〇作品概要説明。
主要人物3人。ト書き含めて約6000字。作家先生の失恋物語~金魚を添えて~
〇登場人物
一条先生:作家。性別不問。女性がやると百合になります。
一条先生(M):一条のモノローグ。
東:東正親(ひがしまさちか)男性みたいな名前だが、女性。来月結婚する。編集者。
金魚:せんせいがだいすき。
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作者:七枝
本文
〇プロローグ。一条の回想。Mはモノローグ。
東:せんせー!これ、差し上げますっ
一条先生(M):あの夏の日。君は突然僕の家に押しかけてきて、開口一番にそう言った。君は少しお酒の匂いがして、何が楽しいのか、きゃらきゃらとしきりに笑っていた。
一条先生:これは?
東:編集部のみんなと夏祭りにいってきたんですけどぉ、金魚すくいしたんですぅ。十回もやって、ようやく掬えた(すくえた)特別な一匹なんですよ。だから、せんせいにあげます。
一条先生:僕に?なんでまた。
東:とくべつな一匹だから、とくべつなせんせいに。ほら、せんせいがさびしくないように。ね?
一条先生(M):そういって笑った君の顔を、僕は一生忘れることがないだろう。受け取った時に触れあった指先が熱くて、さっきまで冷房のきいた室内にこもっていたというのに、僕はひどく赤面してしまった。結局、その後君は酔いつぶれてしまったから、僕の顔なんてみえていないだろうけれど。
東:せんせい、これからもよろしくおねがいしますね。たっくさんいいお話をかいていきましょうね。
一条先生:そうだね。……ああ、そうだね。僕と君で、書いていこうね。
東:うふふ。
一条先生(M):君の寝息がくすぐったくて、笑い声が耳から離れない。ゆらゆらと水の中を泳ぐ金魚が、この上なく美しくみえた。君の声が、無音の世界に降り注ぐ天使の囁きみたいだった。
一条先生(M):だから僕は忘れることができない。君には、とうに忘れ去った日常の一幕であろうとも。
一条先生(M):忘れることが、できないのだ。
〇一条の回想おわり。
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〇≪場面転換≫金魚の「ぱ」は泡を浮かべるイメージで演じてください。
金魚:ぱ。ぱ。ぱ。ぱ。
一条先生:ぅん……(眠そうなうめき声)
東:先生、起きてください先生!
金魚:ぱ。ぱ。ぱ。ぱちん。うふふ。
一条先生:う……んん。
金魚:うふふ。せんせい(ささやき声)うふふ。
東:せーんせーい。朝ですよ、締め切りですよ、起きてください!
金魚:せんせい。おはよう。せんせい。
一条先生:(あくび)……おはよう。
東:やっと起きた!おはようございます、先生!
金魚:せんせい、おきたの。せんせい。
一条先生:うん?君もいたのか、東くん。
東:私以外に誰がいるっていうんですか!もうまだ寝ぼけてますね!
金魚:ぱ。ぱ。ぱ。ぱ。
一条先生:いるじゃないか、そこに。
東:そこ…って、ああ。この金魚、まだ生きてたんですね。先生、大事にしてくださってるんだ。
金魚:ぱ。ぱ。ぱ。ぱ。
一条先生:君からもらったものだからね。
金魚:ぱちん。
東:それはどうも……って、先生ごまかさないでください!原稿はできたんですか?
一条先生:それはもう。ほら。
東:どれどれ…ってまだ、半分以上真っ白じゃないですか!
一条先生:君が来てからネタ出ししようと思っていたんだよ。
金魚:うふふ。
東:またそんなこといって!私、あと1ヶ月で異動なんですよ?こんなことでどうするのですか!
一条先生:いままでどおり君が面倒みてくれればいいじゃないか。
金魚:ぱ。ぱ。ぱ。ぱ。
東:そういうわけにはいきませんよ。私、遠くにいくんですから。
一条先生:遠くにいかなきゃいいじゃないか
金魚:ぱ。ぱ。ぱ。ぱ。
東:そういうわけにもいかないんです。先生、いったでしょう?
