカ:ふふふ。陽介くん拝み方めちゃくちゃ。それにやめておいた方がいいよ。それ。
陽介:え?
キョウカ:よくわからないものを拝んで、ついてこられたら大変でしょ。
陽介:でもお地蔵さまじゃん。神様でしょ?
キョウカ:神さまにも色々いるんだよ。
陽介:いろいろって?
キョウカ:そうだなぁ……ヒダル神、とか?饑餓(きが)をもたらす神さま。
陽介:うへぇ、なんだそれ。きがってなに?
キョウカ:饑餓は飢えのことだよ。おなかぺこぺこ~ってなる。
陽介:ぺこぺこって!ははっ、キョウカちゃん、よく知ってるね。
キョウカ:私、民俗学専攻だもん。
陽介:ほぉ~
間
キョウカ:ここまででいいよ
陽介:そ?じゃぁ気を付けてね。
キョウカ:うん。あ、ちょっとまって。
陽介:?
キョウカ:これ。差し入れ持ってきたの忘れてた。よかったら食べて。
陽介:え。
陽介:(N)差し出されたのは、おむすびだった。なんてことない普通の塩むすび。ちょっとおかしいな、とは思ったよ。だって普通いきなり手作りのおむすびがでてくると思わないだろ?
キョウカ:まだお腹すいているみたいだったから。お礼。
陽介:そ、そっか。ありがと。
陽介:(N)まぁ、ミヤビとキョウカちゃんの間ではよくあることかもしれないし、なにより俺も呑んでたし、腹も減ってたから、もらったよ。変だよな、さっきあんなにカレーたべたばっかりだっていうのに。
キョウカ:かならず、陽介くんが全部たべてよね。
陽介:おう。
陽介:(N)それで、キョウカちゃんとはそこで別れてミヤビの家に戻った。ミヤビの様子?別になんも。普通に部屋で寝てたよ。はぁ?死ぬわけないだろ。誰も死なねぇって言ったじゃん。疲れてたんだろうな、ずっと寝言でダルイダルイ言ってたけど、なんともなかったよ。翌日残ってたカレー全部食っちまうくらい元気だった。
〇場面転換。梶井達の飲み会。
藤堂:なにそれ。全然こわくなーい
梶井:まあまあ、これからなんだろ
梶井:(N)つまらなさそうな藤堂をなだめながらも、その実、俺も内心ではがっかりしていた。これじゃあちょっと不穏なカップルに巻き込まれた男の話だ。怪談じゃあない。
藤堂:ねぇ、聞いていい?
陽介:んー?なに?
藤堂:それって、そのキョウカって子がストーカーだったってオチ?
陽介:ははっ、なにそれ。ちがうよ
藤堂:ちがうの?
陽介:んなわけないじゃん。なんでそう思ったの。
藤堂:だってぇ……
梶井:キョウカちゃんは合鍵があるのに、なんでインターフォンを鳴らしたんだ?もしかして、さっきの話にでてきた合鍵、あれはミヤビから無断でつくったものじゃないのか?それに、ミヤビは女癖が悪いんだろう?いかにもじゃないか。
藤堂:それそれ!よくきくじゃん。大人しそうな子ほどヤバいんだってやつ!
陽介:いやキョウカちゃんはストーカーとかじゃないよ。ちゃんとミヤビの彼女。
藤堂:えー?じゃぁなに?なにがこわかったの?
陽介:藤堂ちゃんはさぁ、本とかオチから読むタイプ?
藤堂:本よまなーい
梶井:あはははっ、だろうな
藤堂:むぅ。どういう意味?
梶井:いや、その。いいから続き話せよ。あるんだろ?
陽介:おう。あ、ちょっとまって。飯きた。
藤堂:はーい。やきとり3人前追加~っと。
梶井:うっわ、お前ほんとよく食べるな。
藤堂:さっきも蕎麦とラーメン、ほぼ一人で食べてたよねぇ?めっちゃ聞き取りづらかった。
梶井:食ってるときはしゃべるなよ。しゃべるなら食うな。
陽介:仕方ないだろ。腹減るんだから。
藤堂:ねぇ~つづき~
陽介:(酒をのんで)……ん。いいぞ、続きな。
陽介:(N)それからしばらくは何もなかった。ミヤビの女癖はそのままだったし、キョウカちゃんはそんなミヤビの後を健気についてまわってたよ。ただ、そうだな……なんとなく、違和感はあったんだ。
〇場面転換。再び陽介の回想。
ミヤビ:―…ルイ……ダルイ……ヒダルイ……
陽介:なぁ、疲れてんの?
ミヤビ:あ?
