〇作品概要説明。
主要人物2人。ト書き含めて約7000字。ある日、友人の舌に苔が生えた。難病友情もの。ちょっとファンタジー。
〇登場人物
朽木:苔が生えるほう。
佐倉:友人。
〇ご利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。
https://natume552.amebaownd.com/pages/6056494/menu
作者:七枝
本文
〇:本文ここから。Mはモノローグ。
佐倉:(M)その種が、いつ根付いたのか私は知らない。
朽木:(M)最初は小さな芽だった。誰も気づかない、いつ踏みにじられるかもしれない芽生えだった。
佐倉:(M)なのに、誰も気づかぬ間に
朽木:(M)だんだん大きく、どんどん強く
佐倉:(M)人知れず、育っていって
朽木:(M)そうしてある日唐突に気づいたのだ。
佐倉:(M)君の庭に、
朽木:(M)雑草が生えている。
間をあけて。
〇場面転換。放課後の教室にて。
朽木:ほら、みてよ。
佐倉:……なにそれ。
朽木:なんか、三日前くらいからこうでさ。
佐倉:はぁ?
朽木:えへへ。
佐倉:(M)目の前でまぬけに笑う朽木の舌には、奥の方から先端にかけて緑色に染まっていった。染色した、というよりはまるでコケでも生えたような鮮やかな緑だ。
朽木:さわってみる?
佐倉:やだよ。ばっちぃ。
朽木:そういわずにさぁ。
佐倉:やだって。うつったらどうすんの。
朽木:触ったくらいでうつんないよ。歯磨きちゃんとしてるし。
佐倉:そういう問題じゃないでしょ。
朽木:私と佐倉の仲じゃん。
〇朽木、佐倉の手をつかむ。
佐倉:ひゃっ!
佐倉:やだ、なんであんたそんな手冷たいの?
朽木:え~?
佐倉:離してよ。
朽木:も~、つめたい~!
佐倉:冷たいのはあんたでしょ、ってかはなせ!
朽木:あっ
〇佐倉、朽木を振り切る。
朽木:そんな拒否ることないじゃん……
佐倉:今いつだと思ってんの?冬よ、冬。近づくな。しっしっ
朽木:ひどい。
佐倉:当然の反応です。
朽木:ちぇっ
佐倉:………それで、
朽木:ん?
佐倉:病院行ったの?
朽木:行ってない。
佐倉:行きなよ。あきらかにヤバいじゃん。
朽木:ヤバい、かなぁ。
佐倉:ヤバいヤバい。
朽木:ん~……
佐倉:なによ。嫌なの?
朽木:注射きらい。
佐倉:ガキか。
朽木:あと消毒薬の匂いもきらい。医者も嫌い。もうあの空間が嫌い。
佐倉:ふーん。
朽木:ついてきてくれる?
佐倉:ママに頼みな。
朽木:Boo!
佐倉:ブーイングしてもだーめ。
朽木:はーい。
佐倉:ってかさ、ひょっとしたら、あんた実はもう死んでたりして。
朽木:えっ
佐倉:体温つめたいし。カビみたいなの生えてるし……ゾンビなんじゃない?
朽木:ひどい!
佐倉:おぼえない?階段から落ちたりとかしてない?
朽木:してないよ!それジョークのつもり?笑えないんですけど。
佐倉:だってさ~あるでしょ、映画とかでそーいうの。
朽木:映画は映画。
佐倉:そっか。そうよね。
朽木:佐倉ってときどき真顔で変なこというね。現実見た方がいいよ?ゾンビなんているわけないじゃん。
佐倉:いるよ。ムーに書いてた。
朽木:ムーって!あのオカルト雑誌の?はははははっ
佐倉:なんで笑うの。
朽木:あんたアレ真面目に読んでるの?馬鹿じゃん?
佐倉:馬鹿っていう方が馬鹿なんだからな、馬鹿!
朽木:小学生かよ~!
佐倉:(M)それから、馬鹿笑いをする朽木を止めるのに必死で、私は結局彼女がどうしてそうなったのか聞くのを忘れた。聞いたところで、もうとっくに手遅れだったかもしれないのだけど。
場面転換。
〇数日後。放課後の教室。
佐倉:朽木~帰りマック寄ろ。
朽木:ん………
佐倉:朽木?