金魚:うふふ。
東:私、結婚するんですから。
一条先生(M):ぱちん、と泡が弾ける音がして、夢うつつだった気分が覚醒した。原稿の散らばった和室の上に、スーツの女性が立っている。東正親(ひがしまさちか)―…男らしい名前だが、れっきとした女性の名前だ。僕の敏腕(びんわん)編集者で長年のビジネスパートナー。来月見知らぬ男と結婚する、元相棒。
一条先生:あ、あー…そうだったね。ご祝儀(ごしゅうぎ)をあげよう。
東:それは嬉しいです!でーもぉ、結婚式のときにして下さいって前もいいましたよね?
一条先生:そうだっけ?
東: そうですよ!もう、先生。まだ寝ぼけてますね?
一条先生:いや、さっきさめた、さめたよ。えっと、それで何の話だっけ?
東:原稿です!
一条先生:ん。うーん。あと三日のばせないのかい?
東:そういうと思いました。最初から三日前に設定していて正解でしたね!
一条先生:あはは、これは一本とられた!
東:笑ってないで、ちゃんとやってくーだーさーい。
一条先生:あははは
東:…はぁ。じゃぁネタ出しでもしましょうか。
一条先生:そうだね。ここのセリフからうまく進めなくて、止まっていたんだ。
東:えっと、ニシキくんのですか?
一条先生:いや、彼ではなくて…
東:ああ、なるほど。ヒロインちゃんのですか。先生、これは例のアレですね。先生は本当に恋愛モノが苦手ですねー
一条先生:うーん、わかってはいるんだよ。
東:いいのですよ、先生の持ち味はロマンスじゃなくて、緻密(ちみつ)な推理劇場なんですから!
一条先生:……そういってもらえて何より。
東:じゃぁこうしましょう。ここは無理にラブシーンを描くのはやめましょう。そうじゃなくて、ここの展開をこうして……
一条先生(M):それから、東くんはいつもと同じように2時間半程度、僕のネタ出しに付き合ってくれた。いつもと同じ時間。いつもと同じ彼女と僕。これがあと一ヶ月でなくなるなんて、不思議な気分だ。
東:それじゃぁ、先生!また明日も見に来ますから、頼みましたよ!私と先生との最後の仕事なんですから!
一条先生:最後ってなんだい?まだ文芸冬花の掲載分があっただろう?
東:ああ、あれは引継ぎの子がいきます!今度紹介しますね。
一条先生:……そうか。まったく、そういうことは早めにいってもらわなくては困るよ
東:すみませーん!
一条先生:いいよ。じゃぁまた明日。
東:はい、先生。宜しくお願いしますね。
一条先生:………
間。
金魚:ぱ。ぱ。ぱ。ぱ。
一条先生:そうか、これが最後か。
金魚:ぱ。ぱ。ぱ。ぱ。ぱちん。せんせい
一条先生:じゃぁ張り切って終わらせなきゃな。早い方が彼女も喜ぶ。
金魚:せんせい。ねぇ。せんせい。
一条先生:そうだ。最後の仕事なんだ。綺麗に終わらせてあげよう……
金魚:せんせい。だいじょうぶ?ねぇ、せんせい。
一条先生:…………
金魚:ぱ。ぱ。ぱ。ぱ。ぱちん。うふふふ。
一条先生:………
金魚:うふふ。せんせい、わたしがここにいるわ、せんせい。
一条先生:……そうだね。
金魚:うふふふ。ここにいるわ。せんせい。わたし、ここにいる。
一条先生:……まだ、ここにいる。
金魚:うふふふ。そうよ、せんせい。
一条先生:……そうだ、僕はだいじょうぶだ。まだ書ける……
金魚:かけるわ、せんせい。
一条先生:僕の価値は書くことにある……
金魚:ぱ。ぱ。ぱ。ぱ。ぱちん。
一条先生:仕事を、終わらせなきゃ……
金魚:うふふ。
金魚:私がここにいるわ、せんせい。
間。
一条先生(M):夢中になって仕事にとりかかっていると、いつの間にか夜が明けたようだった。どれほど長い間机にかじりついていたか、記憶がない。僕は金魚鉢に餌をやると、コーヒーを淹れに台所に立った。
東:おはよーございまーす。
金魚:おはよう。
一条先生:おはよう、元気だね。
東:えぇ!先生が起きてるっ
金魚:しつれいなひと
一条先生:そういってくれるなよ。そういうときもあるだけさ。
東:だって、先生。締め切り直前はいつも寝落ちしてるじゃないですか!はっ、もしかして一文字もかけてないとか……
一条先生:八割方書き上げたよ。
東:ええー!