陽介:最近ずっとそれじゃん。だるいだるいって言いながら飯くってる。
ミヤビ:え。俺、そんなこといってた?
陽介:言ってた言ってた。だるいだるい~って。しかもそれ何個目だよ。
陽介:(N)そのころのミヤビは、つねになんか食べてた。それなのに体型は細くなってさ。付き合いも悪くなって、授業が終わったらすぐいなくなっちまって。
ミヤビ:あ~……何個目だっけな。
陽介:おいおい、おぼえてないのかよ。なんかやばくねぇ?
ミヤビ:んー…
陽介:病院とか行ったほうがいいんじゃねぇの?食費も馬鹿にならないだろ。
ミヤビ:あ、それは―……
〇キョウカが走り寄ってくる。
キョウカ:ミヤビくん!
ミヤビ:キョウカ!
キョウカ:ふふっ、ミヤビくんったらほっぺにご飯粒ついてる。
ミヤビ:わ、悪い。
キョウカ:いいの。ふふふ、かわいい。
ミヤビ:キョウカ、会えてよかった。その、俺、
キョウカ:わかってるよ。お腹がすいたんでしょう?ミヤビくんったら本当に食いしん坊さん。
ミヤビ:いつも悪いな。もらってばっかで。
キョウカ:私がしたくてしてるんだもん。美味しかった?
ミヤビ:ああ、俺もうキョウカの料理食べるために大学きてるようなもんだよ。
キョウカ:あはは、大げさね。
陽介:よっ、キョウカちゃん。
キョウカ:……あ、陽介くん。こんにちは。
陽介:おう。ってか、ミヤビ。キョウカちゃんから飯巻き上げてたのか?
ミヤビ:巻き上げてたって人聞き悪いな。
陽介:違うっていえるか~?キョウカちゃんだって大変だろ。なぁ?
キョウカ:そんなことないよ。
ミヤビ:ほら、キョウカだってこう言ってる。
陽介:そりゃ誰だって彼氏の前ならそう言うよ。なぁ、ミヤビ。お前最近付き合いも悪いしさ。俺、心配してんだって。病院じゃなくても、(カウンセラーとか)
ミヤビ:(かぶせて)ほっとけよ!
陽介:……へ?
ミヤビ:お前になんの関係があるっていうんだ!俺がなにか迷惑かけたか?キョウカがお前に助けをもとめたか?
陽介:いや、違うけど……
ミヤビ:ならほっとけよ!外野(がいや)がうだうだ言いやがって。なにが目的だ?金か?コネか?もしかして俺からキョウカを奪う気じゃないだろうな!
陽介:ちょ、ちょっと。何興奮してんだよ。おちつけって。
ミヤビ:大体お前はいつも気にくわなかったんだ。人の女にちゃらちゃら近づいてきて!どういうつもりだ?
陽介:はぁ?俺が人のカノジョに手をだす男にみえるのか?ミヤビ、お前ちょっとおかしいぞ。
ミヤビ:ああ?俺のどこがおかしいっていうんだ!—…くそっ、また腹が減ってきた!
陽介:おちつけって。水でものんで、(おちついて)
キョウカ:ミヤビくん。
ミヤビ:……!あ、ああ、キョウカ。おれ、また腹が減って。
キョウカ:いいの。いいのよ。お腹がすくと誰でもイライラするもの。ほら、サンドイッチもってきたの。お腹が空いたんでしょう?
ミヤビ:あ、ああ。そうだ。そうだな。食べよう。食べるんだ。
〇ミヤビ、むさぼり喰う。
キョウカ:(くすくすわらう)たくさん食べてね。
間。
陽介:キョウカちゃん。
キョウカ:ごめんね、陽介君。ミヤビくん、お腹がすくとこうなの。我慢できないらしくて。ゆるしてあげて?
陽介:君はその、……ミヤビをそのままにするつもり?
キョウカ:なぁに、君って。他人行儀ね。
陽介:……一体どうしたんだ?
キョウカ:さぁ?成長期かな。
陽介:…………医者とかつれていかないの?
キョウカ:そう、医者……お医者様ね。もちろん、ちゃんとつれていくつもり。ふふふ。心配しないで陽介くん。ミヤビくんは大丈夫。私がついているもの。
陽介:……そのサンドイッチ、俺も貰ってもいいか?
ミヤビ:……!陽介てめぇ、やはり俺の飯をっ!
キョウカ:落ち着いて、ミヤビくん。ほしかったらいくらでも作ってあげる。
ミヤビ:キョウカっ!本当か?
キョウカ:もちろん。うふふふ……
陽介:………
キョウカ:あ、サンドイッチね。いいよ。陽介くんも、おなかすいたの?