朽木:あ、ああ。
佐倉:眠いの?さいきんずっと眠そうだね。
朽木:あ~……バイト初めて、
佐倉:ダウト。
朽木:新作ゲームが、
佐倉:あんたからゲームの話聞いたことない。
朽木:イケメンスーパーダーリンとの熱い夜が、
佐倉:アホなの?
朽木:ん~…じゃぁえっと(あくびする)
佐倉:やだ、話の途中で寝ないでよ。とりあえずいこ。ここ寒いでしょ。
朽木:だねぇ……日当たりも悪いし。
佐倉:日当たり?
朽木:……むにゃ。
佐倉:ねーるーなー!ったくもう……
〇佐倉、朽木をひきずって中庭のベンチまで移動する。
佐倉:あ~!つかれた!
朽木:なにつかれてんの~?歳?
佐倉:あんたのせいだっての!外に出てきた途端元気になりやがって……!
朽木:や~!天気いいねぇ!よく晴れてる!
佐倉:人の話きけ?
朽木:あ、自動販売機あるじゃ~ん!水かお、水。
佐倉:朽木ってば!
朽木:お金たりたかな、っと。
〇朽木立て続けにコインを投入する。
佐倉:……?あんたなんでそんなに……?
朽木:え?
佐倉:飲むの水でしょ?
朽木:そうだけど。
佐倉:何本買う気?
朽木:あ~……
佐倉:朽木?
〇朽木、自動販売機から水を取り出す。
朽木:あるだけ、かな?
佐倉:……………
朽木:(水を飲んで)ぷはー!生き返る~
佐倉:………あんた、
朽木:なに?佐倉も飲む?
佐倉:………
朽木:佐倉?
佐倉:……や、私はいい。
朽木:いいの?
佐倉:うん……
朽木:(水をのむ)
佐倉:よく、飲むね……
朽木:ん~なんか最近喉が渇いて仕方ないんだよね。
佐倉:病院いったら?
朽木:なんて?喉が渇いてしかたないんです~って?
佐倉:そう。
朽木:やだよ。頭おかしい人みたいじゃん。
佐倉:でもさぁ。甲状腺がどうの、とかホルモンのなんちゃらとかいう病気かもしれないじゃない。
朽木:そうねぇ。
佐倉:いきなさいよ。
朽木:ん~……
佐倉:……こないだのカビなおったの?
朽木:カビ違う。
佐倉:なおったの?
朽木:んっと、
佐倉:舌みせて。
朽木:え、えええ?佐倉ちゃん目がこわいよ~?
佐倉:みせろ。
朽木:ん。んん……
〇朽木、しぶしぶ舌をみせる。
佐倉:(息をのむ)なにこれ……
朽木:なんか草?みたいな?
佐倉:コケじゃん。
朽木:それっぽいよねぇ。
佐倉:病院いきなよ。
朽木:やだ。
佐倉:ついていくから。
朽木:佐倉、おおげさ。
佐倉:大げさじゃない。
朽木:…………
佐倉:朽木。
朽木:じゃあ、あと3日。3日様子見させてよ。
佐倉:…………3日たったら行くのね?
朽木:治ってなかったらね。
佐倉:約束して。
朽木:……ん。
佐倉:(M)そのとき、朽木は確かに頷いてくれたけど、本当はどう思っていたのだろう。三日後、私が尋ねた時はただ一言「ストレスだったみたい」と言ったきり、彼女はマスクで口を隠してしまった。
朽木:ごめんね、佐倉。
場面転換。
〇学校、花壇前にて。
朽木:さーくら。
佐倉:朽木。
朽木:なにしてんの?
佐倉:みてわかんない?
朽木:花壇に水やってる?
佐倉:そう。
朽木:佐倉って園芸部だっけ?
佐倉:違う。
朽木:じゃあ、なんでそんなことやってんの?
佐倉:昨日、ムー読んでさ、
朽木:またムーか!
佐倉:いいから聞け。ムーでね、このまま温暖化が進めば砂漠が広がって10年後にはすべての生命が死に絶える!って書いてて、
朽木:10年はいくらなんでも早すぎ。
佐倉:いいの!そういうとこがムーの魅力なの!