金魚:ぱ。ぱ。ぱ。ぱ。ぱちん。
東:本当ですか?先生!いつも極道入稿(ごくどうにゅうこう)な先生が時間内に、しかも一日を残して、もうそこまで?
一条先生:僕だってやればできるってことさ
金魚:せんせいはすごいの
一条先生:君も見直しただろう?
金魚:せんせいはえらいのよ
東:うわぁ、本当にできてる……すごい!すごいです、先生。
一条先生:ははは、そんなにほめられるとは。あはははは(高笑い)
東:そこまで褒めてないですけど……あれ?
一条先生:どうかしたかい?
金魚:せんせいにケチつける気?
東:ここ、展開かえたのですか?昨日の打ち合わせではラブシーンは抜くって話でしたよね?
一条先生:あ、ああ……そこは、書きたくなってね。ダメかい?
金魚:ぱ。ぱ。ぱ。ぱ。
東:うーん。ダメってわけではないですけど。やっぱりちょっと違和感があって。
金魚:ぱ。ぱ。ぱ。ぱ。
一条先生:そうかい? じゃぁ何かつまみながら打ち合わせでも、
東:いいですね!それならヒレカツサンドかってきましたよ。先生お好きでしょう?
一条先生:ありがとう。
東:いいえ!先生と作品のためですから!
金魚:うふふ。
一条先生:そうか。それは嬉しいな。
東:ええ、だって私と先生の最後の仕事ですからね。悔いがないようにしたいんです!
金魚:ぱちん。
一条先生:……そうか。
一条先生:それで、どこをなおしたらいいとおもう?何が変かな。
東:そうですねぇ。まず、女性の視点から言わせてもらいますと、このシーンでヒロインちゃんがニシキくんになびくのはおかしいですよね。彼女は婚約者が殺人事件に巻き込まれたわけですから。だから、むしろヒロインちゃんはニシキくんを拒絶して、一人でも事件を解決するって言うのではないかなぁっと。
一条先生:…ふむ。
東:ヒロインちゃんと捜査するって流れにするなら、それこそ大々的な事件――婚約者が死ぬとか、犯人から襲われるとか、そういうエピソードを挿入した方がいいかもしれませんね
一条先生:それはかわいそうじゃないかい?
東:あははっ、いつも殺人鬼を書いてる先生が何をいっているのですか!
金魚:うふふ
一条先生:…そうだね。ついこの子には同情してしまって。
東:思い入れのあるキャラクターなんですか?そういえば、いつも一人探偵のニシキくんが、二人で推理する流れは珍しいですね。
一条先生:たまには、新境地に挑戦しようと思ってね。読者はあきやすいから。そうだろう?
東:いいですね。先生の挑戦は編集者としての腕がなりますよ!
一条先生:おやおや。おてやわらかに頼むよ。
東:そういうわけにはいきません!先生の作品を完璧な形で世に送り出すのが私の使命ですから!
一条先生:あはははは、そうかい。
東:ええ、そうです!私のやりがいです!
金魚:ぱ。ぱ。ぱ。ぱ。ぱちん。
一条先生:君は僕をおいて遠くへいくのに?
東:え?
一条先生:……いや、寂しくなるな、って。それだけだよ。
東:あ……あははは、そうですよね~先生がそんなこというなんて初めてでびっくりしました!私も寂しいです。先生とのお仕事は、本当に楽しかったですから。だからこの作品も最後までお付き合いさせてくださいね。
一条先生:……ありがとう。
金魚:うふふふ。かわいそうに、せんせい。
一条先生(M):時間がすぎていく。時間が過ぎていってしまう。白紙の原稿が黒い字で埋め尽くされて、ああ、自分がいやになる。書けと言われると書かずにはいられない。東くんとの時間が過ぎてしまう。
東:よし、じゃぁ後は頂いた原稿を持ち帰って、ゲラができたらまたご連絡いたしますね。
一条先生:ああ、頼んだよ。そうだ、明日はくるのかい?
東:明日?なにかありましたっけ?ゲラなら、編集長に確認してもらってからになりますから、明日はさすがに無理ですよ。ご存じでしょう?