陽介:(N)キョウカちゃんは笑って、俺にサンドイッチを渡してくれた。後ろでミヤビがもの凄い眼光でにらんできたけど、振り切ったよ。俺さ、当時理研志望の友達がいてさ。無理いって調べてもらったんだよね。ほら、なんか危ない薬とか入ってるんじゃないかと思って。
陽介:(N)でも。なにもなかった。それは、普通のサンドイッチだった。
陽介:(N)そうこうしているうちに、だんだんミヤビともすれ違うようになっていってさ。必要最低限の講習には出ているみたいだけど、それ以外は全然。キョウカちゃんとも、元々ミヤビつながりだったし、それ以降話しかけられなくて。気づけば3ヶ月たってた。
〇場面転換。大学校舎にて。
キョウカ:あ。
陽介:あ。……キョウカちゃん。
キョウカ:陽介くん。久しぶり。
陽介:元気にしてた?
キョウカ:みてのとおり元気いっぱいだよ。
陽介:その、……ミヤビは?
キョウカ:……陽介くんは、本当にいい人ね。
陽介:それはどういう意味?
キョウカ:うふふふ。
陽介:キョウカちゃん。
キョウカ:なあに。
陽介:俺さ、キョウカちゃんに一つ聞きたいことがあってさ。
キョウカ:なんのことかな。
陽介:ミヤビが言ってたことで、気になる言葉があったんだよね。
キョウカ:ふうん
陽介:調べてみたけど、変なのしか見つかんなくて。キョウカちゃんなら何か聞いてるかなって。
キョウカ:うん。
陽介:あのさ、
キョウカ:うん。
陽介:ヒダルイって、知ってる?
キョウカ:…………
陽介:ミヤビさ、ああなる前からずっと「だるいだるい」って言ってて。でもよく思い返してみたら、違ってた気がするんだよな。だるいじゃなくて、ヒダルイって言ってたんじゃないかなって。
キョウカ:へぇ
陽介:調べてみたら、北海道弁だっていうじゃん?でもアイツ石川県出身だしさ
キョウカ:そうだね。聞き間違いじゃない?
陽介:ヒダルイってさ、ひもじいって意味なんだってね。
キョウカ:…………
陽介:あいつ、最近ずっとなんか食べてたじゃん。移動してるときも、休み中も、講義中だって。でもそれってさ、あのアパートに引っ越して…——キョウカちゃんのカレー食べてからだよね。
キョウカ:陽介くんだって食べたでしょ?もちろん私も食べたよ。
陽介:それはそうなんだけど……別に、問いつめてるわけじゃなくて。
キョウカ:なにがいいたいの?
陽介:や、その……俺、あいつが心配なんだ。だから、何か知ってるなら教えてほしい。
キョウカ:………ふふふ。ねぇ、陽介くん。
キョウカ:ミヤビくんね。今自宅療養中なの。いっしょにお見舞にきてくれる?
間。
〇場面転換。梶井達の飲み会。
陽介:あ~!さけがうまいっ!もう一杯おかわり!刺身も追加ね!
梶井:まだ食うのかよ!
藤堂:ちょっと。気になるところで切らないでよ~
陽介:腹がへっては怪談語れぬっていうだろ~?
梶井:それを言うなら、いくさはできぬ、だろ。
藤堂:店員さーん!えーっと、刺身と生2つと、
陽介:あとおにぎり!
藤堂:おにぎり追加でおねがいしまーす
梶井:ほんとよく食べるな。そんなガリガリのくせに。
陽介:食べないとつらいんだよ。タタラレてるから。
梶井:はぁ?
陽介:梶井、おまえ怪談すきなんだろ?
梶井:あ、ああ。わかるか?
陽介:おう。だって途中から藤堂よりお前の方が前のめりだったじゃん。
梶井:や、あんま聞かない話だから。
陽介:あったり前~!これ本当にあった話だし。
梶井:……そういうの常套句だよな。
陽介:はははは
梶井:なんだよ。
陽介:いんや。お前を選んでよかったよ。
梶井:は?
藤堂:(かぶせて気味に)ねー!おにぎりきたよー!
陽介:きたきたぁ!お前らも食えよ。そしたら話してやっからよ!