朽木:それで温暖化防止対策に励んでるわけだ?佐倉ちゃんは。
佐倉:悪い?
朽木:悪くはないけど、影響受けすぎて笑う。
佐倉:ふん。
朽木:ね、それ終わったら一緒に帰ろうよ。こないだいい喫茶店みつけてさ。
佐倉:………
朽木:無視すんな。
佐倉:ひゃっ!つめたっ
朽木:ひひっ、まいったか。
佐倉:………あんたホント手つめたいよね。
朽木:ん?ああ。手冷たい人は心が温かいとかいうからそれじゃない?
佐倉:ほざけ。
朽木:口悪ぅ。
佐倉:……本当に大丈夫なんだよね?病院行ったんだよね?
朽木:あ~……?うん。
佐倉:朽木?
朽木:行った行った。
佐倉:……ほんとに?
朽木:ほんとだってば。信じてよ、佐倉。
佐倉:ん………
少しの間。
朽木:佐倉ちゃんはさ、
佐倉:ん?
朽木:どんな花が好き?
佐倉:ん~……綺麗な奴。蓮とか。
朽木:蓮、蓮かぁ~……他には?
佐倉:何、急に。
朽木:いいからいいから。答えてみ。
佐倉:あ~…桔梗とか?椿とか。
朽木:ふんふん。色味が綺麗なやつだね。
佐倉:そうだね~みてて楽しいから。
朽木:ほかには?
佐倉:……桜、とか。
朽木:ははっ、なんで?名前が一緒だから?
佐倉:わ、悪い?
朽木:ううん。いーんじゃない?
佐倉:絶対馬鹿にしてるでしょ……
朽木:してないって。じゃあ、もしもさプレゼントされたら嬉しい?
佐倉:プレゼント?花を?
朽木:うん。
佐倉:ん~……嬉しいっちゃ嬉しいけど。
朽木:クサ過ぎ?
佐倉:そうじゃなくて。なんていうか私、切り花より生きてる花の方が好きだから。
朽木:……へぇ~?
佐倉:なによ。にやにやして。
朽木:や?佐倉は優しいなぁって思ってさ。
佐倉:うるさいなぁ。
朽木:ほんとだってば。からかってないって。
佐倉:………別に、私だってすべての花が好きとか、命はすばらしいなんてこと言わないけど。
佐倉:こういう植物って、手入れしなきゃ咲かないじゃん?そういう、なんていうか、人の想いをうけて生きてるものはさ、そのままの形が一番きれいじゃないかっていうか……
朽木:…………
佐倉:あ~もうわかんない!やっぱやめ!忘れて!
朽木:なんで?
佐倉:恥ずかしすぎる!
朽木:いいと思うよ?私そーいうの好き。
佐倉:いいから、励ましてくれなくて!
朽木:励ましじゃないって。好きだよ。
佐倉:………うぅ
朽木:佐倉のそーいうとこ好き。
佐倉:恥ずかしいやつ……
朽木:へへっ。人の想いを受けて生きる花、かぁ……それが雑草でも、佐倉は受け取ってくれる?
佐倉:え?
朽木:いつか贈るね。受け取ってくれなくてもいーよ。
佐倉:あ、いや。なんで?私なんかしたっけ?
朽木:なんででしょー?
佐倉:(M)えへへ、と朽木は笑った。マスクの向こうで、楽しそうに。そしてそれが、元気な朽木を見た、最後の日になった。
間。
〇朽木の家。
呼び鈴の音。
佐倉:あの、すみません。ここ朽木さんのおうちであってますか?……あ、はい。私クラスメートの佐倉っていいます。……はい。そうです、お見舞いで……え、いいんですか?……はい。ありがとうございます。お邪魔します。
佐倉:………
一拍おいて。
朽木:きたんだ、佐倉。
佐倉:………きたよ。
朽木:……みられちゃったなぁ。
佐倉:…………どうして。
朽木:えへへ。
佐倉:(M)かすれた声で、朽木は笑った。久しぶりみた、マスクのない彼女の笑顔だった。
朽木:あ、ごめん。キモかった?うつらないから安心していいよ。
佐倉:そんなの気にしてない。
朽木:や、大丈夫。わかってるから。
佐倉:気にしてない!
朽木:……そ?