一条先生:あ、……そ、そうだったね。早く仕上がりをみたくてね。聞いてみただけさ。
東:もう、先生は徹夜明けなんですから、しっかり休んでくださいよ~
一条先生:はいはい。
東:それでは失礼します。
一条先生:あ。
0:一条、東の肩をつかんで引き留める。
東:はい?どうかしましたか、先生?
一条先生:あ、いや、肩にゴミがついてたから。……ほら、とれた。
東:あら、そうでしたか。
一条先生:じゃぁ……さようなら、東くん。
東:はい。ありがとうございました。
ドアの閉まる音。
間。
一条先生:(ふかいため息)
金魚:うふふふふ。
一条先生:…………
金魚:うふふふ。かわいそうな、せんせい。
一条先生:……ちがう。ちがうんだ、僕は……
金魚:ちがわない。なにもちがわないわ。せんせい。
一条先生:ぼくは、そんな、ちがう。
金魚:かわいそうに。かわいそうに、せんせい。最後のチャンスだったのに。
一条先生:ぼくは、いま、彼女になにを……
金魚:ころそうとした
一条先生:ちがうっ
金魚:首を絞めて、畳に彼女を横たえて、想像したわね、せんせい。わかっているのよ
一条先生:ちがう、ちがう、ちがう!僕は……僕はただ、そばにいてほしくて……
金魚:そうね。せんせい。せんせいはあの人とずっといっしょにいたかったのにね
一条先生:そうだ、そうなんだ。彼女だってやりがいだって、これが使命だって……
金魚:いったのに。ずっとそういってきたのに。あの人はうらぎった
一条先生:そうだ、これは裏切りだ。二人でいいお話を作ろうってそう言ったのに……
金魚:あの人はうらぎった。うふふふ、かわいそうなせんせい。うらぎられたのに、仕返しをする勇気もないのね
一条先生:ちがう、ちがうんだぁ、うっ、うぅっ……(押し殺した泣き声)
金魚:うふふふ。せんせい。かわいそうな、わたしのせんせい。だいじょうぶよ、わたしがここにいるわ。わたしがここにいる。わたしがせんせいをなぐさめてあげる。
一条先生:(すすり泣く)
金魚:わたしがなぐさめてあげるわ。あいしてあげるわ。そばにいてあげるわ。
一条先生:いらない……僕はもう、何も……
金魚:……でも、それでも足りないのなら……わたしがせんせいの願いを叶えてあげる。
一条先生:えっ……
電話のベルの音。
一条先生(M):その時、けたたましく電話のベルが鳴った。僕は思わず跳ね起き、どろどろになった顔をぬぐって、電話に出る。……相手は、東くんだった。
東:あ!すみません先生。
一条先生:いや、かまわないよ。どうしたんだい?
東:声がかれていますね。お休み中でしたか?本当にごめんなさい。
一条先生:いいよいいよ。
東:私、今公衆電話からかけているのですが、そちらに私の携帯ありませんか?忘れちゃったみたいで。
一条先生:え。
一条先生(M):書斎をぐるりと見渡してみる。ぐちゃぐちゃになった机、散らかった、原稿。やけに周辺がこぎれいな金魚鉢。その横に……東くんの、携帯電話。
一条先生:あっ、ああ、これのことかな?旗のチャームのついたスマートフォンがあるよ。
東:それです!ああ、よかった。すみません、先生。これからすぐにお伺いしますね。
一条先生:わかった。……まってるよ。
東:はい。
金魚:うふふ。
電話の切れる音。
間。
一条先生:君、きみは……
金魚:ねぇ、せんせい。わたしがここにいる。ここにいるわ。せんせいの願いを、いっしょに叶えてあげる。
一条先生(M):白い手が金魚鉢から伸びて、僕の首にまとわりつく。ああ、どうして気がつかなかったのだろう。金魚が、僕の金魚は、いつだってこんなに僕の近くにいたのだ。
金魚:だからせんせい。こわがなくていいのよ。わたしが、せんせいといっしょにいるわ。
一条先生(M):ばしゃりと水がこぼれる音がして、畳が水浸しになった。かまうものか。どうせこれからもっと、よごれるのだ。
金魚:うふふ。ぱ。ぱ。ぱ。ぱ。
ドアベルの音。
東:せんせー!ごめんくださーい
一条先生(M):ぱちん、と耳元で泡がはじける音がして、僕は覚醒した。いやにスッキリした気分で、玄関に向かう。
一条先生:いらっしゃい、東くん。
終。
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