梶井:(N)陽介はそう言うと、テーブルに所せましと並べられた料理をまたもや、かたっぱしから口をつけていった。まるで底がないように食欲旺盛(しょくよくおうせい)で、それをみていると俺もついつい手がのびてしまう。おかしいよな、普段はそこまで食べる方じゃないんだけど。
陽介:うっし、あと一息だな。それで俺は、キョウカちゃんに連れられて、またもやミヤビの家にいくことになったんだけど……
梶井:(N)でもそういうことってあるだろう?雰囲気にのまれるってやつ。気にも留めてなかったんだ。そのときは。
〇場面転換。陽介の語り。
陽介:(N)ミヤビの家が田舎だって話はさっきしたよな?道とか舗装されてなくて、ちょっと不便なんだよ。長い坂道がえんえんと続いてて。この前は気にならなかったのに、そんときは緊張やら疲労感やらで、着いたころにはもう汗だくだった。
キョウカ:ただいま、ミヤビくん
ミヤビ:………
キョウカ:ミヤビくーん?キョウカが帰ってきたよ~?今日は陽介くんも一緒だよ!
陽介:(N)いやぁに静かでさ。キョウカちゃんは不自然なくらいにこにこ笑ってるし、奥から物音は聞こえるのに、誰もでてこないし。部屋中、夕日で真っ赤に染まってて、いっそう不気味だった。
キョウカ:ミヤビくん?ミヤビくーん?
ミヤビ:ヒダルイ……ヒダルイ…ヒダルイ…
陽介:………っ!
キョウカ:そこにいたのね、ミヤビくん!
陽介:(N)思わず息をのんだね。それぐらいヤバい光景だった。ミヤビは空の米びつに頭をつっこみ、ぶつぶつ例の言葉を唱えながら、キッチンの隅でうずくまっていた。いつもあんなに格好に気をつけていたのに、よれよれのジャージで、しょんべんくせぇ、路地裏のおっさんみたいな匂いがして。みれたもんじゃなかったよ。
キョウカ:もう、そんなとこにいたの。ごはんはそこにないよ?
ミヤビ:ヒダルイ…ヒダル…キョウ、カ?キョウカ、かえってきたのか?
キョウカ:そう、貴方のキョウカが帰って来たよ!
ミヤビ:キョウカ!ないんだ…どこにもない!どこに隠したんだ?どこに!お前がもっていったのか?お前はおれの飯を?キョウカ、お前が?お前が隠したのか?
キョウカ:やだなぁ。ごはんなら私がもってくるって約束したでしょ。
ミヤビ:やく、そく…?
キョウカ:うん、ほら。召し上がれ
ミヤビ:めし……めし、めしだぁぁぁあ
陽介:キョウカちゃん、これ。これは、いったい……?
キョウカ:ふふふ。ミヤビくん、かわいいなぁ……
ミヤビ:めし、めし、めし、おれのめしだ。おれだけのめしだ。おれの、おれの、
キョウカ:ふふふふ
陽介:お、おい、答えろよ!お前ミヤビに何をしたんだよ!
キョウカ:あ、ああ……そう、いたねぇ陽介くん。
陽介:なんなんだよ、お前ミヤビに何をしたんだ!
キョウカ:何をしたって…ふふふ。何もしてないよ、私はただ、お願いしただけ。
陽介:おねがい……?だれに?
キョウカ:神様だよ。
陽介:はぁ?かみ?
キョウカ:そう。わたしの神様。
ミヤビ:キョウカァ。もっとめしをくれ、キョウカァ、たのむよぉ。もっとくれよぉ
キョウカ:ふふふ、かわいいミヤビくん。あげるよ。貴方がほしいなら、いくらでもあげる
陽介:やめろよ!ミヤビ、お前どうしたんだよ、正気にもどれよっ!ほら、病院にいこう!俺がつれっててやるから、だからっ
ミヤビ:さわるなぁっ!
陽介:……っ!
ミヤビ:キョウカ。キョウカキョウカキョウカァ!めしをくれよぉっ
キョウカ:そうだよ。ミヤビくんにごはんをあげられるのは私だけ。あなたを救えるのは私だけ。私だけなの。
陽介:おまえら……
陽介:(N)耐えられなかった。ミヤビの部屋をぬけだして、アパートの前でげぇげぇ吐いたよ。とにかくあの女をなんとかしなきゃ、なんとかしなきゃって、それだけが頭の中をぐるぐるしてさ。でも膝が震えて歩けねぇの。どれくらいそこにいたかな。気づけば、辺りはすっかり暗くなってた。
間
キョウカ:陽介くん
陽介:………
キョウカ:よーすけくーん
陽介:おまえ、ミヤビに何をしたんだよ……
キョウカ:(くすくす笑う)
陽介:な、なにしたって聞いてんだよ!こたえろよ!
キョウカ:そうだなぁ……
陽介:………
キョウカ:前に、ヒダル神の話をしたの覚えてる?