佐倉:(M)ならいいんだけど。と口を開けた彼女の舌は、びっしりとコケが生えていた。舌だけではない。腕にも足にも、今は隠している腹部だって。きっとコケが……木の芽が生えているのだろう。……そういう病気だと、担任から聞いた。
朽木:じゃあ触る?
佐倉:なんでそうなるの。
朽木:ほかの子がそうだったから。百万人に一人の奇病だってさ。すごくね?
佐倉:………
朽木:なにその顔。不細工な顔しちゃって。
佐倉:………しぬって、ほんと?
朽木:さぁ?
佐倉:さぁって!
朽木:だってわかんないんだもん~サンプルケースが少ないからさぁ。佐倉はどうだと思う?死ぬと思う?生き残れると思う?
佐倉:クイズにすんな馬鹿!
朽木:シリアスに言えないでしょ、こんなこと。
佐倉:……っ!
朽木:あ~あ~泣かないでよ、も~……これだからバレたくなかったんだよ~
佐倉:だって、だってぇ……
朽木:ほら、触ってみなよ。あんたの好きなオカルトだよ。神秘だよ。リアルムーだよ。今しかないよ、さわれるの。
佐倉:………
〇佐倉、朽木の手にそっと触れる。
佐倉:……冷たい。
朽木:ゾンビみたいでしょ。
佐倉:不吉なこというな!
朽木:あんたが前言ったんじゃん。
佐倉:あれは冗談で……
朽木:わかってるよ。でも私はアンタの言ったこと全部覚えてるからね、って。それだけ。
佐倉:……なんで?
朽木:……なんででしょー?
佐倉:…………
佐倉:(M)冷たい。まるで氷のようだ。そして人間の皮膚と思えないほど硬い。この中では確かに血が流れ、人の肉があるはずなのに、感触だけだとそれはまるで何十年も生きた大木のように感じた。
朽木:佐倉はあったかいね。おひさまみたいだ。
佐倉:……キザ。
朽木:へへ。これさぁ、寄生性なんちゃら相応植物っていうんだけど。
佐倉:なんちゃらってなに。
朽木:わかんない。聞いてなかった。
佐倉:自分の病気でしょ!?
朽木:名前なんて飾りだよ、飾り。
佐倉:そうは思わないけど!?
朽木:いいから聞いて、この植物ね、花つけるんだって。
佐倉:……宿主の命を吸って、でしょ?
朽木:あれ、知ってたんだ?ムーに書いてた?
佐倉:茶化すな!
朽木:へへ。……花咲いたらね、佐倉にあげる。
佐倉:……やだ。
朽木:病人の体から生えた花なんてキモイ?うつんないから受け取ってよ。
佐倉:花咲いたらアンタ死ぬんでしょ!?そんなのやだ!
朽木:………
佐倉:なんで何もいってくれなかったの?なんで笑顔で死んだあとの話すんの?やめてよそんなの!死ぬとかいうな、死んでも生き残れ!
朽木:んな、無茶苦茶な……
佐倉:無茶苦茶でもなんでも!!生にかじりつけよ馬鹿!
朽木:…………
佐倉:美談にすんな、ばか……
〇佐倉、泣きじゃくる。
朽木:……泣かないで、佐倉。
佐倉:やだ、死なないで朽木。
朽木:…………ははっ
佐倉:………?
朽木:………わかった。佐倉がそういうなら。
佐倉:ホント?
朽木:うん。
佐倉:本当の本当だよね?
朽木:うん。生きるよ、私。だからね、
朽木:花が咲いたら受け取ってね、佐倉。
間。
場面転換。
佐倉:(M)それから、朽木が退学したという知らせを受け取ったのは、2ヶ月後のことだった。
佐倉:(M)最初のころは熱心に見舞いに通っていた私も、病が長期化するにしたがって、それもできなくなった。「あそこの娘は伝染性の奇病にかかってる」どこからかそんな噂が町に広がり、朽木の家族に面会謝絶にされたからだ。
佐倉:(M)チャットアプリで連絡を取り合ってはいたけど、朽木の言う「大丈夫」なんて信用できない。でも、他に聞けることもない。
佐倉:(M)ままならない日常がつづいた、そんな時だった。
電話の音。
佐倉:はい、もしもし。
朽木:……さくら?
佐倉:朽木!?あんたこんな時間に…!
朽木:しーっ、声大きいよ。ここ病院だから。
佐倉:あ、ごめん……
朽木:ふふ。いーよ。でもここからは小声でね。
佐倉:あ、うん。……それで、こんな時間にどうしたの?
朽木:んっと、ちょっとお願いがあって。
佐倉:なに?
朽木:……いまから、病院にきてくれない?
佐倉:え。
朽木:難しい?ダメだったら、
佐倉:行く!行くから、電話切らないで!
佐倉:(M)嫌な胸騒ぎがした。夜中に突然電話してきて「病院にきてくれ」だなんてそんなの。
朽木:急がなくていいって~ゆっくりきて。
佐倉:でも!……だって、
朽木:そういうんじゃないから。みせたいものがあってね。……ゆっくりきてよ。
佐倉:(M)今度は止める間もなく、ぶつりと電話が切れた。かけなおそうとして、あちらは病棟だったことに気づき、思い直す。とにかく、急いで病院に向かわなきゃ。
佐倉:(M)自転車に飛び乗ると、冬の風が身を切るように鋭く刺さった。
間をあけて。
佐倉:(激しい息遣い)
電話の音。
佐倉:もしもし!?
〇電話先の朽木、やや息が荒い。
朽木:はは、佐倉はしってきたの?
佐倉:着いたよ!どうやって病院に入ればいい?
朽木:裏の従業員用通用口つかって。んで、右にまがってまっすぐ行けば中庭までいけるから。
佐倉:中庭……?
朽木:……うん。……ぁっ
佐倉:朽木?あんたいま病室じゃないの!?
朽木:ん~…病室だと声、響くから。……ね、中庭まで来てよ。白い棟の隣の大きな木の下まで来て。
佐倉:……わ、わかった。
朽木:ゆっくりで、いいからね。
佐倉:………っ!
佐倉:(M)柔らかな朽木の声に、疲れと押し殺した呻きが滲んでいた。うっすらと聞こえる風の音。木々がこすれあうような音。彼女は外にいるんだろうか。……どうして?
間。
佐倉:……朽木、きたよ!どこ?
朽木:……はぁ、はぁ、
佐倉:朽木?
朽木:ゆっくりきてって言ったじゃん。佐倉はせっかちだなぁ……
佐倉:……え?なに?
朽木:でも、どうにか間に合った。上みて。
佐倉:……上?いったいなに、が……
朽木:ほら、夜があけるよ。
佐倉:(M)東の空が、うっすらと赤くにじんで、ビルの切れ端から朝日がこぼれみちる。その隙間を縫うように、小さな黒い影が背後の建物から伸びていた。あれは、手、だろうか?またたきの後に、影が小さく揺らぐ。すると、そこから、なにかが、こぼれてー……
佐倉:……!
朽木:花、咲いたんだ。佐倉にあげる。
佐倉:これ、桜の花びら……!
朽木:んーん。ちがうよ。
佐倉:……え?
朽木:ちがうよ。これは桜じゃない。
佐倉:でも、どうみたって!
朽木:これはね、雑草だよ。雑草の花が咲いたんだ。
佐倉:ざっそう……?
朽木:そう。
佐倉:雑草じゃなきゃ、だめなの……?
朽木:ダメとかじゃなくて、そうなの。雑草なの。どこにでもあるどーでもいい花。
佐倉:そんな言い方…!
朽木:……へへ、ごめんね。でも、ちゃんと咲いたよって知らせたくて。
佐倉:………
朽木:迷惑かな、って思ったんだけど。ちゃんと生きてるよって伝えたくなっちゃった。
佐倉:………きれいだよ。
朽木:………
佐倉:朽木が雑草だっていっても。桜じゃなくても。……きれいだよ。この花は、私の好きな花だよ。
朽木:……そっか。
佐倉:うん。
朽木:………ありがとう、佐倉。
佐倉:(M)顔が見たい、とは言えなかった。その声がとても湿っていたので。私はただ落ちてくる花びらをひとつひとつ拾い、彼女も見ているだろう空を見上げた。
佐倉:(M)いつまでもいつまでも、花を抱いていた。
おわり。
0コメント