陽介:ヒダルガミ?な、なんだそれ?
キョウカ:覚えてないんだ。
陽介:それがどうしたっていうんだ。
キョウカ:ヒダル神はね、西日本や、九州の一部で、伝わる神さまでね。その神さまに憑かれるとお腹が空いて、一歩も動けなくなって、倒れてしまうんだって。
陽介:は、はぁ?いったい、なんの話を、
キョウカ:ほら、そこにお地蔵さんがいるでしょう?彼が、そのヒダル神なの。
陽介:は……
キョウカ:ここはね、昔、祠があったの。飢饉(ききん)や水害の際にね、生贄を捧げて神様のお怒りを鎮める祠。こわいよねぇ。そんな場所にアパートたてるなんて、人間ってすごいよね。
陽介:だからそれがなんだっていうんだよっ
キョウカ:おねがいしたの。
陽介:は……?
キョウカ:私ね、お願いしたのよ。彼に。「誠心誠意お仕えします。だからミヤビくんといっしょにいさせてください」って。
陽介:なに、なにを……?
キョウカ:そしたらね、叶えてくれたの。
陽介:わけわかんねぇよっ、おまえ頭おかしいよ
キョウカ:そうかな、私おかしいかな。大好きな人と一緒にいるために精一杯努力しただけなんだけどな。
陽介:(N)そういって、キョウカは笑った。ふふふって。いつもと同じように。健気でかわいい、彼氏想いの女の子にしか見えない笑顔で。
キョウカ:ねぇ、陽介くん。君は、うかつに神さまにお願いなんてしちゃダメだよ。触らぬ神にたたりなし、っていうでしょう?
〇場面転換。梶井達の飲み会
藤堂:うっわー!こわー!とんだ地雷女じゃん!
梶井:おい、まてよ。結局ミヤビはどうなったんだ?それで話は終わりか?結局おまえは逃げたってわけか?
陽介:なんとでもいえ。俺から話せることはこれで終わり。
梶井:かーっ!なんだよ、それー!もやもやするなぁ!
藤堂:あ、おにぎりきたよー
陽介:おっ、まってました!
梶井:まだ食べるのかよ、お前。
陽介:食べても食べても満たされねぇんだよ。
藤堂:なにそれー?よっきゅーふまん?
陽介:はははははっ。お前も食べておけよ。ヒダル神の祟りを防ぐには、しおむすびが効くらしいぞ。
藤堂:うさんくさぁ
梶井:(N)予想よりあっけない話だったな、と思いながら、俺はもう一杯ビールをあおった。今日は思いのほか食が進む。怪談としての怖さはさほどなかったが、話に影響されたのかもしれない。いつも以上に腹が減って、たまらなかった。
陽介:そういうことで俺からは以上。女には気をつけろよ~?うかつにほいほい手をだすと、神でも悪魔でも拾って呪ってくるからな。
梶井:神がそんなほいほい落ちててたまるもんか。
陽介:いいや、落ちてるもんだぜ。神様はさみしがり屋なんだ。気を付けていても、目をつけられたらそれで最後さ。あっという間に引きずり込まれて、帰れなくなっちまう。だから、訳わからないもんに、うかつに「お願い」なんてしちゃいけない。触らぬ神に祟りなし、っていうだろ?
藤堂:あははは!男の自業自得でしょ~
梶井:いやこれは相手がやべぇだけだろ。
陽介:あ、わりぃ。ちょっとトイレ。
藤堂:ん。いってらー
陽介:おう、またな。
間。
梶井:そのまま陽介はふらふらとトイレに消えていき、それから10分待っても、30分待っても、戻ってこなかった。バックレたかと思って幹事にきいてみると、そんな男は参加予定にないと言う。誰かが連れ込んだわけでもないらしい。
藤堂:やだ、タダメシ狙いの酔っ払いが紛れ込んでたってこと?サイテー!
梶井:は、ははは。いやぁ、気づかなかったな。
梶井:(N)藤堂の言葉にカラ笑いを返しながら、俺は厭(いや)な汗がとまらなかった。背筋がすぅすぅ冷えて、あの男の言葉が耳の中でこだまする。
〇冒頭のシーンの回想。
陽介:おれぇ?いいけど、めっちゃ怖いよ。ほんとにあった話だし。
藤堂:うっわぁ、気になる~!話してよ、お願い!
梶井:へぇ、そこまで言うなら、話してみろよ。
〇回想おわり。
少し間をおいて。
陽介:うかつに「お願い」なんてしちゃいけない。触らぬ神に、たたりなしっていうだろ?
梶井:(N)……何故か、むしょうに腹がへっていた。
〇おわり。
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